2008/5/15 3:13
本の話 本
先週から毎日の誌友会や日曜集会、会議などがあり、まとまった時間がとれなかった。しかしその分、半端な時間を利用して二冊の本を読んだ。一冊は谷口純子先生の『小さな奇跡』で、もう一冊は『ハーバードからの贈り物』(Daisy Wademan著)である。後の本は翻訳本だが、どうしてタイトルがこうなるのかと思う。原著書の題名は「Remember Who You Are--Life stories that inspire the heart and mind」である。「ハーバード」という言葉を使ったら日本ではもっと本が売れるのだろうか。別に文句があるわけでもないから、これ以上タイトルについては書きません。
さて、最初の本の谷口純子先生の書かれている中で、次のような内容があります。「日本人であるという誇りが、これまでの日系人のブラジルでの活動の源泉であり、(中略)日系人の子弟の進学率は、平均を大きく上回っている。しかし最近では混血が進み、日系人の数を数えること自体が困難になっているし、数えようという意識もなくなっているのが現状のようだ。ブラジルだけではなく、世界中の日系人のあり方も、新たな段階を迎えようとしているのだろうと私は感じた。」(同書131-132頁)
吾が娘達もアメリカ人と結婚して子供を産めば、その子供の血はもう、日本人というわけにはいかない。しかし、日本人という認識は何であるのだろうか? 吾が孫や曾孫は自分の血の中の何分の一かに日本人の血を見出し、日本人とはなんぞや、と自分探しの旅でも始めるのでありましょうか? それとも、もうそのころには世界が小さくなっていて、それこそ新たな段階に達していて、あまり民族というようなことを意識しなくなっているのであろうか、とふと思ったのでした。このことを将来、掘り下げて考える必要があると思うのです。
さて、もう一つのハーバードの本は、同大学ビジネス・スクールの教授陣が最後の授業に話す内容をまとめたものです。有意義な話もあれば、物足りないものもありますが、幾つか感動した話があったので、お勧めです。これは最近通い始めたトーストマスターで一緒の尚子さんが「いい本ですから読んでみて下さい」といって昔貸して下さった本を今になって読んだものであります。来週の一般講演会で何か紹介できるかも、と思ってやっと本を開いたかんじです。彼女に感謝です。キム・B・クラーク教授のサラ(彼のお母さん)の話が気に入りました。お母さんのクラーク教授に対する献身に感謝する内容です。クラーク教授が最後に生徒に言う言葉がよいですね。「あなたの決断で人生を変えられる従業員は、ただの数字ではない。皆、現実を生きている人間なのだ。それぞれが誰かの息子や娘であり、父親や母親でもある。一人ひとりが誰かの幸福を願って額に汗し、犠牲を払っている。こうした人たちにも、あなたのために尽くしてくれた人に対してと同じく、敬意と思いやりを示してほしい」と。(同書135-136頁)
当たり前のことですが、とても大切なことだと思います。自分の家族や友人や好きな人だけに敬意と思いやりを示す時代から、新しい時代になってきているのではないでしょうか。科学や交通、コミュニケーションの発達などで、文化的、民族的な隔たりの壁が徐々に取り除かれているこの時代に、取り除かれた壁によって違いが衝突している現状もあるが、それを乗り越えて、新しい段階に人間の考え方が進まなければならないと思うのです。国や文化や、民族意識の違いを正面に持ってくるのではなく、共通項を見出し、誉め合い讃え合い、感謝し合うことを正面に持ってくる。そういう努力が必要ですね。そのためには、家族や友人や好きな人たちへの敬意と思いやりを、もっと拡げていかなければならないと思うのです。そういう仕事を副総裁谷口雅宣先生も、谷口純子先生もされており、さらにはハーバード・ビジネス・スクールの教授陣も事業の最後には(途中でもされているかもしれませんが)されている。私はそういう仕事の最前線で働かせてもらっている自分に感謝するとともに、あらためて自分のしていることの大切さ、その喫緊性を感じた次第です。
さて、最初の本の谷口純子先生の書かれている中で、次のような内容があります。「日本人であるという誇りが、これまでの日系人のブラジルでの活動の源泉であり、(中略)日系人の子弟の進学率は、平均を大きく上回っている。しかし最近では混血が進み、日系人の数を数えること自体が困難になっているし、数えようという意識もなくなっているのが現状のようだ。ブラジルだけではなく、世界中の日系人のあり方も、新たな段階を迎えようとしているのだろうと私は感じた。」(同書131-132頁)
吾が娘達もアメリカ人と結婚して子供を産めば、その子供の血はもう、日本人というわけにはいかない。しかし、日本人という認識は何であるのだろうか? 吾が孫や曾孫は自分の血の中の何分の一かに日本人の血を見出し、日本人とはなんぞや、と自分探しの旅でも始めるのでありましょうか? それとも、もうそのころには世界が小さくなっていて、それこそ新たな段階に達していて、あまり民族というようなことを意識しなくなっているのであろうか、とふと思ったのでした。このことを将来、掘り下げて考える必要があると思うのです。
さて、もう一つのハーバードの本は、同大学ビジネス・スクールの教授陣が最後の授業に話す内容をまとめたものです。有意義な話もあれば、物足りないものもありますが、幾つか感動した話があったので、お勧めです。これは最近通い始めたトーストマスターで一緒の尚子さんが「いい本ですから読んでみて下さい」といって昔貸して下さった本を今になって読んだものであります。来週の一般講演会で何か紹介できるかも、と思ってやっと本を開いたかんじです。彼女に感謝です。キム・B・クラーク教授のサラ(彼のお母さん)の話が気に入りました。お母さんのクラーク教授に対する献身に感謝する内容です。クラーク教授が最後に生徒に言う言葉がよいですね。「あなたの決断で人生を変えられる従業員は、ただの数字ではない。皆、現実を生きている人間なのだ。それぞれが誰かの息子や娘であり、父親や母親でもある。一人ひとりが誰かの幸福を願って額に汗し、犠牲を払っている。こうした人たちにも、あなたのために尽くしてくれた人に対してと同じく、敬意と思いやりを示してほしい」と。(同書135-136頁)
当たり前のことですが、とても大切なことだと思います。自分の家族や友人や好きな人だけに敬意と思いやりを示す時代から、新しい時代になってきているのではないでしょうか。科学や交通、コミュニケーションの発達などで、文化的、民族的な隔たりの壁が徐々に取り除かれているこの時代に、取り除かれた壁によって違いが衝突している現状もあるが、それを乗り越えて、新しい段階に人間の考え方が進まなければならないと思うのです。国や文化や、民族意識の違いを正面に持ってくるのではなく、共通項を見出し、誉め合い讃え合い、感謝し合うことを正面に持ってくる。そういう努力が必要ですね。そのためには、家族や友人や好きな人たちへの敬意と思いやりを、もっと拡げていかなければならないと思うのです。そういう仕事を副総裁谷口雅宣先生も、谷口純子先生もされており、さらにはハーバード・ビジネス・スクールの教授陣も事業の最後には(途中でもされているかもしれませんが)されている。私はそういう仕事の最前線で働かせてもらっている自分に感謝するとともに、あらためて自分のしていることの大切さ、その喫緊性を感じた次第です。
