2007/12/16  10:41

雪道を歩けば・・・  随筆

雪道を歩けば・・・
モルモン教のお話


3人の青年、米国人のモルモン教徒に出会ったのは2週間ほど前の雪が降りしきっていた日でした。山々はもちろん屋根も道路も全て白一色の日でした。僕は電動3輪自転車に乗っていましたが、ある交差点で立ち止まり交通信号が青になるのをまっていました。そのときにこの青年たちが話しかけてきました。

いろいろと話をしましたが、信号が青になりましたので「バイ・フォー・ナウ(Bye for now) と言って分かれました。そのときに「教会に来てみませんか?」と言われて、小さな地図を渡されました。僕はついうっかりと、「OK」と言ってしまいました。このような時、「No!」 とはなかなか言いにくかったからです。

このようなわけで、一度行けばそれでいいだろう、と思って昨日彼らに会いました。彼らの話ではモルモンと呼ばれるキリスト教はアメリカで生まれたそうです。カトリックとかプロテスタントとか呼ばれるキリスト教会の派閥にとらわれないキリスト教で、彼等自身はキリスト教とは言わないでモルモン教といっていました。

そのモルモン教の教会に行ってみましたら、カトリック教会やお寺にあるような祭壇や銅像などは一切ありませんでした。これはイスラム教のモスクの内部によく似ていました。イスラム教では偶像を礼拝するのは厳禁されています。「人間が作った偶像を神として拝むな」と言うことです。これはこれで正しいでしょうね。仏像も含めて、人間の手で作られたものが神になれるわけはないのですから。 −続く−

日本の防衛とロシア及び北朝鮮

ロシアのプーチン大統領が西側諸国から非難されるような非民主的な政治を行っているにもかかわらずロシア国民の八割が彼を支持しているのは、ロシアが受けた屈辱的な冷戦の敗戦によって失われた「ロシアの誇り」を取り戻そうとしているからと言われています。「ロシアの誇り」を取り戻そうとしている彼の基本方針に反対する勢力には容赦なく取り組んでゆく、というのが彼の方針のようです。

プーチン大統領がロシア国民の強い支持を受けている最大の理由はこれだと思っています。更に石油、天然ガスなどを背景にした経済の躍進が彼の人気に拍車をかけています。

だれでも自分自身の誇りを失いたくないですね。プーチン大統領が「ロシアの誇り」を取り戻そうとしている事実は日本人には余り知られていません。彼の非民主的な活動だけが報道されています。僕たちは報道に支配されずに、彼を見直したほうがよいかもしれません。

彼はジェット戦闘機の操縦が出来ますし、柔道の有段者(6段)でもあります。政治的には情報に関するプロでもあります。このような能力を持った指導者は日本にも世界にも余りいませんね。彼が優れた人材であるのは間違いありません。

北方領土問題は絶対に譲歩してはいけませんが、プーチンのロシアとは、もっと親しくなるべきではないかとも思っています。もちろん中国とも、北朝鮮とも。そして東南アジア諸国。これも祖国防衛の手段の一つと思っています。僕たち日本人が日本を守る場合、もっと心を大きくし視野を広げる必要もあると思っています。

北朝鮮に子供さんや肉親を拉致された方々の痛切な思いは察して余りあります。しかし重油や食料その他の援助はあくまでも、「拉致された全ての人々の帰国が条件で、これが達成されない限り一切の援助はしない」という方針には解決の糸口はないと思っています。

拉致問題を、拉致被害者の立場で考えると同時に、これは日本人全体の問題と考えるとき、力ずくの経済封鎖と同時に度量の大きい解決策を模索する必要もあるのではないかと存じます。

具体的には飢餓に苦しむ北朝鮮の一般の人々を助けるために、重油や食料の援助を実施することですね。拉致被害問題と北朝鮮国民の飢餓の苦しみは明らかに別の問題だからです。

北朝鮮に対する経済援助を実行することによって、拉致問題解決の糸口が見つかる確率は50%で、見つからない確率も50%と思っています。そして北朝鮮に対する姿勢の現状維持では解決の糸口が見つかる確率は殆ど無いでしょう。

日本の経済力は北朝鮮の数百倍の余裕があると思います。日本人の心にも余裕を持ちたいですね。余りにもかたくなな心は国家レヴェルでも個人レヴェルでも歓迎されません。心を広げ、気持ちを大きく持って北朝鮮と仲良くしたほうが拉致問題解決に光が見えてくると思います。

拉致された日本人を取り戻すのが最大の目的ですから、日本政府はあらゆる手段を尽くすべきでしょう。経済協力に踏み切るのもその手段の一つです。そして北朝鮮政府を説得すると同時に拉致被害者の家族を説得するのも大切と思います。

あくまでも強硬手段をとるとしますと、北朝鮮は、「戦前の日本は朝鮮にもっとひどいことをしているくせに、何をえらそうなことを言っているのか」と言うでしょう。

去年のことでした、戦前に炭鉱の労働者として北海道に連れてこられた人の孫に当たる人が、北海道に来てお爺ちゃんの遺骨を拝みに来ました。この遺骨は日本人の手によってお寺に預けられていました。これを知った朝鮮の方が北海道に来たのですね。お寺では戦後何十年もこの遺骨を預かり供養を続けていました。

北海道を訪れたこの朝鮮人は、ようやく自分をかわいがってくれたお爺ちゃんに会えたのと、このお寺が丁重に遺骨を保存してくれていたことに感謝して、泣き崩れていました。そしてこのお寺の住職を,頭を床にこすり付けて拝んでいました。いまの拉致被害者の日本人家族の方々とまったく同じ気持ちですね。

「北朝鮮に対して経済援助に踏み切る」という僕の考えに拉致被害者の家族の方々が理解を示していただけるかどうか自信はありませんが、拉致問題は日本人全体の問題になっていることは事実と思います。僕たちは心を広げ気持ちを大きく持って、過ぎこし方を振り返り、行く末を眺めて、北朝鮮の次世代の人々と僕たち日本人の幼い子供たちが仲良く出来る素晴らしい時代を作るために、今の自分の行動を決断しなければならないでしょう。これも国防の一つの手段でわないでしょうか。 −続く−



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