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    <title>はやみかんすいの、新かんすいタイムアウト</title>
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    <description>発足したばかりの素人英語劇団Kobe Global Theatreが、世界のステージを制覇するまで</description>
    <dc:language>ja</dc:language>
    <dc:date>2008-07-14T22:58:39+09:00</dc:date>
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    <title>心と体の中の戦争</title>
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    <description>怒ったら、あきまへんで。
怒ったら、大変な目に遭いまっせ。
笑てなはれ。悪いことは言わん。

実際、怒りというものは怖いものだ。どれだけ怖いか、私もつい最近知った。
人間、怒りという感情を持ったとたんに、脳内でアドレナリンという物質が分泌される。同様に、強い不安を感じられると、今度はノルアドレナリンが出る。

これらの脳内物質は、毒性を持っているらしい。しかも、普通の毒性ではない。青酸カリやトリカブト毒に匹敵するような毒だという。

帝銀事件で用いられた毒が青酸カリ。あれで何人死にましたか？あれほどの...</description>
    <dc:date>2008-07-14T22:58:38+09:00</dc:date>
    <dc:subject>幸福論</dc:subject>
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    <title>物語と出来事</title>
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    <description>物語という言葉があるが、これは気をつけなければいけない言葉だ。

物語とは何ぞや？
コマーシャリズムの常套手段でいえば、累積的な話の筋立てがあって、最後は感動を与えてチャン、チャンということだろうが、どうもそういうものではなかろう。

ただひとつ言えることは、ある「できごと」に対して、読者なり観客なりの注意を強制的にフォーカスさせるということだ。それはたとえば、大都会に住む群衆の中から、特定の人物に焦点を当てることでもあるだろうし、あるいは群集を群集として上から見下ろすという視点を用意することによ...</description>
    <dc:date>2008-07-09T23:09:32+09:00</dc:date>
    <dc:subject>映画</dc:subject>
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    <title>汝の仕事を愛せ</title>
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    <description>カート・ヴォネガットは、昔、仕事が嫌で嫌で仕方がない時期があったそうだ。
そのヴォネガットさんに向かって、誰かがこう言った。

「でもねえ、あんた。蹄鉄に首ったけの鍛冶屋なんていうのも、そういるもんじゃねえやな」

確かに。

けれども、自分の仕事が死ぬほど好きな人も、中にはいる。

もう20年ほど前のことだが、「とりひげ」本店の北側の踏み切りの手前にビデオレンタルの店があった。

私は仕事帰りに一杯やったあと、よくこの店に立ち寄った。
酒を飲むと、人間不思議なもので、少し色っぽいことを考えたくなるものだ...</description>
    <dc:date>2008-07-06T13:50:02+09:00</dc:date>
    <dc:subject>映画</dc:subject>
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    <title>生きがい</title>
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    <description>−−あなたは、どんなときに生きがいを感じますか？
と、聞かれたら非常に困る。

どんなときだろう？植木に水をやっているときだろうか。猫とじゃれているときだろうか。でかいウンコが出たときだろうか。それとも、死について考えているときだろうか。

何かひとつ、好きで打ち込めることがあればいい、ともよく言われる。

はて？　毎日酒を浴びるほど飲んでいるが、あれは好きで飲んでいるわけではない。惰性で、いやいやながら、仕方なく、自己嫌悪にまみれて飲んでいる。中毒というやつだ。あんなもの、本当はきらいなのだ。

そ...</description>
    <dc:date>2008-06-23T12:30:00+09:00</dc:date>
    <dc:subject>日記</dc:subject>
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    <title>ピッパの日</title>
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    <description>
（デイリー・ヨミウリに掲載されたロサンジェルス・タイムズの記事より）

ミラノに住む若きアーティスト、ジュゼッピーナ・パスクァリーノ・ディ・マリネーオ（通称ピッパ）は、旅に出ることを決意した。

彼女は友人のシルヴィア・モーロと二人で、ミラノからエルサレムまで、戦火に傷ついた中東の国々を巡る計画を立て、実行した。二人が身に着けたのはウェディング・ドレス。それは、世紀を超えて争ってきた東西二つの文明の精神的な「結婚」を象徴するコスチュームだった。

著名な彫刻家の叔父と、自由主義者の母を持った彼女は...</description>
    <dc:date>2008-06-16T22:59:40+09:00</dc:date>
    <dc:subject>日記</dc:subject>
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    <title>ニーチェ、ゴッホ、米山、そして雨音を聴く</title>
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    <description>TsutayaのオンラインDVDサービスで、往年の名作を観続けている。
２枚一組で送られてくるので、カップリングには自分なりに工夫を凝らしているつもりだ。

組み合わせを考えるのは結構楽しい。緊張と緩和――。たとえば、『博士の異常な愛情』と、『フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ』とか、アベル・ガンスの『ナポレオン』と大林宣彦の『HOUSE』、『その男ゾルバ』とピーター・セラーズの『パーティ』などなど。

一番最近は、『炎の人ゴッホ』と『大魔神』だった。

大魔神の特撮の妙には感嘆させられるが、ゴッホを演じた...</description>
    <dc:date>2008-06-15T22:08:41+09:00</dc:date>
    <dc:subject>日記</dc:subject>
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    <title>酒の上の話</title>
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    <description>酒の上の話やないか……、というのは、取り消し可能な意思表示を示唆している。

先日、役者のN氏とマッコリで盛り上がり、『どん底』をプロデュースしようということになったが、これも気をつけないと単なる酒の上の話に終わってしまう恐れがある。

しかし私の場合、誰かと話をするときは大概酒を飲んでいるので、それを言うならばすべて酒の上の話、かんすいの言っていることは全部でたらめだと、こうなる。

こうなっては、実も蓋もない。ぜひともこの企画は実現させたい。

とは思うのだが、何しろ『どん底』である。私のような素...</description>
    <dc:date>2008-06-08T22:51:59+09:00</dc:date>
    <dc:subject>演劇</dc:subject>
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    <title>意識という煉獄</title>
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    <description>前世紀の終わりに発表された、ミッシェル・ウエルベックの小説『素粒子』は、個我意識という牢獄からの解放を謳って終わっている。

２１世紀に人間存在を根本から変革させる理論を発表した天才分子生物学者の伝記という体裁を取りながら、小説はこの変革以前の人間の不幸を、個人の意識という点から描写する。

主人公のミシェルは、「シナプスの極微レベルで生ずる基本的電気現象に基づいて構築されうる、ヒルベルト空間の総和として定義されるフォックス空間の可能性の場」としての個我意識を超克しつつ、なおかつ愛を可能にする理...</description>
    <dc:date>2008-06-08T14:22:29+09:00</dc:date>
    <dc:subject>文学</dc:subject>
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  <item rdf:about="http://diary.jp.aol.com/ewgpycgt/14.html">
    <title>あいつ</title>
    <link>http://diary.jp.aol.com/ewgpycgt/14.html</link>
    <description>あいつ……。

あいつのことを書こうか。

どうしようか。

やめとこうか。

やっぱり、書こうか。

でも、私があいつについて書いたとしても、公的に何の意味もなさない。

だから、

やっぱりやめておこう。

出鼻をくじきやがって。

憎い野郎だ、

そいつについて、書く事もできない。

****************************************

私の敬愛するE先生が面白いことを言ってた。

先生は文筆家としては超一流だが、いまだに小説を書いていない。

「僕が小説を書かない理由は、同時代人にOKという奴がいたからだ。

で、このOKという...</description>
    <dc:date>2008-05-31T01:15:12+09:00</dc:date>
    <dc:subject>文学</dc:subject>
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    <title>悲しきプロステート</title>
    <link>http://diary.jp.aol.com/ewgpycgt/13.html</link>
    <description>昔の翻訳歌謡は、必ずといっていいほど「悲しき」が枕言葉として付いていた。

「悲しき願い」、「悲しき街角」、「悲しきハート」、「悲しき６０歳」、「悲しき鉄道員」、「悲しき想い」、「悲しき雨音」「悲しきインディアン」、「悲しきカンガルー」

カンガルーはいつもヒョンヒョンとしているので、あまり悲しい感じがしないが、とにかく頭に「悲しき」と付けなければ、どこか座りが悪いのだ。

ことほどさように、日本人というのは悲しがり屋の民族だということがわかる。「かなし」という大和言葉には、英語のsadだとか、フラン...</description>
    <dc:date>2008-05-24T00:49:02+09:00</dc:date>
    <dc:subject>日記</dc:subject>
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