2008/8/27 14:22
身体によいことやっていますか? 日記
みなさま、こんにちは。皆川です。急に涼しくなって、お天気もすっきりしませんが、お元気でしょうか?
みなさまは、身体に良いことを何かなさっていますか?私はこれまで大変な運動不足でした。私の仕事は立って処置をするとか手術するとか、そういう仕事ではなく、座って話をするのが基本です。病院ならば院内の移動とか、病棟の巡回で歩く機会も増えますが、クリニック中心の生活では圧倒的運動不足でした。さすがに、体は硬くなり、筋肉は落ち、来るべき更年期や、その先を考えるとちょっと怖い・・・と思い、これではいけないと思っていました。
そんなときに、対馬院長がジムでトレーナーについて運動を開始したという話を耳にしました。これは私も何とかしなければ!と思い立ち、どうしたらさぼらずに、細く長く運動を続けられるか?を真剣に検討しました。実はそれ以前に、クリニック近くのジムの会員になりましたが、会員になっただけで、あまり利用はしていませんでした。そんなことでは意味がないと思い、とにかくちょっとずつでも「継続すること」が目標と考えた結果、通勤の行き帰りに、わざわざではなく行ける場所、通り道のような所に利用できる施設はないかを探しました。
結果、私は昨年1月初めからピラティス・スタジオで週1回の個人セッションと、3月からはそこに加え、週1回のフラ教室に通いだしました。
当初の目的通り、現在まで同じペースで何とか継続ができています。さぼらないような立地条件にあることも大事な要素でしたが、始めてみたら、自分のダメさも痛感する一方で、私なりにとても楽しいのです。運動は苦手な私でも、とにかく楽しい!!
実は教室ありきで開始したので、ピラティスもフラも、大した予備知識はなくて開始しました。ピラティスは、様々な流派があるようなのですが、私はピーク・ピラティスという流派のピラティスをやっています。フラも「アウアナ」と「カヒコ」という現代舞踊と古典舞踊の2種類があり、違うのだということすらも、レッスンを開始してから知りました。
次回以降にまた、私のピラティスとフラのレッスンについて、もう少し報告してみようと思います。
最後に、「継続は力なり」を実感したのは、以前よりずっと体調が良いとか、マッサージに行く回数が激減したというだけでなく、骨密度が増えたという数値の変化でした。元々正常値はあったのですが、1年足らずで+6%アップしたのです。これは検診でたまたま発覚したのですが、自分でも予想外の効果に驚きました。楽しめて、体調改善や更年期以降の身体のトラブル予防につながるなら、こんなよいことはありません。運動不足とお考えの方、ちょっとした楽しみに何かで身体を動かしてみませんか?
心療内科・精神科 皆川恵子
みなさまは、身体に良いことを何かなさっていますか?私はこれまで大変な運動不足でした。私の仕事は立って処置をするとか手術するとか、そういう仕事ではなく、座って話をするのが基本です。病院ならば院内の移動とか、病棟の巡回で歩く機会も増えますが、クリニック中心の生活では圧倒的運動不足でした。さすがに、体は硬くなり、筋肉は落ち、来るべき更年期や、その先を考えるとちょっと怖い・・・と思い、これではいけないと思っていました。
そんなときに、対馬院長がジムでトレーナーについて運動を開始したという話を耳にしました。これは私も何とかしなければ!と思い立ち、どうしたらさぼらずに、細く長く運動を続けられるか?を真剣に検討しました。実はそれ以前に、クリニック近くのジムの会員になりましたが、会員になっただけで、あまり利用はしていませんでした。そんなことでは意味がないと思い、とにかくちょっとずつでも「継続すること」が目標と考えた結果、通勤の行き帰りに、わざわざではなく行ける場所、通り道のような所に利用できる施設はないかを探しました。
結果、私は昨年1月初めからピラティス・スタジオで週1回の個人セッションと、3月からはそこに加え、週1回のフラ教室に通いだしました。
当初の目的通り、現在まで同じペースで何とか継続ができています。さぼらないような立地条件にあることも大事な要素でしたが、始めてみたら、自分のダメさも痛感する一方で、私なりにとても楽しいのです。運動は苦手な私でも、とにかく楽しい!!
実は教室ありきで開始したので、ピラティスもフラも、大した予備知識はなくて開始しました。ピラティスは、様々な流派があるようなのですが、私はピーク・ピラティスという流派のピラティスをやっています。フラも「アウアナ」と「カヒコ」という現代舞踊と古典舞踊の2種類があり、違うのだということすらも、レッスンを開始してから知りました。
次回以降にまた、私のピラティスとフラのレッスンについて、もう少し報告してみようと思います。
最後に、「継続は力なり」を実感したのは、以前よりずっと体調が良いとか、マッサージに行く回数が激減したというだけでなく、骨密度が増えたという数値の変化でした。元々正常値はあったのですが、1年足らずで+6%アップしたのです。これは検診でたまたま発覚したのですが、自分でも予想外の効果に驚きました。楽しめて、体調改善や更年期以降の身体のトラブル予防につながるなら、こんなよいことはありません。運動不足とお考えの方、ちょっとした楽しみに何かで身体を動かしてみませんか?
心療内科・精神科 皆川恵子
2008/8/18 12:05
お待たせ時間を少しでも快適に過ごして頂くために このクリニックについて
こんにちは、婦人科の関根(さ)です。 先日、診察室で初めてお会いした方が「防衛医大のご出身でいらっしゃるんですよね?」と話しかけてくださいました。たまたまご実家がお近くとのこと、このブログかクリニックのホームページをご覧頂いたようで、とても嬉しかったです。 その特殊性ゆえに誤解を受けることも多い学校なので、名を汚さないようにますます頑張らなくては、と思いました。 ありがとうございます。
学校の面白い話はいずれまた思い出したら書くことにしまして、今日の話題は「お待たせ時間」についてです。 診察にいらして下さる方々から見れば「待ち時間」はとても長く感じられるでしょうし、完全予約制なのにどうして、と腹立たしくお思いになるのも人間心理としては当たり前だと思います。 お待たせ時間が発生する理由を3つに分けてみました。
1.病院側の事情(電子カルテや診察機器の故障、スタッフの体調不良など)
2.予約患者さん側の事情(遅刻、当日予約外緊急診察依頼など)
3.その他の事情(予定時間を大幅に上回る診察や処置を要する状況など)
人間同士の間のお約束なので、どうしても予定通りにいかないことはあります。1.は極力避けなければいけないことですが、起こってしまえば誠心誠意お詫びしてお待ち頂くしかありません。 当日の診察や検査が不可能となった場合には、申し訳ありませんが改めてご都合の良い日にご予約頂くことになります。場合によっては、当日まだご来院前の方々にご連絡差し上げて予約の取り直しをお願いしたりもします。気をつけてはいるのですが、万一このケースに当たってしまった皆様、どうぞお許しくださいね。
2.は我々の力の及ぶところではありません。該当される方にも事情がおありなので、特に後の時間の方々には状況をご説明して了承頂いています。遅れを吸収すべく、スタッフ総員頑張って皆さまの支障にならない部分でスピードアップを図っていますのでご理解ください。
3.は病院ならではの事態だと思います。 例えばエステやネイルサロンなら、1人のお客様にかかる時間はメニューによってほぼ決まっています。 ところが見るからにお元気そうに診察室に入っていらした方を診察させて頂いて、予想外にたくさんの処置や追加検査、他院へのご紹介が必要となる場合があります。また、どうしてもお話しし足りない方に限られた時間の中でご満足頂けない場合もあります。その方のために、と思えば思うほど、それ以降の方々をお待たせする時間が増えてしまう。辛いジレンマです。
そこで、今後受診を考えていらっしゃる皆様にお願いがあります。特に午前中、検診でお越しになる時には少しだけ、時間の余裕のある日にご予約頂けますでしょうか。雑誌や本、音のしないゲーム、お仕事の書類など、お待ちの間の時間を有効に活用できるものがあればお持ち頂けますとなお幸いです。クリニック内にはライブラリというお部屋があって、女性外来や生き方、不調の乗り切り方などについての書籍やパンフレットが常備してあります。 また、待合室横にも書籍やサプリメントなどの展示販売スペースがあります。どうぞご利用くださいませ。
「現在の状況なら私は何十分後に呼ばれそうですか?」「*時*分までには出たいんですが、何とかなりませんか?」など、ご質問やご要望がありましたらまずはお早めにお尋ねください。もしかしたら、松屋やプランタンで急ぎのお買い物を済ませる時間があるかもしれません。少なくとも、先の見えない中でお待ち頂くよりは精神衛生上もよろしいかと思います。当院セラピールームに空きがありましたら、短時間の部分マッサージメニューなどをご利用頂ける場合もあります。実はスタッフ一同も、皆様を長時間お待たせするのはとても辛いのです。 何とか少しでも有効活用して頂けるよう頑張りますので、「こうすればいいのに」というアイディアなどありましたら是非お知らせください。お待ちしています!
去年、主人が心臓を患いまして、簡単な手術を受けるために自宅から4時間かかる病院へ紹介して頂いたので初めて受診した時のことです。彼一人では説明が解りづらいだろうと同行したのですが、午後の外来は14時から、と言われていたので少し前に到着しました。フードコートなどで渡される、ピーピー鳴ったらココへ来てください、という小型通信機みたいなものを持たされて院内を歩き回っていたのですが、1時間もしないうちに飽きます。 それでも大病院だから仕方ないよね、と待ちました。私は諦めて読書をしていましたが、彼は診察を受ける緊張もあったのか落ち着かない様子で、2時間、3時間と経つうちに段々不機嫌になってきました。結局呼ばれたのは18時過ぎで、それでも血圧測定だ採血だと一生懸命に立ち働くスタッフの方々と時間をかけて丁寧に説明してくれる担当の先生に申し訳なくて、30分後に診察が終わった時私は(自分の病院でもないのに)こんな時間まで御苦労さまです有難うございました、と逆に頭を下げて出てきました。その横で主人は不気味な沈黙を守っておりましたが、少なくとも見えるところで怒り出しはしなかったのでホッとしました(笑)。 私も大学病院で外来を持っていた時、予約時間の4時間後にお呼び出しした方にどうお詫びしようもなかったのを憶えています。慣れていますから、とその方は笑っていらっしゃいましたが、今でも忘れられない辛さでした。
お待たせ時間の総和を少しでも減らすために、我々もいろんな方策を考えています。運悪くご不便をおかけしてしまった方、もしこちらをお読みでしたら改めてごめんなさい。次の機会にはもっとお互い辛くない状況でお会いできるよう心から願っています。長文失礼しました、まだまだ暑い日が続きます。皆様ご自愛くださいませ。
学校の面白い話はいずれまた思い出したら書くことにしまして、今日の話題は「お待たせ時間」についてです。 診察にいらして下さる方々から見れば「待ち時間」はとても長く感じられるでしょうし、完全予約制なのにどうして、と腹立たしくお思いになるのも人間心理としては当たり前だと思います。 お待たせ時間が発生する理由を3つに分けてみました。
1.病院側の事情(電子カルテや診察機器の故障、スタッフの体調不良など)
2.予約患者さん側の事情(遅刻、当日予約外緊急診察依頼など)
3.その他の事情(予定時間を大幅に上回る診察や処置を要する状況など)
人間同士の間のお約束なので、どうしても予定通りにいかないことはあります。1.は極力避けなければいけないことですが、起こってしまえば誠心誠意お詫びしてお待ち頂くしかありません。 当日の診察や検査が不可能となった場合には、申し訳ありませんが改めてご都合の良い日にご予約頂くことになります。場合によっては、当日まだご来院前の方々にご連絡差し上げて予約の取り直しをお願いしたりもします。気をつけてはいるのですが、万一このケースに当たってしまった皆様、どうぞお許しくださいね。
2.は我々の力の及ぶところではありません。該当される方にも事情がおありなので、特に後の時間の方々には状況をご説明して了承頂いています。遅れを吸収すべく、スタッフ総員頑張って皆さまの支障にならない部分でスピードアップを図っていますのでご理解ください。
3.は病院ならではの事態だと思います。 例えばエステやネイルサロンなら、1人のお客様にかかる時間はメニューによってほぼ決まっています。 ところが見るからにお元気そうに診察室に入っていらした方を診察させて頂いて、予想外にたくさんの処置や追加検査、他院へのご紹介が必要となる場合があります。また、どうしてもお話しし足りない方に限られた時間の中でご満足頂けない場合もあります。その方のために、と思えば思うほど、それ以降の方々をお待たせする時間が増えてしまう。辛いジレンマです。
そこで、今後受診を考えていらっしゃる皆様にお願いがあります。特に午前中、検診でお越しになる時には少しだけ、時間の余裕のある日にご予約頂けますでしょうか。雑誌や本、音のしないゲーム、お仕事の書類など、お待ちの間の時間を有効に活用できるものがあればお持ち頂けますとなお幸いです。クリニック内にはライブラリというお部屋があって、女性外来や生き方、不調の乗り切り方などについての書籍やパンフレットが常備してあります。 また、待合室横にも書籍やサプリメントなどの展示販売スペースがあります。どうぞご利用くださいませ。
「現在の状況なら私は何十分後に呼ばれそうですか?」「*時*分までには出たいんですが、何とかなりませんか?」など、ご質問やご要望がありましたらまずはお早めにお尋ねください。もしかしたら、松屋やプランタンで急ぎのお買い物を済ませる時間があるかもしれません。少なくとも、先の見えない中でお待ち頂くよりは精神衛生上もよろしいかと思います。当院セラピールームに空きがありましたら、短時間の部分マッサージメニューなどをご利用頂ける場合もあります。実はスタッフ一同も、皆様を長時間お待たせするのはとても辛いのです。 何とか少しでも有効活用して頂けるよう頑張りますので、「こうすればいいのに」というアイディアなどありましたら是非お知らせください。お待ちしています!
去年、主人が心臓を患いまして、簡単な手術を受けるために自宅から4時間かかる病院へ紹介して頂いたので初めて受診した時のことです。彼一人では説明が解りづらいだろうと同行したのですが、午後の外来は14時から、と言われていたので少し前に到着しました。フードコートなどで渡される、ピーピー鳴ったらココへ来てください、という小型通信機みたいなものを持たされて院内を歩き回っていたのですが、1時間もしないうちに飽きます。 それでも大病院だから仕方ないよね、と待ちました。私は諦めて読書をしていましたが、彼は診察を受ける緊張もあったのか落ち着かない様子で、2時間、3時間と経つうちに段々不機嫌になってきました。結局呼ばれたのは18時過ぎで、それでも血圧測定だ採血だと一生懸命に立ち働くスタッフの方々と時間をかけて丁寧に説明してくれる担当の先生に申し訳なくて、30分後に診察が終わった時私は(自分の病院でもないのに)こんな時間まで御苦労さまです有難うございました、と逆に頭を下げて出てきました。その横で主人は不気味な沈黙を守っておりましたが、少なくとも見えるところで怒り出しはしなかったのでホッとしました(笑)。 私も大学病院で外来を持っていた時、予約時間の4時間後にお呼び出しした方にどうお詫びしようもなかったのを憶えています。慣れていますから、とその方は笑っていらっしゃいましたが、今でも忘れられない辛さでした。
お待たせ時間の総和を少しでも減らすために、我々もいろんな方策を考えています。運悪くご不便をおかけしてしまった方、もしこちらをお読みでしたら改めてごめんなさい。次の機会にはもっとお互い辛くない状況でお会いできるよう心から願っています。長文失礼しました、まだまだ暑い日が続きます。皆様ご自愛くださいませ。
2008/8/18 11:30
お盆休みが終わりました。 日記
当院では、診療はお休みなく続けていますが、スタッフは交代で休んでおり、実家に帰ったり、家族や友人と楽しい思い出を作ったものもいたと思います。みなさんはいかがでしたか?
休暇の目的のひとつには、暑い都会、忙しい仕事場を離れて、涼しいところに行ったり、山や海など自然に触れたりして、体とこころの休養をとるということがありますね。温暖化のせいか、夏もこう暑くなってくると、ふだんと変わらない生活をしているつもりでも、徐々に疲れがたまってきます。たとえ近場でも、「トリップ」して違う場所に行くだけでも、とてもリフレッシュした気分になったり、どうしても解決策がみつからなかった悩み事に、「ふわっ」と別の見方や考えかたが降りて?きたりします。だから、わたしは、ちょっとしたトリップが大好きなのですが、それも、ふだんゆっくり話すチャンスのない人)家族とか、友人とか?)とおしゃべりしながらぶらぶらするのがいいですね。
それから、夏はやはり、郷里や同窓、家族や親戚と親交をあたためあうとき?
先日、8月2〜4日、わたしは東京在住の八戸出身女性たちが作るエイトの会の主催ツアーで(とはいえ、八戸に縁もゆかりもない方たちもたくさん参加してくださいましたが)、故郷の八戸に行ってきました。3日間のもりだくさんのスケジュールを、40人ものメンバーは元気にこなしたのですが、エイトの会主催の、市公会堂での「江戸の女性と郷土の文化」講演会も、八戸三社大祭のお祭り見物も、蕪島(かぶしま)神社参拝も、種差海岸トレッキングも、海鮮バーベキューも、市長さんとの懇談会も、縄文遺跡見学も、すべてすべて、八戸在住のたくさんの友人やその協力者、親の知り合いや、昔お世話になった方たち等等が、時間をさいて手をかしてくれました。彼らの惜しみない協力なしでは、このツアーは不可能だったと思います。この場をかりて、八戸のみなさんにお礼を言いたいと思います、ありがとう!
それにしても、おそろいの「エイトの会2008」のショッキングピンクのTシャツをきて、40人がずらっとならんでお祭り見物していたら、「何の会ですか?」と皆に聞かれたほど目立ってしまったのですが、北海道から沖縄まで、全国から参加してくださったツアーメンバーには、「自分が誰の後についていったらいいのかすぐわかってよかった」と好評でした。
わたしたちの写真は、8月3日朝の地元新聞、デーリー東北に掲載されましたので、ご覧ください。

(デーリー東北 8月3日朝刊より)
わたしは、このツアーで仲良くなったメンバーと地元八戸の人たちの間に、単におみやげのやりとりだけでなく、それぞれの季節季節の風物や、気持ちやこころの交流が広がっていくことを願っています。それがそれぞれの人たちの人脈となり、人生の財産にもなるのではないかと思うからです。
実はそう言って、千葉県船橋市に住むわたしの妹たちも参加させたのですが、青森で育った彼女たちにとっても、改めて八戸の風土を楽しんだり、新しい友人ができたりしたのは、楽しい経験になったようでした。
まあ、わたしにとっては、10代にはしがらみと嫌遠し、仕事と子育てで忙しかった20代、30代には、なつかしく思ってもなかなかできなかった郷里との交流を、今になって少しずつできるようになった、それがうれしいことでもあり、また、年をとったのかなあ、と感慨深くも思っているのですが。
みなさんの夏はいかがですか?
ご両親やご親戚に会われましたか?昔の友人と連絡を取りあいましたか?
今度、診療にいらしたときに、楽しいお話、しんみりしたお話などをお聞かせいただけるのを楽しみにしています。
(対馬ルリ子)
休暇の目的のひとつには、暑い都会、忙しい仕事場を離れて、涼しいところに行ったり、山や海など自然に触れたりして、体とこころの休養をとるということがありますね。温暖化のせいか、夏もこう暑くなってくると、ふだんと変わらない生活をしているつもりでも、徐々に疲れがたまってきます。たとえ近場でも、「トリップ」して違う場所に行くだけでも、とてもリフレッシュした気分になったり、どうしても解決策がみつからなかった悩み事に、「ふわっ」と別の見方や考えかたが降りて?きたりします。だから、わたしは、ちょっとしたトリップが大好きなのですが、それも、ふだんゆっくり話すチャンスのない人)家族とか、友人とか?)とおしゃべりしながらぶらぶらするのがいいですね。
それから、夏はやはり、郷里や同窓、家族や親戚と親交をあたためあうとき?
先日、8月2〜4日、わたしは東京在住の八戸出身女性たちが作るエイトの会の主催ツアーで(とはいえ、八戸に縁もゆかりもない方たちもたくさん参加してくださいましたが)、故郷の八戸に行ってきました。3日間のもりだくさんのスケジュールを、40人ものメンバーは元気にこなしたのですが、エイトの会主催の、市公会堂での「江戸の女性と郷土の文化」講演会も、八戸三社大祭のお祭り見物も、蕪島(かぶしま)神社参拝も、種差海岸トレッキングも、海鮮バーベキューも、市長さんとの懇談会も、縄文遺跡見学も、すべてすべて、八戸在住のたくさんの友人やその協力者、親の知り合いや、昔お世話になった方たち等等が、時間をさいて手をかしてくれました。彼らの惜しみない協力なしでは、このツアーは不可能だったと思います。この場をかりて、八戸のみなさんにお礼を言いたいと思います、ありがとう!
それにしても、おそろいの「エイトの会2008」のショッキングピンクのTシャツをきて、40人がずらっとならんでお祭り見物していたら、「何の会ですか?」と皆に聞かれたほど目立ってしまったのですが、北海道から沖縄まで、全国から参加してくださったツアーメンバーには、「自分が誰の後についていったらいいのかすぐわかってよかった」と好評でした。
わたしたちの写真は、8月3日朝の地元新聞、デーリー東北に掲載されましたので、ご覧ください。
(デーリー東北 8月3日朝刊より)
わたしは、このツアーで仲良くなったメンバーと地元八戸の人たちの間に、単におみやげのやりとりだけでなく、それぞれの季節季節の風物や、気持ちやこころの交流が広がっていくことを願っています。それがそれぞれの人たちの人脈となり、人生の財産にもなるのではないかと思うからです。
実はそう言って、千葉県船橋市に住むわたしの妹たちも参加させたのですが、青森で育った彼女たちにとっても、改めて八戸の風土を楽しんだり、新しい友人ができたりしたのは、楽しい経験になったようでした。
まあ、わたしにとっては、10代にはしがらみと嫌遠し、仕事と子育てで忙しかった20代、30代には、なつかしく思ってもなかなかできなかった郷里との交流を、今になって少しずつできるようになった、それがうれしいことでもあり、また、年をとったのかなあ、と感慨深くも思っているのですが。
みなさんの夏はいかがですか?
ご両親やご親戚に会われましたか?昔の友人と連絡を取りあいましたか?
今度、診療にいらしたときに、楽しいお話、しんみりしたお話などをお聞かせいただけるのを楽しみにしています。
(対馬ルリ子)
2008/8/11 16:15
学生世代向け、夏限定!2008年サマー検診受付中 お得情報
海に行ったり、プールに行ったりと、楽しいことがいっぱいの夏休みがもうすぐやってきます。 でも、「夏休みを利用してからだをチェックしたい」「カラダのことでなんだか気になることがある」などという学生世代(24歳まで)の方へ、期間限定(9月末まで)の検診のご紹介です。 通常より金額もお得になっているので是非この機会に悩み解消しちゃいましょう。
詳しくは、クリニックのホームページをご覧下さい。
http://www.w-wellness.com/ecsv/front/bin/ptlist.phtml?Category=1218#summer_kenshin
詳しくは、クリニックのホームページをご覧下さい。
http://www.w-wellness.com/ecsv/front/bin/ptlist.phtml?Category=1218#summer_kenshin
2008/8/7 12:01
いよいよ北京オリンピック開幕! 日記
ついに、始まりますね〜!
2008年8月8日、午後8時8分(現地時間)に北京オリンピック開会式スタートです!!
スポーツ大好きの私は、もうソワソワしてしまいます。
自分が関わっている水泳はもちろん。ほとんどの選手の素顔を知っていますから・・・みんなが思う存分今までの思いをぶつけてくれ、納得のいく結果を残し、笑顔で帰ってきてくれたら・・・とにかくそれを望んでいます。
毎日テレビに釘付けになってしまいそうなのですが・・・実は我が家、いまだに「無意味にデカい」ブラウン管テレビが2台あるのみ。しかもDVDレコーダーはおろか、ビデオデッキさえもないという、とっても20世紀末のような状態。地デジのこともあるし、これを機会に買い換えようかと思案中です。
でも、せっかく時差1時間という中国での開催なのに、某国のテレビ局の影響で、水泳の決勝はなんと午前中開催。もしかしたら先日買い換えたばかりの携帯のワンセグが一番役に立つのかもしれませんね・・・。
オリンピックが始まると、もう一つの楽しみは、糸井重里さんのHP「ほぼ日イトイ新聞」では、オリンピック時期恒例の「観たぞ!北京オリンピック」のコーナーが始まるようで・・・これが面白いんです!
すべての競技を見るのはすご〜く難しいのですが、全国(世界中?)のオリンピックフリークがテレビでオリンピックを見ていて面白いと感じたことを報告するコーナー。
アテネ、トリノの時にもお腹を抱えて笑ったのですが、今回も楽しみ!!
例えば、アテネでの、卓球の福原愛選手。
試合中、手に何か書いてあり、試合に向けて気合の一言でも書いてあるかと期待した記者からのインタビュー。
記者 「手に何か書いてあったようですが?」
福原選手「あ、集合時間とバスの時間です」
実況中継中のアナウンサーの名台詞や、選手の人間性を語ってくれるエピソードなど、テレビでは見られない面白さ満載です!
開会を前に、「金メダルアナウンサー」との呼び声高い、NHKの刈屋アナウンサーのインタビュー記事「教えて刈屋さん!北京オリンピックがもっと楽しみになる話。」も既に載っています。これで見所をチェックして、さあ、毎日このサイトにも注目してくださいね!!
江夏亜希子
2008年8月8日、午後8時8分(現地時間)に北京オリンピック開会式スタートです!!
スポーツ大好きの私は、もうソワソワしてしまいます。
自分が関わっている水泳はもちろん。ほとんどの選手の素顔を知っていますから・・・みんなが思う存分今までの思いをぶつけてくれ、納得のいく結果を残し、笑顔で帰ってきてくれたら・・・とにかくそれを望んでいます。
毎日テレビに釘付けになってしまいそうなのですが・・・実は我が家、いまだに「無意味にデカい」ブラウン管テレビが2台あるのみ。しかもDVDレコーダーはおろか、ビデオデッキさえもないという、とっても20世紀末のような状態。地デジのこともあるし、これを機会に買い換えようかと思案中です。
でも、せっかく時差1時間という中国での開催なのに、某国のテレビ局の影響で、水泳の決勝はなんと午前中開催。もしかしたら先日買い換えたばかりの携帯のワンセグが一番役に立つのかもしれませんね・・・。
オリンピックが始まると、もう一つの楽しみは、糸井重里さんのHP「ほぼ日イトイ新聞」では、オリンピック時期恒例の「観たぞ!北京オリンピック」のコーナーが始まるようで・・・これが面白いんです!
すべての競技を見るのはすご〜く難しいのですが、全国(世界中?)のオリンピックフリークがテレビでオリンピックを見ていて面白いと感じたことを報告するコーナー。
アテネ、トリノの時にもお腹を抱えて笑ったのですが、今回も楽しみ!!
例えば、アテネでの、卓球の福原愛選手。
試合中、手に何か書いてあり、試合に向けて気合の一言でも書いてあるかと期待した記者からのインタビュー。
記者 「手に何か書いてあったようですが?」
福原選手「あ、集合時間とバスの時間です」
実況中継中のアナウンサーの名台詞や、選手の人間性を語ってくれるエピソードなど、テレビでは見られない面白さ満載です!
開会を前に、「金メダルアナウンサー」との呼び声高い、NHKの刈屋アナウンサーのインタビュー記事「教えて刈屋さん!北京オリンピックがもっと楽しみになる話。」も既に載っています。これで見所をチェックして、さあ、毎日このサイトにも注目してくださいね!!
江夏亜希子
2008/7/24 12:00
エミリー・ウングワレー展に行ってきました 日記
みなさま、こんにちは。心療内科・精神科担当の皆川です。
前回に予告しました通り、診療とか医療とは少し違った話を、私の当番のときには書いていこうと思います。
7月某日、六本木に用事があったので、このチャンスに是非!と思い、国立新美術館に行ってきました。私は、美術館や博物館に出かけるのは大好きなのですが、ここにはなかなか行く機会が巡って来ず、今回初めて足を運びました。しかし、暑かったです。六本木の町を昼日中に結構歩きました。紫外線対策を怠ったせいで、日焼けもしたし、美術館についた時は、暑さでへとへとでした。
それでも、どうしてもこの「エミリー・ウングワレー展」が見たかったのです。全く予備知識はなく、単に電車の中の広告に載っていた絵にひかれ、行かないといけない!と思ってしまったのです。
そして、へとへとで汗だくになって会場に入った瞬間、来てよかった!!と思いました。それまでの疲れが、最初の1点目に出会った瞬間に吹き飛びました。すごいパワーとすごいエネルギーが絵からあふれており、プラス・パワーを頭から浴びた感じです。仕事がら、マイナス・パワーに自分のエネルギーを奪われるような感覚に出会うことの方が、圧倒的に多いのですが、本当に自分でもびっくりしました。光と色彩と自由さがあふれるような作品でした。予備知識はないものの、確か抽象画というふれこみだったような・・・と思ったのですが、私の中の抽象画というイメージには当てはまらず、オーストラリアもアボリジニのこともよくは知らない私ですが、彼女の中にある彼女の生まれ育った自然や環境や生活、目に焼き付いている日常の風景が、画面からにじみ出ていたように私には思えました。
ちなみに、少しだけエミリー・カーメ・ウングワレーさんの紹介を。彼女はオーストラリア中央の砂漠地帯でアボリジニの伝統的な生活を長年送ってきて、1977年(67歳)からバティック(ろうけつ染め)の制作を開始し、1988年(78歳)頃からカンヴァスに絵を描き始めたとのこと。亡くなるまでの8年間に3〜4千点の作品を残したといわれています。
帰宅して彼女のことを調べたら、民族や政治的な問題とか、色々な背景に触れている記事も眼にとまりました。きっと、様々な現実問題が彼女の生活にも影響を及ぼしていたのでしょうが、彼女の作品の前に立った時に得られた感覚は、ただただ彼女の元気さや現代的な道具をも取り込んで、一層のパワーを発揮してしまう彼女の強さであったように思います。(会場の中で見たビデオに映った彼女は大そうチャーミングでおおらかで自由な女性に見えました。)久々にエンパワーされる作品に出会いました。
心療内科・精神科 皆川恵子
前回に予告しました通り、診療とか医療とは少し違った話を、私の当番のときには書いていこうと思います。
7月某日、六本木に用事があったので、このチャンスに是非!と思い、国立新美術館に行ってきました。私は、美術館や博物館に出かけるのは大好きなのですが、ここにはなかなか行く機会が巡って来ず、今回初めて足を運びました。しかし、暑かったです。六本木の町を昼日中に結構歩きました。紫外線対策を怠ったせいで、日焼けもしたし、美術館についた時は、暑さでへとへとでした。
それでも、どうしてもこの「エミリー・ウングワレー展」が見たかったのです。全く予備知識はなく、単に電車の中の広告に載っていた絵にひかれ、行かないといけない!と思ってしまったのです。
そして、へとへとで汗だくになって会場に入った瞬間、来てよかった!!と思いました。それまでの疲れが、最初の1点目に出会った瞬間に吹き飛びました。すごいパワーとすごいエネルギーが絵からあふれており、プラス・パワーを頭から浴びた感じです。仕事がら、マイナス・パワーに自分のエネルギーを奪われるような感覚に出会うことの方が、圧倒的に多いのですが、本当に自分でもびっくりしました。光と色彩と自由さがあふれるような作品でした。予備知識はないものの、確か抽象画というふれこみだったような・・・と思ったのですが、私の中の抽象画というイメージには当てはまらず、オーストラリアもアボリジニのこともよくは知らない私ですが、彼女の中にある彼女の生まれ育った自然や環境や生活、目に焼き付いている日常の風景が、画面からにじみ出ていたように私には思えました。
ちなみに、少しだけエミリー・カーメ・ウングワレーさんの紹介を。彼女はオーストラリア中央の砂漠地帯でアボリジニの伝統的な生活を長年送ってきて、1977年(67歳)からバティック(ろうけつ染め)の制作を開始し、1988年(78歳)頃からカンヴァスに絵を描き始めたとのこと。亡くなるまでの8年間に3〜4千点の作品を残したといわれています。
帰宅して彼女のことを調べたら、民族や政治的な問題とか、色々な背景に触れている記事も眼にとまりました。きっと、様々な現実問題が彼女の生活にも影響を及ぼしていたのでしょうが、彼女の作品の前に立った時に得られた感覚は、ただただ彼女の元気さや現代的な道具をも取り込んで、一層のパワーを発揮してしまう彼女の強さであったように思います。(会場の中で見たビデオに映った彼女は大そうチャーミングでおおらかで自由な女性に見えました。)久々にエンパワーされる作品に出会いました。
心療内科・精神科 皆川恵子
2008/7/17 12:00
防衛医大という学校をご存知ですか?(関根さおり・その2) スタッフ紹介
こんにちは、お当番を1週間も遅らせてしまいました関根(さ)です。 本題とは関係ありませんが、実は当クリニックの職員には私を含めて「関根」さんが3人、同じ平仮名の「さおり」さんが2人いるので、最近は自己紹介の時にフルネームを名乗る癖がつきました。 でも長いので、書く時は「(さ)」で済ませてしまったりしています。
昔から、夏休みの宿題も8/30頃に始めるタイプでした(笑)。 あ、でも診察の時には極力真面目にやっています、ご安心ください(でもついお話が長くなっちゃって、順番をお待ちの方々にはご迷惑をお掛けする事が度々…申し訳ありませんいつもおいで下さる皆様)。
前回、自己紹介で防衛医大の出身です、と申し上げました。 現在の日本で唯一、厚生労働省の管轄でない(防衛省ですね)医大や医学部です。 同じ6年制で、医学生としての教育カリキュラムは他の大学の方々とほとんど変わりません。 私は昭和60年に入学したのですが、国際婦人年に日本が批准するのを期に男子校から共学に変わった時の女子一期生だったので、6学年400名以上の学生の中で女性は8人だけ、と最初は極めて心細い環境でした。 でも慣れてしまえば同性の先輩が居ないというのは良いものだ、と気づいたのですが(働いていらっしゃる方は頷いて下さるのではないでしょうか・笑)。
全寮制で最初の4年間は4人部屋(最後の2年間は2人部屋)、夜間休日以外は制服着用だし平日は原則外出禁止、朝6時半起床で点呼があってラジオ体操、その後は寮の掃除、合間に朝食を摂って8時から朝礼、そのまま全員で隊列を組んで教場まで行進していって授業開始…という、大学生とはとても思われない生活をほぼ6年間続けました。 早起きと3食きちんと食べること、集合時間を守ること、そういう事はこの学校に入らなければ今の私の身についてはいないと思いますので、とても感謝しています。
学生ながら身分は特別職国家公務員で、雀の涙ほどのお手当てを貰いながら勉強させて頂いていました。 ほとんどは教科書代とストレス解消のための飲食費に消えていましたが(でも寮内は飲酒禁止、部屋にはTVや冷蔵庫やエアコンもなく当時はもちろんパソコンや携帯電話などという便利なものもなくてどこかへ電話をかけたい時は公衆電話の奪い合い、寮にかかってくる電話を捌くために電話当番を学生が交代で担当する、という今となっては信じられない生活でした)。
自衛隊の仕組みや教練についても勉強しました。 毎年夏休みの前には訓練期間というものがあって、1年が富士登山、2年が千葉県近海での10Km遠泳、と毎年カリキュラムが決められていたものです。 冬はスキー訓練にも行きましたし、全国の自衛隊基地を見学にも行きました。 クラブ活動もやっていましたよ(軟弱派でしたから卓球部と、あと合唱部と社交ダンスクラブに入っていました。ダンスは最初の数年で幽霊部員になってしまったので現在役に立ってはいませんが…)。
そんな中で医学の勉強もしながら無事国家試験にも合格し、卒業して11年間自衛隊医官として勤務しました。 医師を志したのは外科開業医として働き続ける父の背中を見て育ったせいでしたが、産婦人科を選択した理由は「女性の身体の不思議について色々な知識を得たい!」と思ったからでした。 生まれてから(実は生まれる前からでした、不妊治療に携わってから気づくのですが)死ぬまで、女性の一生をトータルに診られる科だということ、「おめでとうございます」と健康な方に言えるほぼ唯一の科だということ(妊娠や出産ですね)、そして自分や周囲の女性の役に立つだろうこと、が決め手でした。 あと、言葉は悪いですがヒトのお腹を切ってみたかった、という理由も(腹部手術に興味があった、という意味です・笑)。
はっきりした専門分野は決めずに来たのですが、去年まで主に関わっていたのは子宮内膜症の治療と不妊症、そして通常の妊娠・分娩です。 かなり長くなってしまいましたので、このあたりのお話はまた次回に…。 それでは、いよいよ関東地方の梅雨も終わりかけで夏本番ですけれど皆様お元気で!(今度はお当番の日を守るように気をつけます♪)
昔から、夏休みの宿題も8/30頃に始めるタイプでした(笑)。 あ、でも診察の時には極力真面目にやっています、ご安心ください(でもついお話が長くなっちゃって、順番をお待ちの方々にはご迷惑をお掛けする事が度々…申し訳ありませんいつもおいで下さる皆様)。
前回、自己紹介で防衛医大の出身です、と申し上げました。 現在の日本で唯一、厚生労働省の管轄でない(防衛省ですね)医大や医学部です。 同じ6年制で、医学生としての教育カリキュラムは他の大学の方々とほとんど変わりません。 私は昭和60年に入学したのですが、国際婦人年に日本が批准するのを期に男子校から共学に変わった時の女子一期生だったので、6学年400名以上の学生の中で女性は8人だけ、と最初は極めて心細い環境でした。 でも慣れてしまえば同性の先輩が居ないというのは良いものだ、と気づいたのですが(働いていらっしゃる方は頷いて下さるのではないでしょうか・笑)。
全寮制で最初の4年間は4人部屋(最後の2年間は2人部屋)、夜間休日以外は制服着用だし平日は原則外出禁止、朝6時半起床で点呼があってラジオ体操、その後は寮の掃除、合間に朝食を摂って8時から朝礼、そのまま全員で隊列を組んで教場まで行進していって授業開始…という、大学生とはとても思われない生活をほぼ6年間続けました。 早起きと3食きちんと食べること、集合時間を守ること、そういう事はこの学校に入らなければ今の私の身についてはいないと思いますので、とても感謝しています。
学生ながら身分は特別職国家公務員で、雀の涙ほどのお手当てを貰いながら勉強させて頂いていました。 ほとんどは教科書代とストレス解消のための飲食費に消えていましたが(でも寮内は飲酒禁止、部屋にはTVや冷蔵庫やエアコンもなく当時はもちろんパソコンや携帯電話などという便利なものもなくてどこかへ電話をかけたい時は公衆電話の奪い合い、寮にかかってくる電話を捌くために電話当番を学生が交代で担当する、という今となっては信じられない生活でした)。
自衛隊の仕組みや教練についても勉強しました。 毎年夏休みの前には訓練期間というものがあって、1年が富士登山、2年が千葉県近海での10Km遠泳、と毎年カリキュラムが決められていたものです。 冬はスキー訓練にも行きましたし、全国の自衛隊基地を見学にも行きました。 クラブ活動もやっていましたよ(軟弱派でしたから卓球部と、あと合唱部と社交ダンスクラブに入っていました。ダンスは最初の数年で幽霊部員になってしまったので現在役に立ってはいませんが…)。
そんな中で医学の勉強もしながら無事国家試験にも合格し、卒業して11年間自衛隊医官として勤務しました。 医師を志したのは外科開業医として働き続ける父の背中を見て育ったせいでしたが、産婦人科を選択した理由は「女性の身体の不思議について色々な知識を得たい!」と思ったからでした。 生まれてから(実は生まれる前からでした、不妊治療に携わってから気づくのですが)死ぬまで、女性の一生をトータルに診られる科だということ、「おめでとうございます」と健康な方に言えるほぼ唯一の科だということ(妊娠や出産ですね)、そして自分や周囲の女性の役に立つだろうこと、が決め手でした。 あと、言葉は悪いですがヒトのお腹を切ってみたかった、という理由も(腹部手術に興味があった、という意味です・笑)。
はっきりした専門分野は決めずに来たのですが、去年まで主に関わっていたのは子宮内膜症の治療と不妊症、そして通常の妊娠・分娩です。 かなり長くなってしまいましたので、このあたりのお話はまた次回に…。 それでは、いよいよ関東地方の梅雨も終わりかけで夏本番ですけれど皆様お元気で!(今度はお当番の日を守るように気をつけます♪)
2008/7/14 20:14
ココ・カラ・ライフ報告 お知らせ
対馬です。ココ・カラ・ライフ報告をさせてください。入れこんで準備してきた読売新聞のイベント、「ココ・カラ・ライフ セミナー」がとうとう山場を迎えました。
これは、「ココロと体の自分らしいメンテナンスをはじめよう」という呼びかけを、大手小町という読売新聞のサイト(http://www.yomiuri.co.jp/komachi/)と、毎年7月、七夕のころに開く、女性の体とココロを考えるセミナーを連動させて進めていこうという、新しい女性の健康習慣を提案するイベントです。
その背景には、わたしたち企画者の、"どの女性も、「知らなかった」ために悲しい思いをしてほしくない”という思いがあるのです。ライフスタイルの変化によって女性におこりやすくなっている病気、例えば子宮筋腫や子宮内膜症、乳がんや子宮がん。女性のココロや体やホルモンのしくみを知らないことによって生活や仕事がつらくなっている場合、例えば月経困難症やPMS(月経前症候群)、更年期障害。それから、男性と違って女性に多く、将来の仕事や妊娠にも影響を及ぼすのに、会社の健診では調べてくれない病気、甲状腺やリウマチ膠原病などの自己免疫疾患。妊娠・出産・育児と、キャリアとのワークライフバランスのとりかた。ストレスコントロール。アンチエイジング・・・ これからの自分らしい人生プランの実現のために、女性ならぜひ知っておきたいことばかりだと思います。じっさい、7月2日の東京丸ビルのイベントの前に募集したアンケートでは、とてもたくさんのご質問が寄せられて、その熱心さには、わたしも圧倒されました。
今年のイベントは、まずは20〜30歳代ぐらいの女性たちへの呼びかけを中心にしましょうということではじめたのですが、応募してくださった女性たちは10歳代から80歳代まで幅広く、また、「ぜひこんなことを聞きたい」という質問やご意見は、1位=更年期、2位=月経のこと、3位=女性の病気、4位=よいかかりつけ医の選び方、5位=受けておいたほうがいい女性の検診、6位=妊娠と出産について、などなど多様かつ切実なものばかりでした。
でも、わたしたち女性医師も、自分の仕事と、自分の出産育児と、自分の健康を考えながら、末永く?女性たちのかかりつけ医として人生を生きていきたいと願っている「働く女性」の当事者のひとりでもあるわけで・・・
だから、春からはじまった大手小町のドクターズエッセイは、「女性医療ネットワーク」メンバーたちによるリレーエッセイで、女性医師たちが日々の思いを率直に語っていますし、今回のセミナーでも、わたしやゲストスピーカーの佐々木かおりさん(イー・ウーマン社長)が、自分のココ・カラ・ライフシートを公開し、これまでの自分の健康や、仕事、家族の歴史について、それから、今後のフィナンシャル・健康美容投資・趣味や楽しみの計画などについても、ご参考になればと紹介させていただきました。
佐々木さんが15歳で経済的に独立したこと、23歳で起業したこともすばらしかったですが、31歳で「銃でうたれた」と紹介されたときには、会場をうめた女性たちから、え〜っとどよめきがあがりました。
この、ココ・カラ・ライフシートは、わたしが原案を出し、読売新聞や電通のたくさんの担当女性たち+協力してくださった少数の男性たちで?作りあげました。
みんなが楽しく自分の人生プラン、これからずっと続く(おんなの人生は長い!)健康の戦略をたてられるように、そして、毎年7月には、これをもう一度見直して1年をふりかえり、またこれからの1年を前向きにすごすための節目にしようというアイディアです。しかしてそのココロは、「健康とは、たんに病気がなければよいという後ろむきな意味ではない!体もココロも快適で自分らしく、毎日の生活も、仕事も楽しみも、すべてが生き生きと自分らしく個性的?であってこそ、トータルな意味での健康といえるのではないでしょうか!?」というメッセージなのです。
佐々木かおりさんは、わたしとほぼ同年代。司会してくださったアナウンサーの関谷亜矢子さんも働くママ。アロマとストレッチのリラックスタイムを指導してくれたスポーツアロマトレーナーの神崎貴子さんも、技術と経験と、温かい明るさをもった働く女性です。それから、わたしといっしょにこのイベントを企画・運営してくださった女性たちも、みんな、仕事も、プライベートも前向きに充実させていますし、かつ、女性たちを応援して楽しく生きやすい社会にしていくんだ、という情熱をあふれるほど持った、本当にすてきな女性たちばかりなのです!
あなたもこれから、仲間になりませんか?ココ・カラ・ライフは、来年7月にもまた楽しい元気いっぱいのイベントをやっていこうと思っています。また、クリニックでも、現在、キャンペーン月間として、「働く女性のウェルネスドック」を受けられたかたに、ココ・カラ・ライフシートと、読売新聞のゆるキャラ(くらげっと)のストラップを差し上げています。
それでは、また七夕のころに、お会いしましょう!(わたしはいつもクリニックにおりますので、具体的なご相談、検診希望のあるかたはどうぞいつでもご連絡を!お待ちしています)
対馬ルリ子より

(ココ・カラ・ライフイベント出演者:右から神崎貴子さん、関谷亜矢子さん、佐々木かをりさん、私)

(ココ・カラ・ライフを作り上げた女性スタッフ)
これは、「ココロと体の自分らしいメンテナンスをはじめよう」という呼びかけを、大手小町という読売新聞のサイト(http://www.yomiuri.co.jp/komachi/)と、毎年7月、七夕のころに開く、女性の体とココロを考えるセミナーを連動させて進めていこうという、新しい女性の健康習慣を提案するイベントです。
その背景には、わたしたち企画者の、"どの女性も、「知らなかった」ために悲しい思いをしてほしくない”という思いがあるのです。ライフスタイルの変化によって女性におこりやすくなっている病気、例えば子宮筋腫や子宮内膜症、乳がんや子宮がん。女性のココロや体やホルモンのしくみを知らないことによって生活や仕事がつらくなっている場合、例えば月経困難症やPMS(月経前症候群)、更年期障害。それから、男性と違って女性に多く、将来の仕事や妊娠にも影響を及ぼすのに、会社の健診では調べてくれない病気、甲状腺やリウマチ膠原病などの自己免疫疾患。妊娠・出産・育児と、キャリアとのワークライフバランスのとりかた。ストレスコントロール。アンチエイジング・・・ これからの自分らしい人生プランの実現のために、女性ならぜひ知っておきたいことばかりだと思います。じっさい、7月2日の東京丸ビルのイベントの前に募集したアンケートでは、とてもたくさんのご質問が寄せられて、その熱心さには、わたしも圧倒されました。
今年のイベントは、まずは20〜30歳代ぐらいの女性たちへの呼びかけを中心にしましょうということではじめたのですが、応募してくださった女性たちは10歳代から80歳代まで幅広く、また、「ぜひこんなことを聞きたい」という質問やご意見は、1位=更年期、2位=月経のこと、3位=女性の病気、4位=よいかかりつけ医の選び方、5位=受けておいたほうがいい女性の検診、6位=妊娠と出産について、などなど多様かつ切実なものばかりでした。
でも、わたしたち女性医師も、自分の仕事と、自分の出産育児と、自分の健康を考えながら、末永く?女性たちのかかりつけ医として人生を生きていきたいと願っている「働く女性」の当事者のひとりでもあるわけで・・・
だから、春からはじまった大手小町のドクターズエッセイは、「女性医療ネットワーク」メンバーたちによるリレーエッセイで、女性医師たちが日々の思いを率直に語っていますし、今回のセミナーでも、わたしやゲストスピーカーの佐々木かおりさん(イー・ウーマン社長)が、自分のココ・カラ・ライフシートを公開し、これまでの自分の健康や、仕事、家族の歴史について、それから、今後のフィナンシャル・健康美容投資・趣味や楽しみの計画などについても、ご参考になればと紹介させていただきました。
佐々木さんが15歳で経済的に独立したこと、23歳で起業したこともすばらしかったですが、31歳で「銃でうたれた」と紹介されたときには、会場をうめた女性たちから、え〜っとどよめきがあがりました。
この、ココ・カラ・ライフシートは、わたしが原案を出し、読売新聞や電通のたくさんの担当女性たち+協力してくださった少数の男性たちで?作りあげました。
みんなが楽しく自分の人生プラン、これからずっと続く(おんなの人生は長い!)健康の戦略をたてられるように、そして、毎年7月には、これをもう一度見直して1年をふりかえり、またこれからの1年を前向きにすごすための節目にしようというアイディアです。しかしてそのココロは、「健康とは、たんに病気がなければよいという後ろむきな意味ではない!体もココロも快適で自分らしく、毎日の生活も、仕事も楽しみも、すべてが生き生きと自分らしく個性的?であってこそ、トータルな意味での健康といえるのではないでしょうか!?」というメッセージなのです。
佐々木かおりさんは、わたしとほぼ同年代。司会してくださったアナウンサーの関谷亜矢子さんも働くママ。アロマとストレッチのリラックスタイムを指導してくれたスポーツアロマトレーナーの神崎貴子さんも、技術と経験と、温かい明るさをもった働く女性です。それから、わたしといっしょにこのイベントを企画・運営してくださった女性たちも、みんな、仕事も、プライベートも前向きに充実させていますし、かつ、女性たちを応援して楽しく生きやすい社会にしていくんだ、という情熱をあふれるほど持った、本当にすてきな女性たちばかりなのです!
あなたもこれから、仲間になりませんか?ココ・カラ・ライフは、来年7月にもまた楽しい元気いっぱいのイベントをやっていこうと思っています。また、クリニックでも、現在、キャンペーン月間として、「働く女性のウェルネスドック」を受けられたかたに、ココ・カラ・ライフシートと、読売新聞のゆるキャラ(くらげっと)のストラップを差し上げています。
それでは、また七夕のころに、お会いしましょう!(わたしはいつもクリニックにおりますので、具体的なご相談、検診希望のあるかたはどうぞいつでもご連絡を!お待ちしています)
対馬ルリ子より
(ココ・カラ・ライフイベント出演者:右から神崎貴子さん、関谷亜矢子さん、佐々木かをりさん、私)
(ココ・カラ・ライフを作り上げた女性スタッフ)
2008/7/9 10:40
産婦人科の江夏です。(その2) スタッフ紹介
こんにちは。婦人科の江夏です。あっという間に2回目の「ブログ当番」が回ってきました・・・(汗)。前回書ききれなかった自己紹介第2弾にさせていただこうと思います。
プロフィールをご覧いただくと書いてありますし、個人のブログのタイトルも「女性スポーツドクターの日記」http://diary.jp.aol.com/tapzb8q6w55k/となっているように、私の専門は「女性のスポーツ医学・健康医学」。産婦人科医でスポーツ医学、というと余り関係ないように思われることが多いのですが、なぜ私がこの道を選んだかを書かせていただこうと思います。
私は子供のときからスポーツだけでなく、身体を動かすことが大好きでした。伯母が先生をしていたこともあって4歳から日本舞踊を、小学3年生の時には家の近所に教室ができたのをきっかけにモダンバレエとジャズダンスも習い始め中学まで続けました。小学校の時には夏は水泳、秋・冬は陸上と、学校行事に合わせていろんなスポーツを経験し、中学1年の時には器械体操部に入部。その頃から身体も大きくなって自分にはあまり向いていないのを感じて、中学2年から水泳部に入り、それから大学卒業までずっと水泳部で頑張ってきました。
スポーツドクターになりたいと思ったきっかけは、故障して泳げなかった中2の夏に、テレビでロサンゼルス五輪を見たこと。あの華やかな舞台に立てたら、観客席ではなくて何らかの形で関わることができたら・・・という憧れが最初だったと思います。コーチやトレーナーとしてというのも考えましたが、ちょうど故障で泳げなかった私は当時の医学に疑問を感じていました。スポーツで体調を崩すと、当時は「じゃあスポーツやめれば?」という雰囲気。病院に行っても、命に関わるような大きな病気でないとあまり親身になってもらえないような雰囲気を「子供心」に感じていました。
「元気な人が、もっと元気に暮らすための医学・医療があってもいいのでは?」
そう漠然とした思いから、「じゃあ、私はスポーツドクターになろう!」と。そのためには、自分がスポーツを続けていくのが一番と、水泳部で頑張りながら進むべき道を探してきましたが、運のいいことに、大学時代に日本水泳連盟のチームドクターである、現在は博士取得後研究員としてお世話になっている東京大学大学院身体教育学講座の武藤芳照教授(http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~muto/index.html)との出会いに恵まれ、「日本水泳ドクター会議」の仲間に入れていただき、現在ではこうしてクリニックで産婦人科医として勤務する傍ら、日本水泳連盟の医科学委員として、主に水泳選手の医学的サポートをさせていただいています。
スポーツドクターといえば整形外科か運動生理学かな?というイメージが強いと思いますが、じゃあ、なぜ産婦人科を選んだのか? それは、学生時代に医学の勉強をして一番興味が沸いたのが産婦人科だったからです。産婦人科に進むのには正直迷いもあったのですが、整形外科医である武藤教授の「みんなが整形外科でないほうがいい。スポーツ医学はスポーツに関わるすべての人の、あらゆる部分を支えるものだから。一番興味のある分野に進むのがいい。特に、女性アスリートの心とからだについて知っていて語ることのできる女性医師はまだとても少ないから面白いかも?」というアドバイスもあって、産婦人科に進むことを決めました。
最近は、女性アスリートの活躍が世の中を明るく元気付けていますよね。でもその陰で、実は運動性無月経など女性特有の悩みを抱える女性アスリートがとても多く、しかもそれについて理解がある指導者は少なく、相談する場所もとても少ないのです。そして、アスリートだけではなく、一般の女性にとっても、スポーツや身体を動かすことによって、心と身体の健康に役立てられることは沢山あります。産婦人科医のスポーツドクターとして自分に出来ることは沢山あるなあ・・・と、今はとてもやりがいを感じています。(途方にくれることも正直多いですが・・・)
そんな感じで、女性のためのスポーツドクターとして、女性アスリートが安心して自分の夢を実現できるように、また一般の女性たちも、スポーツだけでなく体を動かすことによってより活き活きと自分らしく生きられるように、お手伝いをしていきたいと思っています。
自分自身も、身体を動かすことがいい気分転換になっているのを最近特に感じています。仕事が忙しくてここ数年運動不足だったのに加え、今年の2月に私自身が子宮筋腫・腺筋症の手術を受けて体調が悪く、なかなか元気がなかったのですが、前回も書いた自転車通勤や、もうすぐ1歳になる愛犬(ジャックラッセルテリアの女の子。今も原稿を書いている私の膝の上で寝ています。)との散歩を始めてから少しずつ元気を取り戻し、先月からまたプール通いも週1回で再開!そろそろ「マスターズ大会」にも復帰したいなあ・・・と思っています。
今日は結構長くなってしまったので、この辺で・・・。
プロフィールをご覧いただくと書いてありますし、個人のブログのタイトルも「女性スポーツドクターの日記」http://diary.jp.aol.com/tapzb8q6w55k/となっているように、私の専門は「女性のスポーツ医学・健康医学」。産婦人科医でスポーツ医学、というと余り関係ないように思われることが多いのですが、なぜ私がこの道を選んだかを書かせていただこうと思います。
私は子供のときからスポーツだけでなく、身体を動かすことが大好きでした。伯母が先生をしていたこともあって4歳から日本舞踊を、小学3年生の時には家の近所に教室ができたのをきっかけにモダンバレエとジャズダンスも習い始め中学まで続けました。小学校の時には夏は水泳、秋・冬は陸上と、学校行事に合わせていろんなスポーツを経験し、中学1年の時には器械体操部に入部。その頃から身体も大きくなって自分にはあまり向いていないのを感じて、中学2年から水泳部に入り、それから大学卒業までずっと水泳部で頑張ってきました。
スポーツドクターになりたいと思ったきっかけは、故障して泳げなかった中2の夏に、テレビでロサンゼルス五輪を見たこと。あの華やかな舞台に立てたら、観客席ではなくて何らかの形で関わることができたら・・・という憧れが最初だったと思います。コーチやトレーナーとしてというのも考えましたが、ちょうど故障で泳げなかった私は当時の医学に疑問を感じていました。スポーツで体調を崩すと、当時は「じゃあスポーツやめれば?」という雰囲気。病院に行っても、命に関わるような大きな病気でないとあまり親身になってもらえないような雰囲気を「子供心」に感じていました。
「元気な人が、もっと元気に暮らすための医学・医療があってもいいのでは?」
そう漠然とした思いから、「じゃあ、私はスポーツドクターになろう!」と。そのためには、自分がスポーツを続けていくのが一番と、水泳部で頑張りながら進むべき道を探してきましたが、運のいいことに、大学時代に日本水泳連盟のチームドクターである、現在は博士取得後研究員としてお世話になっている東京大学大学院身体教育学講座の武藤芳照教授(http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~muto/index.html)との出会いに恵まれ、「日本水泳ドクター会議」の仲間に入れていただき、現在ではこうしてクリニックで産婦人科医として勤務する傍ら、日本水泳連盟の医科学委員として、主に水泳選手の医学的サポートをさせていただいています。
スポーツドクターといえば整形外科か運動生理学かな?というイメージが強いと思いますが、じゃあ、なぜ産婦人科を選んだのか? それは、学生時代に医学の勉強をして一番興味が沸いたのが産婦人科だったからです。産婦人科に進むのには正直迷いもあったのですが、整形外科医である武藤教授の「みんなが整形外科でないほうがいい。スポーツ医学はスポーツに関わるすべての人の、あらゆる部分を支えるものだから。一番興味のある分野に進むのがいい。特に、女性アスリートの心とからだについて知っていて語ることのできる女性医師はまだとても少ないから面白いかも?」というアドバイスもあって、産婦人科に進むことを決めました。
最近は、女性アスリートの活躍が世の中を明るく元気付けていますよね。でもその陰で、実は運動性無月経など女性特有の悩みを抱える女性アスリートがとても多く、しかもそれについて理解がある指導者は少なく、相談する場所もとても少ないのです。そして、アスリートだけではなく、一般の女性にとっても、スポーツや身体を動かすことによって、心と身体の健康に役立てられることは沢山あります。産婦人科医のスポーツドクターとして自分に出来ることは沢山あるなあ・・・と、今はとてもやりがいを感じています。(途方にくれることも正直多いですが・・・)
そんな感じで、女性のためのスポーツドクターとして、女性アスリートが安心して自分の夢を実現できるように、また一般の女性たちも、スポーツだけでなく体を動かすことによってより活き活きと自分らしく生きられるように、お手伝いをしていきたいと思っています。
自分自身も、身体を動かすことがいい気分転換になっているのを最近特に感じています。仕事が忙しくてここ数年運動不足だったのに加え、今年の2月に私自身が子宮筋腫・腺筋症の手術を受けて体調が悪く、なかなか元気がなかったのですが、前回も書いた自転車通勤や、もうすぐ1歳になる愛犬(ジャックラッセルテリアの女の子。今も原稿を書いている私の膝の上で寝ています。)との散歩を始めてから少しずつ元気を取り戻し、先月からまたプール通いも週1回で再開!そろそろ「マスターズ大会」にも復帰したいなあ・・・と思っています。
今日は結構長くなってしまったので、この辺で・・・。
2008/6/26 12:55
循環器内科の池田和子です スタッフ紹介
初めまして、池田和子です。当クリニックでは内科を担当しています。大学卒業後は内科のなかでも循環器内科を専門にしてきました。循環器というと主に心臓・血管に関する疾患を扱う分野なのですが、当クリニックでは女性外来として専門に限らず女性の様々な健康上の悩みに対応していきたいと考えています。同じ女性として、健康で自分らしい生活をエンジョイ出来るようお手伝いできたらうれしいです。さて、内科の先生がどうして?・・・という疑問がある人もない人もいらっしゃると思いますが、まずは私と女性外来の出会いから簡単にお話しいたします。
2002年12月に第1子の出産をきっかけに大学病院の喧噪から離れることになりました。これまでの忙しい生活からのんびり子育てライフを夢見ていたのですが、それはやはり夢でした。子育てはそれなりに楽しいものの、医師としての私はどうなるんだろうと、子供の首がすわるころに頭をよぎり始めました。そんな時に、書店で目にした1冊の書籍。“女性外来が変える日本の医療”その魅力的なタイトルを無視することは不可能というものでした。目から鱗といいましょうか、こういう医療があるんだと感激した気持ちは今でも忘れられません。ならばすぐに対馬先生のクリニックの門を叩くべきでは?そうかもしれなかったのですが、循環器の専門外来や一般内科の外来の仕事をすることになり、女性医療はしばし頭の片隅においておかれてしまったのです。私は心臓という臓器が好きで循環器内科を選択し、一般内科では老若男女を問わず様々な疾病、健康問題に対応してきました。今思えば男性を診ているからこそ理解できる女性との違いもあるなと感じています。頭の片隅にあった女性医療への思いは消えることなくむしろ熟成していたのかもしれません!?
いつか女性外来の仕事が出来たらなぁと考えていた私は、2007年あの対馬先生と対面することになったのでした。場所は横浜で開催された日本女医会総会。私は総会のお手伝いをしていたのですが、そこへ日本女医会の理事も務められている対馬先生がいらっしゃいました。“わぁ、ナマ対馬だ”(先生、申し訳ありません)とアイドルを目の前にした10代の少女のような!?感激ぶりでした。もっとも私は10代ではないので(書くまでもありませんが)握手や写真をねだるということはしませんでしたが、タイミングを見計らって先生に声をかけたのでした。そして銀座のクリニックを見学させていただき、女性が元気で健康であり続けることをサポートすることがとても魅力的に思えてきたのでした。何度となく対馬先生の外来を勉強させていただき、昨年11月からは外来をやらせていただくことになりました。
みなさん、願えば叶うというのは本当かもしれません。私の実体験で恐縮ですがこうしたい、ああしたいと願い、それに向けて何らかの努力をすればきっと叶うものと思います。
2002年12月に第1子の出産をきっかけに大学病院の喧噪から離れることになりました。これまでの忙しい生活からのんびり子育てライフを夢見ていたのですが、それはやはり夢でした。子育てはそれなりに楽しいものの、医師としての私はどうなるんだろうと、子供の首がすわるころに頭をよぎり始めました。そんな時に、書店で目にした1冊の書籍。“女性外来が変える日本の医療”その魅力的なタイトルを無視することは不可能というものでした。目から鱗といいましょうか、こういう医療があるんだと感激した気持ちは今でも忘れられません。ならばすぐに対馬先生のクリニックの門を叩くべきでは?そうかもしれなかったのですが、循環器の専門外来や一般内科の外来の仕事をすることになり、女性医療はしばし頭の片隅においておかれてしまったのです。私は心臓という臓器が好きで循環器内科を選択し、一般内科では老若男女を問わず様々な疾病、健康問題に対応してきました。今思えば男性を診ているからこそ理解できる女性との違いもあるなと感じています。頭の片隅にあった女性医療への思いは消えることなくむしろ熟成していたのかもしれません!?
いつか女性外来の仕事が出来たらなぁと考えていた私は、2007年あの対馬先生と対面することになったのでした。場所は横浜で開催された日本女医会総会。私は総会のお手伝いをしていたのですが、そこへ日本女医会の理事も務められている対馬先生がいらっしゃいました。“わぁ、ナマ対馬だ”(先生、申し訳ありません)とアイドルを目の前にした10代の少女のような!?感激ぶりでした。もっとも私は10代ではないので(書くまでもありませんが)握手や写真をねだるということはしませんでしたが、タイミングを見計らって先生に声をかけたのでした。そして銀座のクリニックを見学させていただき、女性が元気で健康であり続けることをサポートすることがとても魅力的に思えてきたのでした。何度となく対馬先生の外来を勉強させていただき、昨年11月からは外来をやらせていただくことになりました。
みなさん、願えば叶うというのは本当かもしれません。私の実体験で恐縮ですがこうしたい、ああしたいと願い、それに向けて何らかの努力をすればきっと叶うものと思います。
