2008/3/29  22:05

竹の箸Memoir - ポール・フレールの思いで - 11  竹の箸Memoir

はじめての来日の際、日本自動車ジャーナリスト協会AJAJメンバーとの昼食会。挨拶するのは高岸清・初代会長
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久米・日産社長(当時)と歓談するポール、浅岡さんと私
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ポールとは、彼の取材、試乗で多くの自動車メーカーに通訳兼アシスタントとして同行した。
60年代2度目の来日は、ヨーロッパの経済メデイアの仕事で、日本経済と自動車産業が主題だった。メーカー経営、技術首脳ではホンダ本田宗一郎社長、マツダ山本健一社長(当時)、日産久米豊社長、トヨタ豊田章一郎取締役(当時)からお話を伺った。
びっくりしたのは、日本の大手銀行役員とのアポイントメント。私にはそんな伝手はなかったが、彼の父君がベルギー経済界の重鎮であったと知った。ポール自身も自動車に開眼する前は、経済専攻だった。

少数の仲間が日本自動車ジャーナリスト協会=AJAJをつくった時、ポールはヨーロッパ諸国の協会を束ねた国際協会会長であり、助言を受けた。以来、名誉会員となってもらった。初回だったか、2度目の来日であったか、AJAJメンバーがポールを招き昼食会を催した。初代会長でドイツ勤務の経験のある高岸清さん(『マイカー』なる言葉を造った)がドイツ語で挨拶した。あとでポールがそっとひとこと、「中世的正統ドイツ語だったよ」


マツダの小早川隆治さんは、ポール、私ともに付き合っていただいた。エンジニアであるが、70年代後半から技術広報を担当された。当時のマツダ・トップの慧眼だったと思う。マーケティング出身の鈴木文三さんとのコンビは、現在にいたるまでマツダはもとより世界メーカーの最強組のひとつと思う。小早川さんは、開発に戻り、RX-7 FCのコンヴァーティブル、中間改良モデル(タルガ紀行)、そしてFDの開発リーダーを務め、FD開発の多忙期には本格的ファクトリー活動となった89年ルマン優勝の指揮をとった。実質、マツダのレーシング・ディレクターであった。その後デザイン(スタイリング)部門トップとしての時期のクルマに2代目ロードスターがある。
その小早川さんとは2度面白い経験をした。

小早川さんの広報時期、カペラ・5ドアハッチがヨーロッパで好評となった。ヨーロッパ・メーカーにもこのボデイタイプのクルマはなかった。ルノーがラグーナで追いかけてきたほどの稀な日本オリジナルといえよう。小早川さん、カペラでフランスからスペインを回ろうとと誘ってくれた。
途中、ニースにポールとスザンヌを訪れた。男三人集まると車談義となり、奥さんのスザンヌがまた始まったと呆れ顔をするのが常。
フレール邸のフルサイズ・プール脇で話に花が咲いた。と、ポールが誘った「ひと泳ぎするか」小早川さんと顔を見合わせた。「水着を持ってきていません」「そんなものはいらない」ポール、生まれたままの姿でプールに跳びこんだ。ちょっともたもたしたが、ふたりも水に入った。そこにスザンヌがオレンジジュースのピッチャーとグラスを持って現れた。「リフレッシュメントよ」小早川さんと私、暖かい南フランスだったが、プールの中でフリーズした。

次が広島から日本海までのドライブ。小早川さん、取材試乗が終わり、週末の旅を楽しもうとプラン。仕事でないのでマツダ車ではない車を用意する粋(?)な計らい。当時の典型的日本の『ハイソカー』日産ローレル・ハードトップ。のんびり景色を見ながら、しゃべり(車談義)走るには過不足ない。金沢の旅館の大浴場は3人だけしか入っていない。また泳いだ。

2008年1月30日。ポールの91歳誕生日だった。スペインからの帰途、ニース近郊ヴァンスのクリニックでリハビリ中の彼を見舞った。元ホンダの木澤博司さんを偲ぶ会にポールにメッセージを寄せてもらったが、その手紙に彼の体調が思わしくないと記してあった。
「来てくれるのはうれしい。私の誕生日なので、ヴァンスへの道路と療養所は東京並みの渋滞を覚悟した方がいいよ」聞き慣れた咳払いとともに、ポール式ユーモアが電話から流れてきた。

クリニックでは、同じく見舞いに訪れたルーフ社長アロイス・ルーフが、最新モデルCTR3の生産車が完成したと報告し、「ポールが快復し次第、3人で乗ろう」「コーナー連続部はポールに
任せ、私は直線だけでいいですよ」「いや、きちんと曲がるよ」ポール:「ところで、ポルシェ911ターボと日産GT-Rのメカを比較するリポートを頼まれているのだが...」最後の車談義となってしまった。
それからひと月も経たない2月23日、ポール・フレールがこの世とクルマから去った。




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ポール、マツダ(当時)の小早川さんと金沢へ旅をした。ファンとともに
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ポール・フレーフル1917-2008



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