2008/9/4  11:42

「明治の精神」  批評と文学理論
「明治の精神」
  KARATANIによって解明されたKITANO 21

さらに、ひとはここで、たとえば、次のように問うてみればよい。三島由紀夫や村上春樹について饒舌な「サブカルチャー」が、ほかならぬ「ビートたけし」については、なにゆえ「無口」になるのであるのかと。それは論ずるに値しないのであるか? それは無教養で低俗に過ぎるとでも言うのであるか? よろしい! それなら教えてやるが、「武」とは「明治の精神」である。ここで誤解をさけるために付け加えるが、それは「武」が、明治大学工学部の中途退学者であるということを指すのではない(ただしドロップアウトであるという事実が、その後の「武」の傾向を一方ならず規定するものであることはいうまでもない。ところがその後、それは2004年のことであるが、「武」は大学当局から「特別卒業認定証」および「特別功労賞」なるものを授与される。そこで明らかになったことは、「武」が第二外国語としてドイツ語を選んでいたこと、さらにほかならぬ経済学において、「優」の成績を収めていたことなどである。しかしまあドイツ語と経済学が「優」ってのも、何かの因縁だぜ。オイラ受講した覚えなんてないんだけどさ。かくして、オイラはいつだって「投資」の対象である。オイラは「独特な種類の商品」なのだ。なんたってオイラには「世界のキタノ」および芸能界の「ドン」キホーテとしての「信用」があるからだ。なめんなよ。「コマネチ!」)。 
ここで、「明治の精神」とは、たとえば北村透谷である。それはタレント、ビートたけしを注意深く見ている者で、「武」同様、「内面」(=精神性)を持たざるを得ない「悲惨」に生まれついた者ならば、すぐに「それ」と察することのできるものであるが、「それ」は、やはり、北野映画においてこそ明瞭に現れるものである。たとえば、『みんな〜やってるか!』に主題化されているのは、一般に考えられがちなように「欲望」への隷属ではなくて、「世俗内禁欲」なのである。ことわっておくが、「それ」は耐え難きを耐えることではなくて、容赦なく、「認識」(=変態)することなのだ。
一方、国家の奴僕等は、自分たちは専門家であり、したがって、真に国家の行く末を案じうるのは自分等のみであるという態度でもって、われわれ民衆の知恵を、いまや、あからさまに蔑むまでに至っている。しかるに、ステイツマンこそ「誤認」(misleading)するのだ(「コリン・パウエル。なんといっても、彼はスターなんですよ」by映画狂人。イラクに大量破壊兵器がないなんて。ああ、「こんなはずでは!!」)。
「蕩尽」であるとか「放蕩」であるとかを「いき」であるとみなすようなマンネリズムは、すでにそうしたものが機能しなくなって久しいのであるにもかかわらず、決してそういう現状を認識せずに、とどのつまりは、「国家」へと身を寄せることになるのである。それは頑迷であるというより、いまだ「文学」とやらに執着する(「ボヴァリー夫人はどうしたってわしだぁ〜」)者たちのたんなる自己保身の現れであるにすぎない。しかるに、「文学は終わった」。それは「コマネチ!」によって揚棄されたのである。いうまでもなく、それは文学をただたんに廃棄することではない。ここで、ひとつその「揚棄」の実例をあげるとすれば、夏目漱石の『こころ』(1914)におけるKがまさに「それ」にあたるであろう。ほかでもない柄谷行人が喝破したんであるから(定本柄谷行人集5 近代日本の言説空間 歴史と反復 岩波書店)、「それ」が「キタムラ」であり、「キタロウ」であることに疑いをさしはさむ余地などまったくない。とはいえ、今日に至るまでにその指摘に異論を持ち出した者がないというわけではない。たとえば、「他人の視点」からすると、どうみても蓮實の「催眠術」によって操縦されているとしか思われない「イエスマン」こと渡辺直己の『不敬文学論序説』(ちくま学芸文庫)がある。そこで渡辺は「それ」(K)に、おのが「不敬」という目的に奉仕させるため、「幸徳秋水」を当てはめているのだが、われわれにとって、それは「文学」(先生、おれもやっぱり、ボヴァリー夫人ということでいいですか?)を温存させるための「虚無思想」であるとしか受け取られない。というのも、それはかつて師と共に、漱石の「野暮」を嘲笑った白樺/大正もどきの自分を過剰に償おうとする「帳簿の改竄」あるいは「損失補填」にすぎないからである。いうまでもなく、「ロマンティク」は極端から極端へと振れる(=「転向する」)のだ。端的いえば、透谷では退屈だというわけなのであろう。しかるに、それは「恥」を回避して、「それ」を「シンボル」に置き換えたということを意味する。したがって、われわれは、この「抵抗」に注意を向ける必要がある。渡辺は透谷のようなやはり「極端」ではあるけれども、生真面目で地味な存在を幸徳秋水のような「象徴」的な存在に取り換えた。しかるに、それは「率直」(=道徳感情)を欠いているがゆえに「思弁的」である、といわねばならない。というのも、そうした適用は、やはり、「明治の精神」である幸徳を「他者」として扱うことを不可能にするからである。
一方、柄谷がKに透谷をみるとき、それが「想像力」(=道徳感情)からであるのはいうまでもない。その「想像力」はKに「ありふれた相対的な他者」を視るのだ。それに対し、この「他者」に対する「想像力」を欠いた者がどうするかといえば、おれの「表象批判」は「歴史」を逸しているという「正しい」自覚から、必然、それに無理矢理、「歴史」を導入しようとする。ところが、「それ」は、そのシンボル的思考によって消去されてしまわざるをえない。かくして、それこそまさに三島の前例(=「空疎」)が実証していることである。かくして、道徳感情という「想像力」を欠いているがゆえに、「シンボル」(=「みやび」あるいは「1968年」)に訴えざるをえない「フランス系優美」は、こぞって三島の自意識に同時代の「仲間」を見出すことになるのだ。しかも、そこでは、「作家」の「作品」を救うことが、そのまま「野暮」(=モラル)を回避する自分を「容赦」(pardon)することになっているのだから、連中はまさに「無責任」を体現している、といわねばならない。かくして、そこで「不敬」は社会的に無力化した文学者がとる美的態度すぎない、さらに率直にいえば、連中の「みやび」への執着は、とどのつまり、自己保身であるにすぎない。一見すると、直接的にして過激とも受け取られようが、その「不敬」という象徴的で「いき」な解釈は、結局、「率直」(=他者)を欠いているのだ。「ハラキリ」という儀式と「不敬」のために日本近代文学を「総動員」するということ。おのが「嫌味」(=「みやび」)を永続させるために「シンボル」を利用すること(このおれなんかは所詮、ニセモノであるにすぎませんが、わが「みやび」の文学は永遠に不滅です!)。「不敬」の「描写」を探し集めて「文学」を保存しようとする者は、すなわちそこで「みやび」を保存しようとしているのだ。いいかえれば、それは「冷戦期」においてのみ機能するというにすぎない「虚無思想」である。だとすれば、そうした試みによって「歴史」(=他者)を捉えようとすることは端からその「不履行」を約束されている、といわねばならない。実際、渡辺は皇太子の撮影した「映像」を、さも一大事であるかのように受けとめ、それを御丁寧に「描写」しているが、率直にいって、それは今現在、本当に「関心」足りうるものであろうか? むしろ、柄谷がそうしたように、たんにその制度の廃止(=「終り」)をいうこと、まさに「それ」こそが「率直」というものではないのか?
あるいはさらに「それ」(「K」)が夏目金之助であるとするならば、当然、「それ」は恐慌(=ヒステリー)の問題であるはずである。かくしてひとは、座頭市の「金」髪に思い至らざるをえない。ありていにいえば、渡辺はそこで、おのが「不敬」というパースペクティヴに奉仕させるため、幸徳秋水という「スター」(=偶像)を必要としているというわけなのだから、どこまでも「主」に忠実な「奴」なのだ。そもそも、なにが「不敬」といって映画狂人こと蓮實「先生」のお生まれになられた日が、かつての「天長節」にあたっているという事実ほど「不敬」なものもまたとあるまい。渡辺が「それ」を不問に付すことは、そこで「自己言及」のないことに等しく、であるがゆえに、それは「義」の回避に帰着するほかはなく、そんなわけで、それはどうあっても思弁であるほかはないのである。このように「K」の論理は容赦なく貫徹される。「それ」(K)は、「自己律法」の問題であり、「それ」のはらむ理念への「殉死」である。透谷とは「恐慌」(=ヒステリー)に直面して、みずからを「宙に吊った」者なのだ。そして、「それ」こそが、《明治十年代の自己幽閉者のidentity》(定本柄谷行人集5 第二部・第2章 大江健三郎のアレゴリー 歴史と反復 岩波書店)にほかならない。しかるに、そうしたものは理の当然によって、「いき」(=シック)によって嘲笑されるところのものである。そして、そのように嘲笑されるところの「野暮」こそが、現在、「武」によって批判的に継がれているところのものなのだ。したがって、「ロマンティク」らの症例としての、「武」への抵抗とは畢竟「文化」(Kultur)への不満にほかなるまい。
いうまでもなく、キタムラ、キタロウ、キタノの三人に共通するのは、「キ印」(島崎藤村)あるいは「左巻き」(反時計回り)である。これはタレント、ビートたけしについて一般に流布する偏見からすると、寝耳に水というか、何やら荒唐無稽な指摘に思われもするであろうが、「武」を「運動」として「虚」心に捉えるならば、「それ」は疑い得ないのである。すでにいったと思うが、「武」の根底にあるのは「純粋」(purity)への希求である。そのことを安易な偏見によって見失わないかぎり、このような「精神」を理解することはことさら難しいものではない。あらためていうと、「武」の政治思想とは「遊戯」であり、「構成力」であり、「手仕事」であり、「発明」である。
『あの夏、いちばん静かな海』や『Dolls』における「恋愛」を、「今時」でない野暮なものとして嘲笑することは容易である。ところが、それらの恋愛を「道徳法則」にしたがったものである「かのように」見なすとき、それらはまったく別の相貌(「物自体」)を見せるのだ。北野映画におけるトンネルとは、ほかでもない「動く空気」が吹き通る「管」なのであって、それは変態を重ねて、ついに『Dolls』における玩具に、その精髄を現わすのである。そして、いうまでもなく、その先端に現れるのがピンクの「球」である。かくして、「それ」は、ついに「球」を開始したのである。そんなわけで、北野武は「世界史的」であるほかはないのだ。いうまでもなく、ここで「世界史的」であるとは、すなわち、「地球規模において」その悲惨な現状を揚棄するという志向と切り離せない。しかもこれが最も大事なことだが、それは「認識」することを通してのみ、「それ」と知られうるのである。その運動において、労ばかり多くして報われることが少ないなどと嘆く暇をわれわれは持ち合わせてはおらない。たとえ未来の他者がわれわれの労苦に対し無関心であるとしても、われわれは「それ」であるべきである。そう遠くはない未来において、われわれの「ぼやき」も、ついには聞き入れられることになろう。「もはや認識ではない、実践だ」などというひとらは、「コマネチ!」の運動を嘲笑し、けっして顧みないであろうが、そのときひとは、まんまと「コマネチ!」によって出し抜かれているのである。「コマネチ!」とはまた、未来の別名にほかならないからだ。かくして、「オレの使命はマヌケな死に方をすること」、「いかに情けなくくたばるかって事を常に真剣に考えてる」が、「武」の「当為」となるのである。「それ」は死の「劇化」を嫌う。北野映画は「死の劇化」に似て非なるものである。かの「バイク事故」は、あくまでも、「アクシデント」なのである。 

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