2008/9/18  16:27

おやじブログ アレックス・モールトン博士の足跡と近況 その2  クルマ

第2次大戦中、ブリストル航空機会社には、航空エンジニアに加え、自動車産業からも多くのエンジニアが参集した。とくにレーシングカー分野の有名、勇名人が集まり、技術梁山泊状態であったらしい。
ーアレックス・モールトン(ゴメンナサイ、イシゴニスと書いてしまいました)の前任者でドイツ空爆により亡くなったエイドリアン・スクアイアは、自らのスクアイア・スポーツカーを開発製作し人物だ。 
ーフィル・アーヴィングはHRDヴィンセント・モーターサイクルのエンジン設計者で、戦後の3リッタ−F1時期にジャック・ブラバムのためにV8を設計製作し、ワールドチャンピオンシップをもたらした。彼はジャーナリストでもあり、私のMOTOR誌寄稿時代には、ロンドンのテンプルプレス編集部でわいわいがやがややったものだ。
ーフランシス・ベアートは、ノートン・マンクスの名チューナー。
ーセントーラス・エンジンのテスト部門の責任者、R.R. ジャクソンは、ブルックランズ・レースの猛者。同じく高空における気化器性能向上担当だったシールズ嬢は、ブルックランズで女性としてはじめて100mphを超え、ゴールドスター賞を得たレーシングドライバーであった。アレックス、改良型オイルポンプのデモをやっていて、パイプが抜け、女史に頭からオイルを浴びせたという。
ーゴードン・ウイルキンスは、のちにイギリスのジャーナリスト大御所となった。カー・オヴ・ジ・センチュリーの名誉審査員のひとりであった。
ーピ−ター・ウエアは、ロイ・フェデンの後を追い、ブリストルを辞めてフェデンカー開発を進めた。

いまや、イギリスには民族系大メーカーはなくなった。しかし、自動車エンジニアリングは健在であり、卓越した人材を輩出している。F1をはじめ、レーシングカー産業を担っているのはイギリス人エンジニアであり、スタイリングの分野でもイギリス人メーカー・ディレクター、チーフエンジニアは多い。アレックス・モールトンは、イギリスの大いなる財産は、英語と技術であると告げる。

第2次大戦後、モールトンは、一時家業のゴム製品製造業に戻るが、技術は基本こそ肝要であると考え、ケンブリッジに復学、学位を取得する。卒業後、家業に戻り、経営陣に研究開発部門の創設を提案し、自ら部門の長となる。この時期、モーリス社は傑作小型車”マイナー”を発表し、大成功を収める。モールトンは、マイナーのチーフエンジニア、アレック・イシゴニスの業績に感銘を受け、伝手を通じ知己を得た。ふたりは、意気投合した。アレックス・モールトン34歳であり、「私が幸運にも得たふたりの技術の師のひとり」と語る。他の一人は、もちろんサー・ロイ・フェデンであった。

モールトンは、鉄道車両ボギー、軍用小型トレーラー、4駆車用ラバースプリングを開発した。イシゴニスは、好奇心がすこぶる旺盛で、モールトンがボギー案を見せると、さっそく彼自身のスケッチを描く(アレックス、「うまく作動しないだろうがね」)。後年、アレックスが小径車輪自転車を開発しようと話すと、モノコック車体を描いた。

イギリス自動車産業再編期、モーリスを併合したBMCが生まれる。イシゴニスは、自らのチーフエンジニアとしての地位が脅かされると、アルヴィス社に移った。そこでV8エンジン搭載サルーンを設計開発するが、モールトンのラバー/流体連結スプリングを用いたサスペンションを採用した。このアルヴィス・プロトタイプの写真が最近発掘されたが、いま入手すべく所有団体に依頼しているところ。
 イシゴニスがBMCに復帰して設計開発したのがADO15 "MINI"である。サスペンションには、モールトンのラバーコーン・スプリングを用いたのはご存知の通り。

後年、モールトンは少年期から情熱を燃やしていた蒸気エンジン自動車を構想した。イシゴニスは、またまた「私がボデイデザインをやってやろう」と描いたのは、下のスケッチである。イシゴニス自身も、開発の本流から外された時期、蒸気エンジンMINIをやっていた。イシゴニス自邸には、インドア、アウトドア(壁にトンネルを開けて!)の模型鉄道のレールが敷かれ、蒸気機関車を走らせていた。



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蒸気機関に希望を抱いていた時期のアレックス・モールトンの3気筒蒸気エンジン、前輪駆動車のコンセプトスケッチ。マクラーレンM1のようにセンタードライビングポジションのセダンを意図していた。
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「君のコンセプトカーのデザインは、私に任せろ」と設計エンジニアのサー・アレック・イシゴニスが描いたスタイリングスケッチ。ミニなどADO系の角張ったデザインとは対照的なエアロルックスである。右下のAIはイシゴニスのイニシアル。
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モールトン邸The HallのWhite Roomで歓談するサー・アレック・イシゴニスとアレックス・モールトン。
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いまのWhite Room。ホームシアターがあり、夕食後、"ホイスキー”を飲みながら、アレックスとの歓談が楽しみな部屋。滞在中、時間があると書棚の本を斜め読みする。今回の収穫は、ヴィクトリア時代の偉大なエンジニア、ブルンネルのフォト伝記だった。



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