2008/7/24  14:17

マダガスカル島  旅行

マダガスカル島
クリックすると元のサイズで表示します
Photo: Courtesy of Mr. Toussaint Raharison
写真:マダガスカル島には数千種類の欄の花があります。小型の蘭は東岸の熱帯雨林に多く見られます。野性の蘭の採取は厳禁されていますが、栽培は認められているようです。栽培した蘭を日本に飛行機で輸出するビジネス・チャンスがあるような気がします。実行してみませんか? 写真は以下の投稿文と直接の関係はありません。写真をクリックすると大きくなります。
         ******************

ライニライアリヴォニ総理を弁護するわけではありませんが、時の支配者が公務員をただ働きさせる制度は彼が初めて行ったわけではなく、メリーナ王朝建国の祖、アンドリアナムポイニメリ−ナ大王の時代から行われていました。半ば習慣化してフランスの植民地になるまで続いたのでした。

さて、ライニライアリヴォニ総理は国家予算が不足すると容赦なく増税してゆきました。公務員(兵隊も含まれます)には給料を十分払わない、なかば無料奉仕を強制したり、無理な増税を強行する圧政が続き、一方で宮廷では貴族たちがヨーロッパ風の華やかな生活をしたりしていたので、政府に対する反抗や、キリスト教への憎しみが民衆の間に広がり、一方マダガスカルの古い慣習を否定する若いプロテスタントの運動もあり、マダガスカルの社会は混沌状態になってゆきました。

プロテスタントの青年男女は古くから存在していたマダガスカル人のフリーセックスやラム酒の飲用癖とキリスト教に対する闇雲(やみくも)な反感などに強く反発していました。食えなくなった一部の人たちは武装山賊(マダガスカル語:fahavalo)になって全国を跋扈(ばっこ)していました。武装山賊には帝国陸軍からの脱走兵もたくさんいたといわれています。脱走兵たちは軍役に服しても、給料の支払いを受けていなかったのです。−続く−



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0