2008/5/21  16:09

近江商人の「三方よし」の真意  お金について

先週、日経の一面に「日本人とおカネ」というコラムが3回ほど連載された。
キーワードである「貯蓄から投資へ」についての解説もあったが、最後に近江商人
の「三方よし」の解説があった。日本人がよくいう「資産三分割法」はこの三方よし
から来ているということだ。

最初、私はこの三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)の世間よしという
のは、商売で儲けた金を寄付などで社会に還元する社会貢献だと思っていた。
私の出身地である山梨の甲州商人とは違って、近江商人は大したものだと感じていた
のだ。そこで、近江商人の代表である伊藤忠の創業者一族、伊藤公一さんに伺ったが、この人は神戸とニューヨークと東京にしか住んだことがない人で、近江商人のことは
あまり関心がないようだった。ダンディな男なのだ。
仕方がないので、たまたまお会いした近江商人をルーツとする別の会社社長に
伺ってみた。この方は家訓とかに詳しく、詳細に「世間よし」を教えてくださった。

まず私が勘違いしていたのは、「世間よし」は商売の外で社会貢献をすることでは
全くないことだった。あくまでも売り手よし、買い手よしの範囲内の話だ。その上
で世間よしも考えろ、という教えのようだ。具体例では、江戸時代に実際にあった
話だが、関東で米が不作で江戸に持っていけば大阪の2倍で米が売れる時があった
ようだ。その時に近江商人は在庫の全てを江戸向けに売らず、3割は安くても地元
に売ったそうだ。それが「世間よし」の意味するところだという。
確かに、この話の後、文献を調べたら同じ話が載っていた。そういうことなのだ。

現在のように、社会貢献などという言葉がなかった時代だが、まあこういう思想が
拡大してきて、高度経済成長、バブル期、成熟経済を経て、現在のように大企業は
社会貢献をしなければいけない、という風潮がでてきたと考える。

そういう意味では近江商人の先見性が光るが、近江商人自身が既に江戸時代から
社会貢献を別個に考えていたわけではないのだろう。




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