2008/8/1  20:59

マダガスカル島  旅行

マダガスカル島
クリックすると元のサイズで表示します
マダガスカル島20080801

Photo: Courtesy of Mr. Toussaint Raharison
写真:焼畑をして陸稲用の畑を作る。陸稲栽培は森林の伐採も伴うので、自然環境に与える影響は大きい。写真は以下の投稿文と直接の関係はありません。
*****************
フランスがマダガスカルのメリーナ族を中心とする軍隊と戦う時の武器には、大砲、銃、航空機、陸に向かって十分な艦砲射撃ができる軍艦などがあり、とうていマダガスカル軍が抵抗できるものではありませんでした。

また作戦にしても戦略にしても、ドイツやイギリスなどと、ヨーロッパ戦線での戦闘経験があるフランスは、マダガスカルを戦術的、戦略的に翻弄できる十分な実力があり、この面から言っても、マダガスカルに勝利の女神が微笑むことはありえないことでした。
このような立場にあったマダガスカルの歴史を見ますと、僕はどうしても日本と連合軍が戦った太平洋戦争を思い出します。

僕の個人的な意見ですが、独仏戦争のような避けられない戦争は別として、古来、戦争経験が豊富なヨーロッパ人は、その経験から、戦争をする場合は、勝てる戦争をする戦略の構築を最優先しているようです。勝てる土俵でしか勝負をしない、と言ってもよいと思います。勝てるか勝てないか解らない場合、或いは自分より強いと思われる敵に対しては必ずと言って良いほど同盟国を作り上げます。

日本の場合はこのような傾向は薄いように思えます。蒙古来襲がかなり以前から解っていても、フィリッピン、インド、或いは当時のロシアなどには同盟の働きかけはしなかったようです。日清戦争のときも英国はまだ日本の同盟国ではなかったですし、むしろ敵国に近かったですね。薩英戦争などがあっても、日本は朝鮮や、中国との同盟についてはほとんど行動していなかったはずです。太平洋戦争でも日本一人で英米蘭仏豪などを相手にひとりで戦いましたが、これではフランス軍とマダガスカル軍の戦争におけるマダガスカル軍より更に不利な戦争だったと思っています。

戦争だけではなく、色々な問題について日本は友好国や同盟関係をもっと強固にすべきですね。日本人には余り知られていませんが、日英同盟ができたときインドがどれだけ失望したか、計り知れなかった、と言われています。

ロシアを打ち砕いた日本の戦勝は、英国の植民地となって苦しんでいたインドにとって、希望の星となっていたのです。日本と同盟を組んで英国から独立できると信じたようです。その日本が日英同盟を結んでしまった。インドの失望は大きかったですね。

このため一概に同盟を結ぶと言いましても簡単ではありませんが、欧米諸国のように「勝てる土俵でしか戦わない」という戦略はもっと検討しなければならないと、僕は思っています。

マダガスカルは「勝てる土俵」で戦わなかったのですね。フランスと仲が悪かった英国と、何としても同盟関係を築いておれば、タイランドのように独立を維持できたかもわかりません。さて、マダガスカル(メリーナ王朝)とフランスの具体的な戦いはどのようなものだったのでしょうか。次ぎの投稿で簡単にお話します。 −続く−



コメントを書く


名前
メールアドレス
URL
コメント本文(1000文字まで)


RSS1.0