2008/5/11  17:05

みちのく一人旅シリーズ F佐沼 佐沼城址  旅行

佐沼は永きにわたって大崎・葛西氏の勢力圏にありました。
秀吉の小田原攻めに参陣しなかった大崎・葛西氏が仕置を受け、新たな領主は秀吉配下の木村吉清となりました。秀吉の検地、刀狩を忠実にこなしていった吉清は秀吉の覚え目出度いことは当然のことながら、一方で大崎・葛西氏の残党によるすさまじい反感を買いました。これも当然のことでした。ついに一揆が起き、ここ佐沼城に立てこもった一揆勢は伊達軍2万によって征伐されました。以来ここは伊達領となりました。一説によると、この一揆を煽動した張本人こそ、他ならぬ政宗であったとも伝えられています。結局得をしたのは政宗ですからね。

さてここも伊達氏二十一要害の一つです。北面を迫川に守られ、それ以外の方角に深い堀をめぐらす。これだけでも守りは堅固です。さらに最高地には今でも井戸の跡が残されていて、飲み水にも事欠かない。武田軍に攻められた二俣城は、隣の川から飲み水を汲んでいたところを巧みに攻撃され落城したといいます。ここ佐沼城にそのような心配はなかったように感じます。加えて、戦があった当時は、堀の外側に池や沼を数多く配していたようですから、鉄砲隊でさえも迂闊に近寄ることができません。寄せ手に極めて甚大な被害をもたらす城であったことでしょう。

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登米市にアッパレ!といいたいのは、この城址の隣、登米市歴史博物館。ここ入館料タダなんです!そして5分程度の映像コーナー、これが分かりやすい。よく作りましたね。実はこのダイアリーも、その映像コーナーのウケウリが大半でございます。

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