2007/11/27  9:47

雪道を歩けば・・・  随筆

雪道を歩けば・・・

夜のうちに降り積もった雪を、早朝に目覚めて眺めると真っ白で汚れ一つなく、澄み切った空気と一体になって、本来は自然が極めて清潔なものであることを改めて認識させられます。このような朝は僕にいつも「夏に降る雪」を思いださせます。

そう、その雪は夏なのに吹雪になるくらいに降っていました。そして移動中の僕の周囲には小さな氷がたくさん浮いていました。見渡す限りでした。

そこは夏の南極海でした。初めてここにきたときは夏が盛りの南半球を通過してきましたので、一番南に存在する南極海での夏に降る雪は僕にとって生涯の思い出となっています。

夏とは言っても南極周辺は北半球の冬と同じくらい冷えていました。僕がこのような印象を持った原因は「北」と「南」という二つの文字でした。日本で生まれました僕にとって、「南」は常に暖かいか、暑いという観念がしみこんでいます。そして「北」は寒いと。これが大変な誤解であることを南極海が僕に教えてくれました。そして先入観といいますか、偏見というものはなかなか抜けきらない事実に気がついて、自分で愕然(がくぜん)としたものです。

南極海を更に奥深く進んでゆきますとやがて氷山が現れてきます。一見静かなたたずまいの氷山ですが人工衛星航法器(25年ほど前はGPSのことを、このように呼んでいました)とレーダーで巨大な氷山の位置を測定しますと、この氷山は一箇所で円を描いて移動しているのがわかりました。これも南極海に行って実際に氷山の位置を自分で測定しませんと解らなかった事でした。もう一つの特徴は、とても静かだったということでした。そしてあの広大な南極海が物音一つせずに、静まっている姿は、いったい何万年、何億年も続いてきたのでしょうか。

偏見とか先入観は、僕の経験から言いますと違った場所、違った人々に直接接することで拭(ぬぐ)い去られます。頭脳だけで考えていますと先入観から抜け出すことはなかなか難しいようです。

そして南極海の自然は僕の町、函館の冬の朝よりも更に清潔でした。寒い冬も僕にとりましては歓迎すべき季節です。でもこれも偏見の一つでしょうか。僕と違って北海道で生まれ北海道で育った「どさんこ(道産子)」の家内は、「寒い冬はもうたくさんだ」とぼやくことがあります。 これも「どさんこ(道産子)」と親しく付き合わないと解らない事実でした。 −続く−



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