2008/2/20  20:45

おやじブログ ウオルターP.クライスラー博物館その2  飛行機

クライスラーの液冷16気筒航空エンジン。燃焼室は半球形HEMIで、戦後自動車に登場する
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クライスラー・エンジンを搭載した実験機リパブリックP-47
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クライスラーと古今の系統ブランド生産車、コンセプトカー、技術展示の中で、ふたつのエンジンに惹かれた。第2次大戦中の軍用機と戦車用にクライスラーが開発したものだ。
アメリカ自動車メーカー大手は、第2次大戦中、軍需生産に切り替え、軍用車両のみならず、航空機、戦車生産に大きな役を果たした。クライスラーも航空機、戦車を生産した。

XI-2220エンジンは、1944年、陸軍航空隊の要請に応え、クライスラーが独自の技術で開発した液冷倒立(クランクシャフトが上で、ヘッドが下)16気筒エンジンだ。総排気量36.4リッター、最高出力2500hp/1864kW、重量1102kgのスーパーエンジンであった。

XI-2200は、第2次大戦の米陸軍航空隊の最大でもっとも頑強な戦闘機といわれるリパブリックP-47改造機体に搭載し、テスト飛行をした。P-47のオリジナル・エンジンは、プラット&ホイットニー製R2800"ワスプ”空冷星型2列18気筒で、最高出力2000hp/1500kWであった。クライスラーXI-2220搭載実験機は、さぞかし高性能だったのだろう。だが、大戦は終局に近づき、5基が納入されたのみであったと、ミュージアムの説明ボードは記す。すでにジェット・エンジンが実用化されつつあり、戦闘機用の大出力レシプロの時代は終わりに近づいていた。
クライスラーによると、XI-2220の燃焼室形状"HEMI(半球形)" は、戦後の1951年に登場するV8に採用される。現在のクライスラ−300CのV8に継承されているOHV・HEMIである。

1940年、米政府はクライスラーに戦車工場を建設、稼働せよと要請した。ミシガン州ウオーレン工場だ。70年代、GMテクニカル・センターを訪れる度に、その前を通ったが、正面にシャーマンだったかバーシングだったかがドーンとにらみを効かせていたのが記憶に残る。この部門は、82年にジェネラル・ダイナミックスに売却された。

クライスラーは、第2次大戦中25,000台の戦車を生産したが、エンジンは多種多様だった。それでも間に会わない。そこで自動車部門のエンジニアが一案を出した。自動車用水冷直列6気筒エンジンを5基、立体的星形(そんな形容があるかどうか?)に配置し、魚の背骨のような複雑なギアトレインを介して、中心部の出力軸を回すのだ。

30気筒、総排気量26.4リッター、最高出力450hp/336kWを発生する。受注後9ヶ月でこのエンジンを搭載した最初の量産タンク7500台を納入したという。戦時中の文字通りの馬力発揮だ。一部がイギリス軍に引き渡されたというが、評判は上々とはクライスラーの説明だ。

もう一枚、面白い写真が展示されていた。アメリカ自動車初期のカーウオッシュで、AUTO WASH BOWLの店名が見える。浅い円形のプールをぐるぐる走り回り、床下の泥を洗い流すというシンプルな仕掛け。当時のダート路で汚れのは、下半身だからという発想だ。


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自動車の直6エンジン5基を星状に配した戦車用30気筒エンジン。これは量産した。

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ムカシの洗車は、泥道で下が汚れるので、浅い円形プールを自走して洗う。



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