2008/8/4 0:06
裁判傍聴初体験 分類なし
7/29(火)
バンドのメンバーT嬢と、予てから行こう行こうと言っていた裁判所。
裁判所のHPで傍聴券交付情報を調べてみる。地裁よりも高裁のほうがおもしろそうってことで眺めてみたのだが、近々の事件は、詐欺・証券取引法違反・有印私文書偽造同行使などなど。詐欺なんかだとアタマの世界だから、あまりおもしろそうではない。
そこで、いささか穏やかではない「恐喝」を観に行ってみることにした。
といっても、HPではそれがいつ起こった、どんな事件だったのか詳細に記述されているわけではない。情報は「恐喝」。以上である。いったいどんなヤツが恐喝事件を起こしたのか。まあ、おそらく悪そうな被告なんだろうなあ、その程度のイメージをもって、裁判所へと向かうことになる。
裁判を傍聴したという話はよく聞くのだが、あまりおもしろくないよーという評判が多い。そりゃそうだ。別段派手なパフォーマンスをするわけでもない。その場で予想だにしない論証がなされることなど、稀である。
ところがどっこい、この日の裁判初体験、これが不謹慎にも大変興味深く、おもしろいものだった。
傍聴券の枚数は38枚。まずは交付所で整理券をもらう。抽選5分前。すでに集まっているのは20名くらいだろうか。これなら無抽選で入場できそうだ。
結局定員に満たず、整理券と引き換えに傍聴券が全員に配られる。.33。2枚の余りを残したまま、そのまま入所となる。
裁判所に入る際には、荷物検査がある。空港でチェックインするときと同じだ。時計やら鍵束やらをトレーの上に乗せ、ゲートをくぐる。空港ではどういうわけかゲートで引っかかりまくる俺なのだが、この日はイッパツ通過!
さらに、この裁判の行なわれる4階へと向かう。席は早いもの順らしく、すでにかなりの人が2列に並んでいる。カメラ付き携帯の持込は禁止。メモはOK。「いちころ」と描かれたTシャツはヤバいかなあと思ったのだが、とくに何も言われることはなかった。
午後1時半。開廷のはずなのだが、まだ室内に入れない。訴訟関係人の入室が遅れているとか。
ようやく現れた弁護士、あのー、入室するところ、間違えてますけど……
開廷までの間、部屋の前に貼られた審理内容に目を通してみた。と、恐喝以外にもいくつかの罪名が書かれているではないか。
「恐喝・詐欺・贈賄・傷害致死・傷害」
……これ、全部今日の被告人が犯した罪らしい。つうか、傷害致死まで起こしてるのか、この人。
やがて、傍聴人の入場が許可される。奥の後列の席が空いていたので、着席する。
「傍聴人、入場完了しました」
正面に裁判長・裁判官など5名。左手前列に被告人、その左右には護衛の2人。後列には弁護人と、検事。
被告人は体つきのよい男性。年齢は40歳くらいか。眼鏡をかけ、襟の高い白いシャツを着ている。
まずは弁護士が提出した書類を、裁判長が確認する。書類のナンバリングに一部誤りがあったようだ。
確認終了後、被告人が前に出る。検事が質問する。提出書類に対して、質問が浴びせられる。
まとめると、こんな内容であった。
・恐喝の被害者Hに対しては、被告人の息子が昨日静岡まで出向き、すでに100万円の慰謝料をお支払いした。
・被告人はミャンマーの救援金、四川大地震の見舞金、新潟中越地震の見舞金、先日の岩手・宮城地震への見舞金を寄付している。また、母校の中学校に野球道具一式を寄贈、蔵書数が少ないという江東区豊洲の図書館に自分が刑務所で読んだ本を50冊寄贈するなど、贖罪の意志が強い。
・傷害致死の被害者であるTはヤクザ仲間で上位にいた男。粗暴な男であったが、殺してしまったことにたついては反省している。すでに2000万円の慰謝料を支払っており、被害者の妻からは減刑の嘆願書が提出されている。その他、女手ひとつでお墓を作るのは大変だろうということで、遺族に墓を作ってあげたいと思っている。
・被害者には内縁の妻も存在した。こちらにも現在100万円の慰謝料を支払っている。
・被告人はすでに、2坪に満たない独房で9年間暮らしている。住吉会系のヤクザだが、今は自分自身の生き方が間違っていたと感じており、刑務所を出る前に親分に脱会の旨、相談したいと考えている。極道は自分が望んで決めた生き方であり、お世話になったという恩義は感じているので、きちんと感謝の言葉は述べておきたい。出所して足を洗ったら、小さい飲食店を経営したいと考えている。
ひととおり検事からの質問が終了したところで、弁護人と被告人との間で打ち合わせが持たれる。30分の休憩。
コーヒーを飲みながらT嬢と話をする。二人とも意見は一致している。この裁判は、おもしろい。
まず、ひとつは裁判官・被告人・弁護士・検事のキャラクターが、一人ひとり際立っていておもしろい。全体の雰囲気を巧く一言でコントロールする裁判官。裁判官の言葉に忠実に従う検事。そして、人間的なオーラの強さを感じさせ、アタマの切れそうな被告人。
そして、やはり注目すべきは被告人の活動である。留置中に息子や親戚、友人のツテを使い、慰謝料のみならず災害の見舞金まで支払っている。蔵書の少ない図書館に本まで寄贈している。この行動が本当に行なわれているのであれば、更生の意志はやはり高いのだろう。
さらに、それだけのお金を本当に工面できているのはすごいことである。いくら息子や親戚、友人づてとはいえ、これだけの金策が可能なのはやはりこの人の持つ人間性によるものか。
おそらく被告人は、進むべき道がただヤクザであったというだけである。もし一般的な方向性のもと、会社などで働いたとしたら、頭も切れる被告人はかなり重要な位置にまで登ることができる、そんな人間のような気がする。
社会に復帰するのであれば、まだ体力のある40代のほうが確かによいかもしれない。
しかし、この日の審理の場では、恐喝・詐欺・贈賄については事件のあらましは解説されていない。傷害致死については事件の概要が何となく見えてきたのだが、恐喝・詐欺というのはいったいどんな事件だったのだろうか?
そんな疑問を残しつつ、後半の審理へ。今度は正面最前列の席が空いていたので、そこに座る。と、被告人が自分のほうを一瞥した。眼が合った。力のある眼力で、コチラを見た。
Tシャツに「いちころ」などと書かれている俺を見て、被告人はいったいどう思ったのだろう。
後半は弁護人の答弁である。要旨をかいつまんでみると、次のようになる。
・昨年被告人の父親は71歳で他界している。公務員として職務を全うした人間であった。このことを機に、とくに、被告人は更生の意志を強くしている。
・前回の審理では、被告人の母親が出廷した。言葉にならず、ただただ泣き崩れるばかりであった。被告人は右上の天井を見据えたままであったが、これは人に涙を見せまいとする被告人の意志であった。
・義援金や見舞金については前半で述べられたとおりである。被告人の社会に貢献しようとする気持ちは強い。
・9年間の独房生活で、最近被告人の友人が離れてしまうことも起こっている。大事な友人を失うことが大きな痛手であると被告人は痛切に感じている。
・被告人は、「人間は汗を流して働くことが大事である」と述べている。可能であれば、40代で出所させ、飲食店の経営に勤しんでもらいたい。
法廷の最後、被告人は弁護人と握手を交わした。
次回、判決は10月30日、午後1:30からと決まった。
弁護人による弁述は、心情的な部分に特化されていた。つまり、被告人の更生の意志を裁判官がどう判断するか、懲役20年を求刑されている被告人の刑期短縮は、この点に絞られていると見てよいだろう。
俺は思う。人間は、更生できる。どんな人間でも。まして、人間的なオーラを感じるこの被告人の場合、方向さえ定まれば、社会で立派な仕事をできるのではないか。
だから、信じたい。この男の再生を。
ところが、帰宅後この被告人の名前を検索してみると、この事件の驚くべきあらましが見つかった。
恐喝・詐欺・贈賄の罪というのは、この被告人が服役中に行なったことであった。
2001年、被告人が千葉刑務所に拘置中、被告人はあろうことか刑務所の看守から、携帯電話を手に入れる。この携帯電話を用いて、同じく汚職事件で拘置されていた元助役の妻を恐喝、保釈金目的で現金1333万円を銀行口座に振り込ませたというのである。
つまり、刑務所で看守に賄賂を渡し、現金を騙し取るという極めて狡猾な罪を、この被告人は行なっていたのだ。
さらに、被告人の後半が開始された2000年3月以降、被告人は出廷拒否や弁護人の直前の解任、不規則発言による退任などを繰り返し、結局審理は5年を越えたのだという。公判の回数は、実に72回。選任された弁護人は18回にものぼったとある(2006.11.10付、四国新聞)。
この流れを見てみると、この被告人はかなりのワルである。ワルというより、アタマが悪い方向に切れる。切れ味がよすぎる。
後付けで重なったこのような罪。そして現在の贖罪意識。この点を裁判所はどう判断するか。
10月30日、これは裁判所で傍聴したいという思いがますます強くなってしまった。
バンドのメンバーT嬢と、予てから行こう行こうと言っていた裁判所。
裁判所のHPで傍聴券交付情報を調べてみる。地裁よりも高裁のほうがおもしろそうってことで眺めてみたのだが、近々の事件は、詐欺・証券取引法違反・有印私文書偽造同行使などなど。詐欺なんかだとアタマの世界だから、あまりおもしろそうではない。
そこで、いささか穏やかではない「恐喝」を観に行ってみることにした。
といっても、HPではそれがいつ起こった、どんな事件だったのか詳細に記述されているわけではない。情報は「恐喝」。以上である。いったいどんなヤツが恐喝事件を起こしたのか。まあ、おそらく悪そうな被告なんだろうなあ、その程度のイメージをもって、裁判所へと向かうことになる。
裁判を傍聴したという話はよく聞くのだが、あまりおもしろくないよーという評判が多い。そりゃそうだ。別段派手なパフォーマンスをするわけでもない。その場で予想だにしない論証がなされることなど、稀である。
ところがどっこい、この日の裁判初体験、これが不謹慎にも大変興味深く、おもしろいものだった。
傍聴券の枚数は38枚。まずは交付所で整理券をもらう。抽選5分前。すでに集まっているのは20名くらいだろうか。これなら無抽選で入場できそうだ。
結局定員に満たず、整理券と引き換えに傍聴券が全員に配られる。.33。2枚の余りを残したまま、そのまま入所となる。
裁判所に入る際には、荷物検査がある。空港でチェックインするときと同じだ。時計やら鍵束やらをトレーの上に乗せ、ゲートをくぐる。空港ではどういうわけかゲートで引っかかりまくる俺なのだが、この日はイッパツ通過!
さらに、この裁判の行なわれる4階へと向かう。席は早いもの順らしく、すでにかなりの人が2列に並んでいる。カメラ付き携帯の持込は禁止。メモはOK。「いちころ」と描かれたTシャツはヤバいかなあと思ったのだが、とくに何も言われることはなかった。
午後1時半。開廷のはずなのだが、まだ室内に入れない。訴訟関係人の入室が遅れているとか。
ようやく現れた弁護士、あのー、入室するところ、間違えてますけど……
開廷までの間、部屋の前に貼られた審理内容に目を通してみた。と、恐喝以外にもいくつかの罪名が書かれているではないか。
「恐喝・詐欺・贈賄・傷害致死・傷害」
……これ、全部今日の被告人が犯した罪らしい。つうか、傷害致死まで起こしてるのか、この人。
やがて、傍聴人の入場が許可される。奥の後列の席が空いていたので、着席する。
「傍聴人、入場完了しました」
正面に裁判長・裁判官など5名。左手前列に被告人、その左右には護衛の2人。後列には弁護人と、検事。
被告人は体つきのよい男性。年齢は40歳くらいか。眼鏡をかけ、襟の高い白いシャツを着ている。
まずは弁護士が提出した書類を、裁判長が確認する。書類のナンバリングに一部誤りがあったようだ。
確認終了後、被告人が前に出る。検事が質問する。提出書類に対して、質問が浴びせられる。
まとめると、こんな内容であった。
・恐喝の被害者Hに対しては、被告人の息子が昨日静岡まで出向き、すでに100万円の慰謝料をお支払いした。
・被告人はミャンマーの救援金、四川大地震の見舞金、新潟中越地震の見舞金、先日の岩手・宮城地震への見舞金を寄付している。また、母校の中学校に野球道具一式を寄贈、蔵書数が少ないという江東区豊洲の図書館に自分が刑務所で読んだ本を50冊寄贈するなど、贖罪の意志が強い。
・傷害致死の被害者であるTはヤクザ仲間で上位にいた男。粗暴な男であったが、殺してしまったことにたついては反省している。すでに2000万円の慰謝料を支払っており、被害者の妻からは減刑の嘆願書が提出されている。その他、女手ひとつでお墓を作るのは大変だろうということで、遺族に墓を作ってあげたいと思っている。
・被害者には内縁の妻も存在した。こちらにも現在100万円の慰謝料を支払っている。
・被告人はすでに、2坪に満たない独房で9年間暮らしている。住吉会系のヤクザだが、今は自分自身の生き方が間違っていたと感じており、刑務所を出る前に親分に脱会の旨、相談したいと考えている。極道は自分が望んで決めた生き方であり、お世話になったという恩義は感じているので、きちんと感謝の言葉は述べておきたい。出所して足を洗ったら、小さい飲食店を経営したいと考えている。
ひととおり検事からの質問が終了したところで、弁護人と被告人との間で打ち合わせが持たれる。30分の休憩。
コーヒーを飲みながらT嬢と話をする。二人とも意見は一致している。この裁判は、おもしろい。
まず、ひとつは裁判官・被告人・弁護士・検事のキャラクターが、一人ひとり際立っていておもしろい。全体の雰囲気を巧く一言でコントロールする裁判官。裁判官の言葉に忠実に従う検事。そして、人間的なオーラの強さを感じさせ、アタマの切れそうな被告人。
そして、やはり注目すべきは被告人の活動である。留置中に息子や親戚、友人のツテを使い、慰謝料のみならず災害の見舞金まで支払っている。蔵書の少ない図書館に本まで寄贈している。この行動が本当に行なわれているのであれば、更生の意志はやはり高いのだろう。
さらに、それだけのお金を本当に工面できているのはすごいことである。いくら息子や親戚、友人づてとはいえ、これだけの金策が可能なのはやはりこの人の持つ人間性によるものか。
おそらく被告人は、進むべき道がただヤクザであったというだけである。もし一般的な方向性のもと、会社などで働いたとしたら、頭も切れる被告人はかなり重要な位置にまで登ることができる、そんな人間のような気がする。
社会に復帰するのであれば、まだ体力のある40代のほうが確かによいかもしれない。
しかし、この日の審理の場では、恐喝・詐欺・贈賄については事件のあらましは解説されていない。傷害致死については事件の概要が何となく見えてきたのだが、恐喝・詐欺というのはいったいどんな事件だったのだろうか?
そんな疑問を残しつつ、後半の審理へ。今度は正面最前列の席が空いていたので、そこに座る。と、被告人が自分のほうを一瞥した。眼が合った。力のある眼力で、コチラを見た。
Tシャツに「いちころ」などと書かれている俺を見て、被告人はいったいどう思ったのだろう。
後半は弁護人の答弁である。要旨をかいつまんでみると、次のようになる。
・昨年被告人の父親は71歳で他界している。公務員として職務を全うした人間であった。このことを機に、とくに、被告人は更生の意志を強くしている。
・前回の審理では、被告人の母親が出廷した。言葉にならず、ただただ泣き崩れるばかりであった。被告人は右上の天井を見据えたままであったが、これは人に涙を見せまいとする被告人の意志であった。
・義援金や見舞金については前半で述べられたとおりである。被告人の社会に貢献しようとする気持ちは強い。
・9年間の独房生活で、最近被告人の友人が離れてしまうことも起こっている。大事な友人を失うことが大きな痛手であると被告人は痛切に感じている。
・被告人は、「人間は汗を流して働くことが大事である」と述べている。可能であれば、40代で出所させ、飲食店の経営に勤しんでもらいたい。
法廷の最後、被告人は弁護人と握手を交わした。
次回、判決は10月30日、午後1:30からと決まった。
弁護人による弁述は、心情的な部分に特化されていた。つまり、被告人の更生の意志を裁判官がどう判断するか、懲役20年を求刑されている被告人の刑期短縮は、この点に絞られていると見てよいだろう。
俺は思う。人間は、更生できる。どんな人間でも。まして、人間的なオーラを感じるこの被告人の場合、方向さえ定まれば、社会で立派な仕事をできるのではないか。
だから、信じたい。この男の再生を。
ところが、帰宅後この被告人の名前を検索してみると、この事件の驚くべきあらましが見つかった。
恐喝・詐欺・贈賄の罪というのは、この被告人が服役中に行なったことであった。
2001年、被告人が千葉刑務所に拘置中、被告人はあろうことか刑務所の看守から、携帯電話を手に入れる。この携帯電話を用いて、同じく汚職事件で拘置されていた元助役の妻を恐喝、保釈金目的で現金1333万円を銀行口座に振り込ませたというのである。
つまり、刑務所で看守に賄賂を渡し、現金を騙し取るという極めて狡猾な罪を、この被告人は行なっていたのだ。
さらに、被告人の後半が開始された2000年3月以降、被告人は出廷拒否や弁護人の直前の解任、不規則発言による退任などを繰り返し、結局審理は5年を越えたのだという。公判の回数は、実に72回。選任された弁護人は18回にものぼったとある(2006.11.10付、四国新聞)。
この流れを見てみると、この被告人はかなりのワルである。ワルというより、アタマが悪い方向に切れる。切れ味がよすぎる。
後付けで重なったこのような罪。そして現在の贖罪意識。この点を裁判所はどう判断するか。
10月30日、これは裁判所で傍聴したいという思いがますます強くなってしまった。
