2007/5/16 1:38
PERU 3 <Cuzco> -Japanese- ペルー2007/PERU
March 31, 2007 (Sat)
朝食後、早速9:00過ぎにルシー、リカルド、カールと共に出かける事になった。
毎週、彼らはクスコの郊外に住んでいる子供達を訪ねている。カールを中心に援助組織を作り、それの一環で”食堂”を2つ開設。今回それに参加させてもらうことにした。

ちょっと小さめのタクシーに大の大人が4人乗り込む。一人は助手席、後部に3人。かなりキツイぞ!それでもお構い無しに走り出す、しかも荒い運転でっ!^0^
クスコの街を離れリマへ通じる幹線道路を行く。結構きちんと舗装されているのでスムーズ。30〜40分ほど行ったところ、マチュ・ピチュ行きの列車の通る線路沿いにある小さな町に到着。通りの両脇には小さな商店が並ぶ。パン屋で子供達にあげる白パンを90個程買う。ルシー曰く、「ココの店主のおじさんはいつもオマケしてくれるから、必ず店番が誰か先に確認してから入るの。」どこもおばさん&お母さんはシッカリしているものだ。^0^
買い物後、モトカー(バイクのタクシー)に乗り、舗装されていない道をガタガタいいながら町の更にはずれへ約5分。第一の目的地に到着!周りは牛が何頭もいる牧草地。その中を校舎風の建物に向かい歩いていくと「Hermana!!」(シスターの意)と大きな声で駆け寄ってくる数人の子供達。遠くから恥ずかしそうに、こっちをながめている子もいる・・・。しかしどの子にも共通しているのは、日焼けしてカサカサになった肌とお世辞にもキレイとは言えない服と靴。裸足の子も少なくは無い。

次々にやってくる子供達にパンをあげながら、顔に日焼け止めクリームを塗っていく。高地で日差しが強いところに住んでいるにも関わらず、何も手当てをしない(もしくは知らない)ので肌はかなり荒れていてガサガサ。火傷みたいになっている子もいた。ルシーはお母さん達にもクリームを塗りながら手当て方法をアドバイス。

最初は恥ずかしそうだった子供達も遊び始めると段々笑顔に。どこも子供は素直で可愛いものだ。^0^小さい子達とはテーブルの上下でかくれんぼ。小学生の子達には日本語で彼らの名前を書いてあげたら、見た事のない変な字に笑いながらも興味津々。「こんにちは」などの簡単な挨拶も教えたら結構喜んでくれた。あと、日本から持参していたキャラクター・シールも大人気。大人から見ればなんてことない物でも子供にとっては宝物。
暫くしたら今度は建物ウラの大人たちに呼ばれる。牛にひかれて耕されたジャガイモ畑とその後ろにはトウモロコシ畑が広がっていた。(これらがアンデス地方での2大作物)そこで、あるお母さんが私にカップを差し出した。”チチャ・デ・アロス”だ!薄い茶色の泡だった、お米から作った地元の発酵酒。味はスッパイ、薄味のビール。決して旨いとは言えなかったが、ペルーに行ったら是非飲みたいと思っていたので嬉しかった。大きなポリタンクに入ったチチャを仕事の合間にグッとやるらしい。数口だけ飲んで丁寧にお返ししたカップをもお母さんはその場でクイッと。かっこいい〜!^0^
その後、食堂で昼食を頂く。茹でたジャガイモにトウモロコシ、チーズが包みの中にいっぱい。取れたてはやっぱり美味!
それから2つ目の食堂へ、またまたモトカーで移動。こちらでも子供達から熱烈大歓迎!^0^ こっちの食堂は数年前から運営しているので、子供達の肌もキレイ。服装や髪型もきちんと整えてのお出迎え。でもココも以前は1つ目の食堂の子達みたいだったらしいとの事。まず大人も子供も食堂内へ集合!前回、カールが撮った写真・記事が載ったドイツの新聞を皆に見せて支援状況等を報告。

少し遊んだ後に昼食の時間。援助資金で購入した食材を使って子供達にしっかりと栄養のある食事をしてもらうのが狙い。ボウルにいっぱい入った混ぜご飯をお祈りの後に皆で食べた。スプーンの行き渡らない人はそのまま手で。三つ編で民族衣装を着た老女が給仕していたがその顔には表情がなく、しかも誰として「por favor(お願いします)」や「gracias(ありがとう)」の言葉も言わない・・・。年配者を敬う習慣があまり無いとは聞いていたが、やはり見ていて良い気分ではなかった。手伝わずにはいられなかったが、座ってx2と言われやむなく席に戻った。更に複雑に感じたのは、別テーブルに用意された私達4人分の食事。明らかに他の人達より量も多くて中身も立派。周りの子供達の視線を感じながら食べるのは何とも言えない。先に食べたトウモロコシ等でもうお腹いっぱいだったので結局食べきれず残してしまった。またそれを残したことに対して申し訳なく、空しくなった・・・。なんだかんだ言って結局、格差社会であることを再認識させられた。
しかも貧しい地元住民たちはそれが当たり前のように諦めきっているのか・・・。それでも皆、初対面の外国人をとても暖かく受け入れてくれる。別れ際に「また来てね!」いつかまた彼らと会える機会があると信じたい。
帰宅後は軽くコーヒーと夕食を取り、早々にベッドへ。次の日は待ちに待ったマチュ・ピチュだ!!
<支援団体"CCC: chicos-calidad-cusco"のホームページ>
http://www.ccc-online.info/
今のところまだドイツ語のページのみ。近いうちにスペイン語、英語、日本語ページも作る予定。
朝食後、早速9:00過ぎにルシー、リカルド、カールと共に出かける事になった。
毎週、彼らはクスコの郊外に住んでいる子供達を訪ねている。カールを中心に援助組織を作り、それの一環で”食堂”を2つ開設。今回それに参加させてもらうことにした。
ちょっと小さめのタクシーに大の大人が4人乗り込む。一人は助手席、後部に3人。かなりキツイぞ!それでもお構い無しに走り出す、しかも荒い運転でっ!^0^
クスコの街を離れリマへ通じる幹線道路を行く。結構きちんと舗装されているのでスムーズ。30〜40分ほど行ったところ、マチュ・ピチュ行きの列車の通る線路沿いにある小さな町に到着。通りの両脇には小さな商店が並ぶ。パン屋で子供達にあげる白パンを90個程買う。ルシー曰く、「ココの店主のおじさんはいつもオマケしてくれるから、必ず店番が誰か先に確認してから入るの。」どこもおばさん&お母さんはシッカリしているものだ。^0^
買い物後、モトカー(バイクのタクシー)に乗り、舗装されていない道をガタガタいいながら町の更にはずれへ約5分。第一の目的地に到着!周りは牛が何頭もいる牧草地。その中を校舎風の建物に向かい歩いていくと「Hermana!!」(シスターの意)と大きな声で駆け寄ってくる数人の子供達。遠くから恥ずかしそうに、こっちをながめている子もいる・・・。しかしどの子にも共通しているのは、日焼けしてカサカサになった肌とお世辞にもキレイとは言えない服と靴。裸足の子も少なくは無い。
次々にやってくる子供達にパンをあげながら、顔に日焼け止めクリームを塗っていく。高地で日差しが強いところに住んでいるにも関わらず、何も手当てをしない(もしくは知らない)ので肌はかなり荒れていてガサガサ。火傷みたいになっている子もいた。ルシーはお母さん達にもクリームを塗りながら手当て方法をアドバイス。
最初は恥ずかしそうだった子供達も遊び始めると段々笑顔に。どこも子供は素直で可愛いものだ。^0^小さい子達とはテーブルの上下でかくれんぼ。小学生の子達には日本語で彼らの名前を書いてあげたら、見た事のない変な字に笑いながらも興味津々。「こんにちは」などの簡単な挨拶も教えたら結構喜んでくれた。あと、日本から持参していたキャラクター・シールも大人気。大人から見ればなんてことない物でも子供にとっては宝物。
暫くしたら今度は建物ウラの大人たちに呼ばれる。牛にひかれて耕されたジャガイモ畑とその後ろにはトウモロコシ畑が広がっていた。(これらがアンデス地方での2大作物)そこで、あるお母さんが私にカップを差し出した。”チチャ・デ・アロス”だ!薄い茶色の泡だった、お米から作った地元の発酵酒。味はスッパイ、薄味のビール。決して旨いとは言えなかったが、ペルーに行ったら是非飲みたいと思っていたので嬉しかった。大きなポリタンクに入ったチチャを仕事の合間にグッとやるらしい。数口だけ飲んで丁寧にお返ししたカップをもお母さんはその場でクイッと。かっこいい〜!^0^
その後、食堂で昼食を頂く。茹でたジャガイモにトウモロコシ、チーズが包みの中にいっぱい。取れたてはやっぱり美味!
それから2つ目の食堂へ、またまたモトカーで移動。こちらでも子供達から熱烈大歓迎!^0^ こっちの食堂は数年前から運営しているので、子供達の肌もキレイ。服装や髪型もきちんと整えてのお出迎え。でもココも以前は1つ目の食堂の子達みたいだったらしいとの事。まず大人も子供も食堂内へ集合!前回、カールが撮った写真・記事が載ったドイツの新聞を皆に見せて支援状況等を報告。
少し遊んだ後に昼食の時間。援助資金で購入した食材を使って子供達にしっかりと栄養のある食事をしてもらうのが狙い。ボウルにいっぱい入った混ぜご飯をお祈りの後に皆で食べた。スプーンの行き渡らない人はそのまま手で。三つ編で民族衣装を着た老女が給仕していたがその顔には表情がなく、しかも誰として「por favor(お願いします)」や「gracias(ありがとう)」の言葉も言わない・・・。年配者を敬う習慣があまり無いとは聞いていたが、やはり見ていて良い気分ではなかった。手伝わずにはいられなかったが、座ってx2と言われやむなく席に戻った。更に複雑に感じたのは、別テーブルに用意された私達4人分の食事。明らかに他の人達より量も多くて中身も立派。周りの子供達の視線を感じながら食べるのは何とも言えない。先に食べたトウモロコシ等でもうお腹いっぱいだったので結局食べきれず残してしまった。またそれを残したことに対して申し訳なく、空しくなった・・・。なんだかんだ言って結局、格差社会であることを再認識させられた。
しかも貧しい地元住民たちはそれが当たり前のように諦めきっているのか・・・。それでも皆、初対面の外国人をとても暖かく受け入れてくれる。別れ際に「また来てね!」いつかまた彼らと会える機会があると信じたい。
帰宅後は軽くコーヒーと夕食を取り、早々にベッドへ。次の日は待ちに待ったマチュ・ピチュだ!!
<支援団体"CCC: chicos-calidad-cusco"のホームページ>
http://www.ccc-online.info/
今のところまだドイツ語のページのみ。近いうちにスペイン語、英語、日本語ページも作る予定。
2007/5/31 19:13
投稿者:三保子
2007/5/17 15:42
投稿者:Masako
うーん、読んでる私もなんだか考えさせられる内容だった。まだまだ私たちの知らないところでそういった格差社会ってあるんだよね。これがまずいだの、あれが要らないだの言ってる私たちって・・・。頭では分かっているけど、実際に目前でみてきた彩ちゃんの心は痛かったでしょうね。
ところで、チャチャモラーダっていう紫色のジュースは飲んできた?私だいすきなんだ〜。紫色のとうもろこしからできてるんだよ。
ところで、チャチャモラーダっていう紫色のジュースは飲んできた?私だいすきなんだ〜。紫色のとうもろこしからできてるんだよ。

とても貴重な体験をされましたねえ!
あなたがそこに居た時の光景が目に浮かんでくるようでした。
ところで私もドイツ語の翻訳とかお手伝いできる事があったら、やりたいので教えてください。
元気でね。みほ