2008/3/25 16:24
竹の箸Memoir - ポール・フレールの思いで - 8 RX-7 FD&RX-8 竹の箸Memoir
FDのメカプロはFCボデイを使った

シークエンシャル・ツインターボの高過給圧は、はじめの頃、よく吸気管を吹きとばした。それほど深刻な顔でないのは、解決法を見いだしていたから。

ポールのRX-7 FD開発評価試乗では、2回の同行が記憶に鮮やかだ。最初は、まだFCの車体を用いたメカプロであった。マツダのグローバル・サーキットを走ってきた彼がこういった。「ジャック、まったくエンジンが吹かない」エンジニアたちがフッドを開けた。と、ターボとインテークを連結する管がゆるんでいる。ツインシークエンシャルターボの高圧力に耐えきれず、ゆるんでしまった。テープでギリギリに巻きリスタート。今度は、パワーがフルに出た。このクルマ、外観はホラー映画のミイラのようにテープを貼りまくった怪奇な容貌だったが、エンジンルームもテープだらけになってしまった。
小早川主査のアレンジで生産型と比較他車を連ねて向かったのは西伊豆スカイライン。これは豪華メンバーだった。ポール・フレール、元F1ドライバー(1966-79年117戦、優勝8戦。ルマン優勝)で91年マツダ787Bをルマン優勝に導いた総監督ジャッキー・イクス, 元ロード&トラック誌編集長で私のFD英語開発ブックの共著者ジョン・ディンケル、ルマン・ドライバーで2008年も出場する寺田陽次郎さんが集った。
すごかったのは、ポールとジョンのニアミス。生涯はじめてとポールが認めたが、コーナー脱出直後、彼が右車線に出てしまった。対向してきたのがジョン、とっさに右に回避、2台のミラーが接触したほどクロース!左側通行に慣れた日本人だったら、たぶん本能的回避にいたらなかったのではないか。ミラー1個ですんだ。
FDターボは、ポールがニュールブルクリンク旧コースを9分以下で走った数少ないクルマの1台となった。ただ、グローバル・サーキット、ニュールブルクリンク、そして路面状態のいい西伊豆スカイラインでの試乗だけであり、ロードカーとしての乗り心地については、もう少し改善すべくアドヴァイスすべきだったと語っていた。
ポールとジョン・ディンケルは、私の最後の"ヘヴィー”な本、RX-8にも協力してくれた。『最後』と悲観するのは、CAD, CAE、コンピュター解析の進歩につれ、開発期間が非常に短縮されてきた。ほとんどがコンピューター内で処理される。資料の量が少なくなり、人のストーリーも希薄になってきているようだ。それとコンプライアンスの名目で、情報管理が強化されている。過日、CG誌45周年記念号の企画で、小林彰太郎元編集長、三本和彦さんと座談した際、そんな実のある情報が得づらくなったと話したら、CGモデレーターに同意されてしまった。大CGですら、情報がでなくなってきたと感じるのだから、零細ライターでは...

西伊豆スカイラインでの評価試乗の豪華メンバー。ROAD&TRACK元編集長ジョン・ディンケル、元F1/スポーツレーシングカー・ドライバーでマツダの91年ルマン挑戦の総監督ジャッキー・イクス、ポール、ルマン・ドライバー寺田陽次郎、小早川主査

「額面通り、4人乗れるね」ポール、RX-8開発ブックのフォトグラファー・ジョン・ラムと私
シークエンシャル・ツインターボの高過給圧は、はじめの頃、よく吸気管を吹きとばした。それほど深刻な顔でないのは、解決法を見いだしていたから。
ポールのRX-7 FD開発評価試乗では、2回の同行が記憶に鮮やかだ。最初は、まだFCの車体を用いたメカプロであった。マツダのグローバル・サーキットを走ってきた彼がこういった。「ジャック、まったくエンジンが吹かない」エンジニアたちがフッドを開けた。と、ターボとインテークを連結する管がゆるんでいる。ツインシークエンシャルターボの高圧力に耐えきれず、ゆるんでしまった。テープでギリギリに巻きリスタート。今度は、パワーがフルに出た。このクルマ、外観はホラー映画のミイラのようにテープを貼りまくった怪奇な容貌だったが、エンジンルームもテープだらけになってしまった。
小早川主査のアレンジで生産型と比較他車を連ねて向かったのは西伊豆スカイライン。これは豪華メンバーだった。ポール・フレール、元F1ドライバー(1966-79年117戦、優勝8戦。ルマン優勝)で91年マツダ787Bをルマン優勝に導いた総監督ジャッキー・イクス, 元ロード&トラック誌編集長で私のFD英語開発ブックの共著者ジョン・ディンケル、ルマン・ドライバーで2008年も出場する寺田陽次郎さんが集った。
すごかったのは、ポールとジョンのニアミス。生涯はじめてとポールが認めたが、コーナー脱出直後、彼が右車線に出てしまった。対向してきたのがジョン、とっさに右に回避、2台のミラーが接触したほどクロース!左側通行に慣れた日本人だったら、たぶん本能的回避にいたらなかったのではないか。ミラー1個ですんだ。
FDターボは、ポールがニュールブルクリンク旧コースを9分以下で走った数少ないクルマの1台となった。ただ、グローバル・サーキット、ニュールブルクリンク、そして路面状態のいい西伊豆スカイラインでの試乗だけであり、ロードカーとしての乗り心地については、もう少し改善すべくアドヴァイスすべきだったと語っていた。
ポールとジョン・ディンケルは、私の最後の"ヘヴィー”な本、RX-8にも協力してくれた。『最後』と悲観するのは、CAD, CAE、コンピュター解析の進歩につれ、開発期間が非常に短縮されてきた。ほとんどがコンピューター内で処理される。資料の量が少なくなり、人のストーリーも希薄になってきているようだ。それとコンプライアンスの名目で、情報管理が強化されている。過日、CG誌45周年記念号の企画で、小林彰太郎元編集長、三本和彦さんと座談した際、そんな実のある情報が得づらくなったと話したら、CGモデレーターに同意されてしまった。大CGですら、情報がでなくなってきたと感じるのだから、零細ライターでは...
西伊豆スカイラインでの評価試乗の豪華メンバー。ROAD&TRACK元編集長ジョン・ディンケル、元F1/スポーツレーシングカー・ドライバーでマツダの91年ルマン挑戦の総監督ジャッキー・イクス、ポール、ルマン・ドライバー寺田陽次郎、小早川主査
「額面通り、4人乗れるね」ポール、RX-8開発ブックのフォトグラファー・ジョン・ラムと私



