2008/6/16 22:56
ピッパの日 日記
(デイリー・ヨミウリに掲載されたロサンジェルス・タイムズの記事より)
ミラノに住む若きアーティスト、ジュゼッピーナ・パスクァリーノ・ディ・マリネーオ(通称ピッパ)は、旅に出ることを決意した。
彼女は友人のシルヴィア・モーロと二人で、ミラノからエルサレムまで、戦火に傷ついた中東の国々を巡る計画を立て、実行した。二人が身に着けたのはウェディング・ドレス。それは、世紀を超えて争ってきた東西二つの文明の精神的な「結婚」を象徴するコスチュームだった。
著名な彫刻家の叔父と、自由主義者の母を持った彼女は、芸術と精神の力で憎しみを愛に変えることができると信じていた。ピッパとシルヴィアは、人目を惹く奇妙な格好で中東の国々をヒッチハイクして旅した。
道で出会った人たちはみんな優しく、彼女は文化や言葉の壁を超えて、人間が愛し合えることを確信した。彼女は毎日、ブログに旅の興奮と感動を書きつづった。ピッパはイスタンブールでシルヴィアと別れ、ベイルートで落ち合おうと約束して、ボスポラス海峡を独りで越えて行った。
あるとき、ピッパのブログが更新されなくなった。
最初はみんな、彼女がとてつもない体験をしていて、きっと後でみんなを驚かせるような報告を書いて寄越すものだと思っていた。
けれども、一週間が過ぎてもピッパからは音信がなく、心配した家族がイスタンブール駐在のイタリア領事に連絡を取り、本格的な捜査が始まった。
数週間後、ムラット・カラタスという38歳の犯罪歴のある男が、イタリア人の女性をレイプして殺害したと自白した。
彼女の着ていたウェディング・ドレスは泥にまみれ、道端に捨てられていた。
ミラノでは、多くの市民が彼女の死を悼んだ。
イスタンブールの新聞は、トルコ語とイタリア語で、一面の見出しにこう書いた。
「ピッパ、私たちをどうか、許してください」
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私が心の底から尊敬している映画芸術家の一人である、フェデリコ・フェリー二の有名な作品に『道』というのがある。ドストエフスキーの『白痴』(これは差別用語で今は使ってはいけない言葉らしいが)に匹敵する作品だ。
主人公のジェルソミーナ(ジュリエッタ・マッシーナ)は、今で言う発達遅滞者で、彼女の心には「憎しみ」という感情が欠落している。その彼女が、大道芸人で憎しみの固まりのようなザンパノ(アンソニー・クィン)という男に売られて、散々に痛めつけながら旅をしていく、そんな話だった。
ピッパの話を聞いて、私は、あのジェルソミーナを思い出した。
世界には、ジェルソミーナのような、あるいはピッパのような「お馬鹿さん」が必要なのだろう。
そんなわけで、センチメンタリストである私は、今日、6月16日を「ピッパの日」と宣言することにする。
毎年この日には、彼女を思い出そう。
