2008/11/19  3:09

バナナの木  ザンビア生活

家の庭にはバナナの木が数本うわっています。
今年初めて実をつけました。いつ食べられるだろうと楽しみにしていましたが、夏に一時帰国する前に、よく確かめもせず1本の木から実の束をごっそり切ってもらって、それがまだぜんぜん食べられるまでになっていなくて大失敗したので、2本目に実がなった木はそのままにしていました。実がついてからかれこれ半年経ちますが、実の大束はまだ木になったままで、いつになったら完熟するのだろうという感じです。

少しずつ切り取って家の中に置いておくと程よく熟してきます。

これがまたとってもおいしいんです。さすが、前の住人がこのバナナはおいしいからと言って産地から苗を買ってきて植えただけあります。残念ながら前の住人はこの実を食べずじまいだと思います。私が住み始めて半年以上たって初めて実をつけたバナナの木です。

写真を撮ったのですが、ここにアップできずに残念。

インターネットのプロバイダーを変えない限りは写真は無理です。残念。

しかしバナナの木って不思議ですね。いったい何カ月かかるんでしょう。木から実をもいで直接食べられるようになるまで。。


2008/11/19  3:09

バナナの木  ザンビア生活

家の庭にはバナナの木が数本うわっています。
今年初めて実をつけました。いつ食べられるだろうと楽しみにしていましたが、夏に一時帰国する前に、よく確かめもせず1本の木から実の束をごっそり切ってもらって、それがまだぜんぜん食べられるまでになっていなくて大失敗したので、2本目に実がなった木はそのままにしていました。実がついてからかれこれ半年経ちますが、実の大束はまだ木になったままで、いつになったら完熟するのだろうという感じです。

少しずつ切り取って家の中に置いておくと程よく熟してきます。

これがまたとってもおいしいんです。さすが、前の住人がこのバナナはおいしいからと言って産地から苗を買ってきて植えただけあります。残念ながら前の住人はこの実を食べずじまいだと思います。私が住み始めて半年以上たって初めて実をつけたバナナの木です。

写真を撮ったのですが、ここにアップできずに残念。

インターネットのプロバイダーを変えない限りは写真は無理です。残念。

しかしバナナの木って不思議ですね。いったい何カ月かかるんでしょう。木から実をもいで直接食べられるようになるまで。。


2008/11/17  1:12

今日は安定日  ザンビア生活

この土日はのんびりできました。何のイベントもなく約束もなかったので一人で過ごせました。
やっぱり一人の時間は大事です。平日は残業して家に帰ってもちろん一人ですが、いろいろ考えたりしてしまってぼーっとできません。

昨日の日中はいろいろと考えていましたが、最近ゆっくり話していないということも原因かもと思っていました。昨夜、相方と電話で仕事の話をしてすっきりしました。自分にも責任があるはずなのに、そのことに係れていないと。

先週の土日はやたらと独り言をいっていましたが、精神的に落ち着いたようです。

朝はスカッシュに行ってきました。ひとりでやっているとジムのお兄さんがラケット持ってくるから待ってて、といきなり言って戻っていったので、私はそれを待たずに帰ることにしました。彼はひとりではつまらないだろうから、と思ったのでしょうけれど、一人だからいい時もあるんです。それに慣れない人とやると余計に疲れます。

その後、買い物に行ってばったり知り合いの専門家に会って昼食を誘われましたが、日本からの出張者と一緒ということで、これもせっかくのお誘いですがお断りして帰ってきました。

知らない人と食事するのもねえ、元気があるときならいいけど、今日のような日は家でゆっくり一人で食べるほうがいいです。

昨日と今日は家にいる間、ずっと50−60年代オールディーズを聞いています。中高生のときに兄の影響でずっと毎日聞いていた音楽です。

衛星放送でTV番組だけでなく映像なしの音楽番組もたくさん、いろんなジャンルのチャンネルがあります。だいたい聞いているのはこのゴールデン・オールディーズか、80年代、レゲエです。

TVは人から引き継いだアナログの古いタイプでスピーカーがモノラルなのですが、それに別にスピーカーをつないでいるので音楽も楽しめるわけです。

最近ほとんど毎週土日を仲良し専門家と一緒にスカッシュに行き、その後食事をしで、結構ひとりでぼーっとできる日がなかったなあと、そう思いました。

それがいい時もあるし、余計に疲れがたまることになるときもありですね。

ま、生活は快適なので余計に疲れることをしなければいいだけの話です。

2008/11/15  23:58

疲れる原因はいろいろあります  ザンビア生活

人の不平不満を聞くと疲れます。ただ話す方としては他に吐き出し口がないから私にそういう話をするのだろうということは分かっています。だから自分の職場の人の悪口でも聞いているしかない。。

フィリピンにいたときもそうでした。私はいつも外部で働いている人から私の職場の人の対応の悪さを訴えられていました。反論の余地がないことが多いので、とりあえず聞くわけです。

そうするとどっと疲れる。

人の悪口を言う人は口が「へ」の字になっています。それを繰り返すと「へ」の字の口の顔つきになってしまう。常に他人を悪く言うことしかできなくなってしまう、そんな気がします。

口角は下がっているより上がっているほうがいいと思うんですけどね。常に笑顔でいたいものです。

他人との関係で悩める人はまだいいのかも。社会性がある証拠?

私は自分のことで悩んでいます。どうすれば自分の責任が果たせるか。自分は無力だと感じています。
あるいは同僚からあてにされていないということを悩んでいるのかも。。

こう考えているということは、社会性を持とうと努力しているということでしょうか。
他人の役に立ちたいと思っているわけですからね。いえ、役に立ちたいというか、やっぱり自分にも責任があると感じていることに対して、何もできていないことが今の最大の悩みです。

2008/11/15  4:32

珍しくほめられました  ザンビア生活

今週はよい1週間でした。

まずフィンランド大使館の参事官に「あなたはよくやっているわよ」と褒められました。

四半期に一度の会議でしか会わない方で、しかもその会議では私はほとんど貢献していなかったので、意外でした。褒められた理由はたった1度、別の会議で私の貢献度が高かったからだろうと思います。つまり、専門外の場では無言を通しているけれど、専門の話はとっても上手にできる、と、そういうことだろうと思いました。

そうなんです。適当な話ができないんです。

この国のドナー会議ではどこでも、どうでもいい話でも言った者勝ちというか、議題から外れようが自分本位の見方であろうが、何かを喋るということで会議に無駄な貢献する人が多いので、無言の人間は無視されるというか、馬鹿にされます。会議に貢献していないと思われるわけです。

この1年7カ月の間に何度その四半期に一度の会議に出たのか忘れましたが、たった1度だけ別の会議で貢献度が高かったと評価してもらえたようで、それだけで褒められたわけです。これにはびっくりですが、珍しく他人によい評価をもらえたことは、お世辞だったとしても結構うれしいことでした。

その他にもよい偶然が重なっています。

何でしょうね。自分が役立たずに思えて落ち込むことが多い最近では精神的に安定できた週でした。

物事は、すべて自分がどう考えるか、周りからのことをどう受け取るかにかかっているのだと思いますが、自分が大事な人間だと自分で思えるためには、やっぱり周りからのポジティブな影響はとっても必要です。

感謝されることはあっても褒められることはそうありません。

普段人から褒められることを期待しないようにしていますが、参事官のたった一言で、私は私なりによくやっていると思えた1週間でした。

2008/11/10  4:20

寝るのが一番  ザンビア生活

先週は自分なりによく頑張ったと思っていたのですが、金曜日あたりから反動がでて、また落ち込む始末です。やっぱり自分の間違いを自分で大目に見ることができないようです。
運動してサウナに入ってそれで気がまぎれるかと思っていましたが、疲れがたまるばかりで、どうもよくなかったようです。

家に一人でいるのに「誰と話しているの?」というくらいの声でぶつぶつ独り言を言っていました。

それで日曜日の今日は一日寝ていました。この間まで薬を飲まないと眠れなかったのに、久しぶりにたくさん寝れました。おかげで気分はずいぶんましになりました。

いつの間にかカシューナッツを食べなくなっています。あれだけ好きだったのに、毎日食べすぎたようです。しばらく食べなければまた食べたくなるかな。

人との関係も一緒かも。ずっと一緒にいるとちょっと嫌になったりするけど、少し距離を置くとまた一緒にいたくなる。

いろいろ嫌なことがあるときには変化を求めたくなるものです。普段は接しない人と食事するとか。

自分で髪を切りました。数日前に切った時にはとにかく短くなれば、揃っていてもいなくてもいいと思っていました。やっぱり最悪の精神状態だったようです。今日たくさん寝た後に、やっぱり変な髪形になっていると思って、またちょきちょき切りました。短くなるばかりで、特に後ろの方はどうも自分が思っているようにはきれいに切れないのだけど、少しはましになったようです。少し延びたら、次回はちゃんとお店に切りに行こう。

今週はどんな1週間になるか。

2008/11/5  4:06

会議  ザンビア生活

今日はいつもは行かない会議に出席して別のセクターが作ったペーパーに対するコメントを説明してきました。今朝急に決まったことだったのでどうなる事かと思いましたが、それでも今日は脳がフリーズしなかったので、とりあえず役目は無事に終えたようです。

しかし、相変わらず知らない人が多いところで自分の考えを理論的に英語で話すのは得意じゃないです。ここに来たばかりのころはあまり緊張すると、日本語にしても英語にしても本当に自分で何を話しているのかわからなくなってましたからね。


私の早口でしかもどもりながらの下手な英語で十分に意図が伝わっていたかどうか、早口だったけれどもかけた時間を考えると言葉が足りなかったんじゃないかと後で思いました。でも、私もヨーロッパ人の英語がいまいちよくわからなくても聞き流しているのと一緒で、ま、書いていることを説明しただけなので、読めばわかるというところでしょうか。

ほっと安堵感とともに、だんだんヨーロッパ人に気後れしなくなってきている自分に自信が付いてきました。何といっても慣れですね。この1年7か月の間のいつもの会合での司会や議事録作りの経験が自分の力になってきていることを実感しています。

今日は久しぶりに心地よい疲れを感じています。しかし、腰が痛い。やっぱりストレスでしょうか。

2008/11/3  2:04

選挙監視団 2  ザンビア生活

選挙日の朝5時20分に事務所を出発し、まずはルサカ市内のチームメイトの投票所へ行きました。そこで6時のオープニングを監視し、その後、1時間後には配置された選挙区の最初の投票所に到着していました。

どうしてこんなところに投票所を!?と思うような何もないところでした。それでも徒歩や自転車で投票所に向かう人々を追い越してきていたので、それなりに近辺に家があるのでしょう。
木の支柱に麻袋を広げたようなテントを張って、選挙管理委員会から支給された段ボールの組み立て式椅子と机、それに記入ブースがぎゅっとその屋根の下に詰め込まれていました。その投票所の登録者は109名で、私が行った朝8時台ではまだ20名ほどしか来ていませんでした。選挙管理の投票所責任者と4名の補助員、1名の制服を着たガードマン、3つの政党からの選挙エージェント、ただ選挙運営ハンドブックにはNGOや市民団体からのモニターがいなければならないのですが、あまりに辺境地のせいか、そこにはモニターはいませんでした。責任者の人は、モニターは来ていないけれど、あなた方(外交選挙監視団)が来てくれたのでよかった、ということです。そこでは選挙監視マニュアル通り30分ほど静かに監視を続け、そこで5分ほど責任者と立ち話をして、ついでに脇の民家(どうやら投票所責任者の家、しかも伝統的なマッシュルーム型)のわら囲いのトイレを拝借して次の投票所に向かいました。

この後に行く予定にしていたところが船で渡らなければならない川向うと島(おおきな中洲)の投票所だったので、そこはあきらめました。選挙管理委員会からもらった地図では船に乗らないと行けないというのはわかりませんでした。

それでさらに辺境地に行くのはやめて町の中心部に戻るルートに変更し、この後、9つの投票所を1日かけて回りました。どこも移動ではダートロードを車で30分ほど揺られていましたが、ほとんど小学校か公共の施設の建物で、投票登録者数も300人から800人ほどあり、一つの列に3名から5名ほど並んで受付を待っている人がいました。お昼時に行った2か所は閑散としていて、選挙管理補助員も政党エージェントも暇そうにしていました。

カフエ川という大きな川がある近辺を回ったので、昼食は船着き場の市場にある魚屋さんで食べました。
10センチから15センチほどのとれたての川魚の素揚げでした。ザンビア人のチームメイトとドライバーさんは3匹をあっという間に平らげました。私も2匹食べました。これはおいしかった。ドライバーさんが自分のシマ(主食)を分けてくれて、それでおなかは満たされました。チームメイトはもちろん魚だけでは足りず、マヘウというシマに味をつけて流動食にしたようなものを2パックも飲んでました。

監視をして回る地域が遠隔地なので昼食時にうまく食堂が見つけられるかと少し心配してましたが、一緒に回ったのがザンビア人でよかった。これが欧州人だったらサンドイッチでも用意していかなければならなかったでしょう。

3時半にはすでに町の中心部に戻っていました。そこで休憩をとることにしました。あと2か所、しかも最後の投票所では開票を監視することになっていましたが、チームメイトはここでビールを2本も飲んでいました。どういう感覚かよく分からないですねえ。これまで行ったところの投票の様子はとっても平和だったし、透明性も確保された選挙状況だったので、もう大丈夫と思ったんでしょうかねえ。しかし早朝5時には家を出て、延々車でダートロードを移動していますから、すでに結構疲れていました。

開票を見守ることに決めた町の中心の投票所(町役場)へ向かう前に、すぐ近くに大きな工場があり5000人以上の投票登録者があるところに行きましたが、ここも平和そのものでした。とにかく、今回の選挙、投票率がかなり悪そうです。夕方の5時くらいで登録者の半数くらいだということでした。

で、投票率が悪いおかげもあり、最後の開票の監視も思ったより早く終わりました。チームメイトは開票の途中、半分寝ているか外に電話をかけに行っているか、気ままにしていました。すっかり自分のタスクは終わったと思っていたのでしょう。9時くらいには結果が出て、集計所(その選挙区の管理者がいるところで、実はその町役場の2階)に提出する書類の記入を見守り、その後、チームメイトにEUへの報告義務があることをリマインドして、二人の監視結果を突き合わせて、一つにまとめました。そのころには彼も酔いが覚めていたようです。当日の最後の仕事として彼にEUへの報告電話をしてもらいました。
夜10時には私とドライバーさんはルサカに向かう車に乗っていました。チームメイトはその日、その町に泊まって別のチームの車で翌日ルサカに戻ることになりました。

なにせ、どれだけ時間がかかるだろうか、政党グループのいざこざがあるんじゃないか、下手をすると興奮した集団の投石に遭うんじゃないかという不安がありましたが、平和でした。しかも投票率が低い。。

与党と筆頭野党の候補者がどっちもどっちで、3つ目の政党党首は一番可能性があるように感じられていましたが、いかんせん、若すぎて経験不足をみんなが心配したようです。今日ショッピングセンターのレストランで見たニュースが最終結果なのかどうかよく分りませんが、結局僅差で与党の勝利におわり、副大統領が次期大統領になるということのようです。

2008/10/28  2:57

選挙監視団 1  ザンビア生活

10月30日木曜日に行われる大統領補欠選挙のDipromatic Observer Miison(EU選挙監視団が母体)に加わることとなり、今日はその事前研修に終日行ってきました。

2006年の大統領選挙の時には大人数のEU選挙監視団がザンビアの選挙管理委員会の依頼で送られてきていたそうです。今回は大統領の死去に伴う補欠選挙で、大統領死去90日以内の選挙のため、今回も選挙管理委員会から依頼があったもののEU加盟本国から大人数を送ることができずに、監視員の大多数を在住者から募ることになったようです。EU諸国のみならず、各国大使館に参加が呼びかけられ、日本大使館も2006年選挙に続いて監視団に加わることを決めたため、我が事務所も2名を出すということになりました。

今日聞いたところでは192人が今回の監視団に参加するそうです。この数には今回のためにヨーロッパから来た人々も含まれています。

事務所から2名出すと言われた時に、ガバナンスチームのメンバーとして、しかも専門が行政(公共サービス改革)である私としては、他の人に任せるよりも、これは積極的に参加したほうがいいだろうと思いました。しかし、思ったよりも大変です。

適当な時間に投票所を数か所回ってその報告をすればいいのだろうと思っていたのですが、監視団のマニュアルに従って、朝の5時半から投票所に行き、その準備を監視するところから始まり、6時の投票時間開始後、投票所13か所をまわり、各投票所で30分から45分監視し、その様子を監視結果シートにそれぞれの投票所で書き込み、夕方6時の投票終了時間には、結果集計地に近い投票所で開票を監視し、それが8時間かかったりもするそうです。で、その開票結果が最終的に結果集計地にきちんと届けられるのを見届け、すべての監視結果を電話でEU選挙監視本部(というのか、とにかくディプロマティック監視団を取りまとめているところ)に報告しないといけないそうです。

これは大変です。こんなに大変だと知っていたら監視員の人数が多い自宅近所の選挙区を選んでいたと思うのですが、なにせ、そういうものだと知ったのが今日です。私はルサカから30分ほど車を走らせる、ルサカの南隣りのディストリクトを選んでおり、私が参加を勧めた相方はやはりルサカから30分ほど東に行くディストリクトを選んでいます。ルサカ市内のほうが楽かと聞かれると、そうでもないだろうと思いますが、なにせルサカ市内は希望者が多いので、投票所を回るチームと、夜の開票を監視するチームの2交代になっています。うーん、結局、その方がかなり楽ができそうですね。。

ルサカ市内を希望する人が多いと聞いたのでやめて、同じルサカ州内でちょっと田舎の選挙区を選んだわけですが、当日早朝から夜中までかかるわけです。大変です。

二人一組で投票所を回るのですが、私も相方もそれぞれチームメイトが英国の支援機関に勤めるザンビア人です。朝の5時半にまずルサカ市内の投票所に行き、開始の様子を監視し、チームメイトが投票を済ませた後、監視地の隣のディストリクトに移動して12投票所を回るわけです。

もちろん、土地勘があればまだましなんですけど、チームメイトがザンビア人とはいえねえ、そこをフィールドにしていなければ、当然そうそう分かるわけではないです。

配布されるはずの地図は今日貰えず、もしかしたら、自分で国土省までディストリクト地図をもらいに行かなければならないかもしれず、しかし貰った地図に投票所が記されているわけではなく、結局は探して回らないといけないというわけです。ひゃあぁ、これは大変そうです。しかも投票所での開票・集計の監視と、選挙区集計所まで結果がきちんと届けられるのを見届けるまでが仕事なので、何時に終わることやら。。チームメイトは金曜日には事務所で仕事があるから金曜日の朝までには戻っていたいなんて言ってました。。え、一晩かかるんですか?朝まで??

どうやら24時間体制で臨むべきのようです。

事務所の車と運転手さんを使うことにしているのですが、これがまた問題なわけです。
しかしねえ、24時間監視を続ける私たちは、休憩は適当にとっていいとは言われたものの、どうなることやら。。

相方はガーナでの選挙監視経験がある人ですが、ここまで監視は厳しくなかったそうです。それだけザンビアの腐敗がはびこっているということでしょうかねえ。

2008/10/24  4:51

私の失敗  ザンビア生活

今日は隣の役立たずの出勤日ではない日だったので、緊張せずに済む1日でした。

しかし、朝メールを見たら報告書ドラフトが送られてきていました。

で、今日はその彼のドラフトにコメントを付していた、というかかなり書き直しを入れていたのですが、あまりにコンサルらしからぬ内容・構成に驚きました。しかもなんだか英語の文章がいまいちです。文章にケチをつけてもしょうがないので、とにかく、構成を直していました。

最初の2ページで支援先機関の既存文書の丸コピーと私が書いたものをそのまま使っているのには本当にびっくりです。。

彼に私の文章チェックをしてもらうことはあきらめました。これなら相方や担当所員に見てもらったほうがよっぽど英語らしい英語になりそうです。結局私が書いたものはそのまま支援先機関の人に渡して、あちらでネイティブチェックをしてもらうことにしましたけど。

彼は本当にアメリカの大学院の博士課程に在籍していたのか、かなり疑問です。これじゃあアメリカに5年いても博士号が取れないまま帰国しててもしょうがないわけだ、研究者としての資格はないわと思いました。

まじめに勉強していない人なのね。ただ住んでいただけ、あるいはお喋りばかりしていたんでしょう。教えたがり屋さんなのでしゃべるのは得意です。でも喋れるからといって書けるわけではない。ザンビアからわざわざアメリカに留学していてもそういう人はいるのねと、呆れました。奨学金もらって苦学して学位をとるという人ではなく、家柄がいいだけの人なのかもしれません。お子さんが今イギリスに留学中とか言っていたけど、自分の親が同僚から使えない人だと思われていると知ったらどう思うでしょうね。

で、緊張のない1日だったけど、数ページ読んで書きなおして、手間がかかることに怒り、呆れ、終いには、やっぱり使えない人ね、とあきらめました。

私は人を見る目がないというか、人の採用には向いていないのねと、去年のおじさん、今年の役立たずの2年続けて失敗だったなあ、と反省しています。

明日はザンビアの独立記念日で、事務所はお休みです。3連休ですが大統領補欠選挙の直前なので旅行は禁止されています。で、同じ敷地に住む日本人グループの歓迎会があるので、明日は料理しないといけません。何を作るか考え中です。

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