2008/7/23  11:06

マダガスカル島  旅行

マダガスカル島
クリックすると元のサイズで表示します
Photo: Courtesy of Mr. Toussaint Raharison
写真:マダガスカル・ボア。マダガスカル島を旅して、田舎道などを歩くときは蛇に注意してください。写真をクリックすると大きくなります。写真は以下の投稿文と直接の関係はありません。
**************************************
女王ラナヴァローナ二世は烈女ラナヴァローナ女王一世と異なりキリスト教に改宗した、マダガスカルで最初の女帝です。彼女は1868年に洗礼を受けました。この年、教会に参列するマダガスカル人のクリスチャンは37,000人から135,000人へと一挙に増えました。当時のマダガスカル島の人口が100万人あまりであったので、このクリスチャン人口は驚くべき数字でした。

時勢を見るに敏感なライニライアリヴォニ総理は自分の地位を維持してゆくにはプロテスタントをマダガスカル政府が支援する必要があることを悟りました。彼は政府お墨付きのプロテスタント学校を設立し、その中でも重要な学校には自分たちの肝いりの教師を派遣しまし、この学校には貴族の子弟を入学させました。そして有力な貴族たちを征服した領地に配置して自分自身への支持基盤を固めてゆきました。

この時期はマダガスカルが最も繁栄した時代でもありました。宮廷で人々はヨーロッパ式の着物を着て、ヨーロッパ式の家具で部屋を飾り立て、学校と病院が次々に建設されてゆきました。ヨーロッパ諸国は競って首都アンタナナリヴォに領事館を開設しました。

しかしこの繁栄も表面的なもので、その下には生活に苦悩している人民による社会的反動が生じていました。ライニライアリヴォニ総理には統治者として大きな欠点があったのです。それは人民の生活向上を一顧だにしなかったことです。かれは自分の利益ばかりを追求する欲深い人物だったのです。 −続く−
いつも読者の皆様に感謝しています



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0