2008/7/31  10:39

マダガスカル島  旅行

マダガスカル島20080731
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Photo: Courtesy of Mr. Toussaint Raharison
写真:首都アンタナナリヴォからFianarantsoaにいたる幹線道路には簡易レストランがある。コーヒー、ゆで卵、牛か鶏肉つきのご飯を出す。Hotelyはレストランを意味する。写真は以下の投稿文と直接の関係はありません。
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フランスをはじめ、当時の先進国は当時の発展途上国を征服し領土を奪い、植民地化して、そこから利益を搾取して、個人或いは国家を経済的に潤沢にしてゆきました。しかし公的にはこれをあからさまにはできません。何といってもキリスト教国ですから。

では何といっていたのでしょうか。フランスの場合、「世界の未開地を発見し、そこに理想、正義、自由、進歩を確立する」権利と義務があり、「勇気と自己犠牲というフランスの伝統」をもってこれを達成する、というものでした(一部、Wikipedia)。これが表面的なものであったのは、現在では否定しようがありません。

また現場で、フランス兵が「あらゆる法律を無視して平和をかき乱し、財産を破壊したとか、われわれの植民地の拡張を、まったく無垢で平和的な人びとの犠牲の上に凶暴な軍事力によってなされた一種の強奪」という説明には反論することが不可欠である、ともいっています(一部、Wikipedia)。

まことに自分勝手な理論ですが、上記のようにこのような未開地の強奪を非難する人も居たのですね。そしてこういう人たちに対する反論が必要だといっています。ヴィエトナム戦争やイラク戦争にも「正義の戦い」が叫ばれましたが、これは公式声明で、本当の目的は何だったのでしょう。僕はマダガスカル島が遂にフランスの植民地になった歴史をたどりますとき、このような思いに駆られるのです。 −続く−



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