2007/4/23 21:36
こんな ”奇跡” が… 長崎日誌
こんな奇跡があるのだろうか…?
長崎市役所の一課長であった、『田上富久氏』が、新しい長崎市長となった。
実は、田上氏と私は『大親友』である。
4月18日!伊藤前長崎市長が亡くなった日の夕方、
田上氏から私へ、一本のメールが届いた。
それは同日午後、伊藤前市長の娘婿『横尾氏』が、急遽出馬表明した、
その、数時間後の事だった。
『明日、市役所に辞表を提出しようと思っています、
私は、”自分たちのまちは自分たちでつくる!”、そんな人達が増える事が、
長崎がよくなることだと思っていて。。。。今、この時だからこそ、
声をあげて、市民に問いたいのです。当選は度外視です!』
といったような内容のメールだった。
つまり、この非常事態の長崎市長選挙に、退職までまだ10年残す彼が、
自らの身をもって、長崎市民への選択肢のひとつとなろう!
と、言う決意だった。
突然の出馬表明に一瞬驚いたものの、日々、深夜のロイヤルホストで
『長崎のまち』を熱く語っていた彼を知る私にとって、
『そうか、やるのか…』、と、瞬時に私も、覚悟を決めた。
翌19日午後4時に出馬表明の記者会見を済ませ、
その日の夜の数時間と、20日、21日…
たった二日間の、選挙戦へ突入した。
奇跡は起きた!
田上氏が、二日間ひたすら訴え続けた、『市民力』。
昨年、長崎さるく博を大成功に導いた長崎市民のパワーは、
またしても、この大ピンチに
『長崎さるく博の仕掛人、田上富久を市長にしよう!』
と、大ブームを巻起こした。
まる三日間、田上氏と片時も離れる事なく、行動を共にした私は、
100年、いや200年に一度、起こらないかもしれない、いわば歴史的瞬間を、
その渦中で経験した。
『こんな事が現実に起こるのだ!』
長崎は、素晴らしい。
夢が現実となった今、行政と市民が肩を並べて歩いて行ける、田上富久の
『長崎づくり』に、期待している。
夢は叶う事を教えてくれた田上さん、ありがとう!

長崎市役所の一課長であった、『田上富久氏』が、新しい長崎市長となった。
実は、田上氏と私は『大親友』である。
4月18日!伊藤前長崎市長が亡くなった日の夕方、
田上氏から私へ、一本のメールが届いた。
それは同日午後、伊藤前市長の娘婿『横尾氏』が、急遽出馬表明した、
その、数時間後の事だった。
『明日、市役所に辞表を提出しようと思っています、
私は、”自分たちのまちは自分たちでつくる!”、そんな人達が増える事が、
長崎がよくなることだと思っていて。。。。今、この時だからこそ、
声をあげて、市民に問いたいのです。当選は度外視です!』
といったような内容のメールだった。
つまり、この非常事態の長崎市長選挙に、退職までまだ10年残す彼が、
自らの身をもって、長崎市民への選択肢のひとつとなろう!
と、言う決意だった。
突然の出馬表明に一瞬驚いたものの、日々、深夜のロイヤルホストで
『長崎のまち』を熱く語っていた彼を知る私にとって、
『そうか、やるのか…』、と、瞬時に私も、覚悟を決めた。
翌19日午後4時に出馬表明の記者会見を済ませ、
その日の夜の数時間と、20日、21日…
たった二日間の、選挙戦へ突入した。
奇跡は起きた!
田上氏が、二日間ひたすら訴え続けた、『市民力』。
昨年、長崎さるく博を大成功に導いた長崎市民のパワーは、
またしても、この大ピンチに
『長崎さるく博の仕掛人、田上富久を市長にしよう!』
と、大ブームを巻起こした。
まる三日間、田上氏と片時も離れる事なく、行動を共にした私は、
100年、いや200年に一度、起こらないかもしれない、いわば歴史的瞬間を、
その渦中で経験した。
『こんな事が現実に起こるのだ!』
長崎は、素晴らしい。
夢が現実となった今、行政と市民が肩を並べて歩いて行ける、田上富久の
『長崎づくり』に、期待している。
夢は叶う事を教えてくれた田上さん、ありがとう!
