2007/12/17 10:52
雪道を歩けば・・・ 随筆
雪道を歩けば・・・
悲しかった。でもかすかな愛が見えた。
トテモ悲しいお話です。社会の日陰で暮らす男性と女性がいました。二人ともメカケの子供でした。成長するにつれて二人がメカケと呼ばれる不幸な女性の子供であることを知りました。二人には二十歳過ぎに、ふとしたことで出会いがありました。二人は交際を深めるにつれて、ある日、お互いがメカケの子供同士であることを知りました。これがまた二人を更に強い絆(きずな)で結び付けました。そして結婚したのです。
そして女の子が生まれました。この女の子はメカケの子供ではないので、両親はトテモこの女の子を愛しました。この女の子は自分たちが夢にまで見た「メカケの子ではない」子供だったのです。自分たちの夢をかなえてくれたこの女の子はすくすくと育ち、やがて大学生になりました。その間、両親は小さな店を経営し、一所懸命に働き、貯金をし、株を買って財産を造ってゆきました。
これは、自分たちと自分の母親が経済的にとても苦しみ、生活苦にあえいだことを記憶していたので、自分たちの子供にだけは、自分たちが死んだ後でも、自分たちの娘が生活に困らないようにと、自分たちの生活はつつましくして夜も昼も働いたのですね。
日陰の身の二人にとって、自分たちの娘は愛しても、愛しても、愛しきれないほどでした。そして本人たち同士も深く愛し合っていました。
女子大生となった娘は同じ大学の男子学生と恋に落ちました。そして両親に男子学生を紹介しました。愛する娘が選んだ男性を、両親はトテモ歓迎しました。孫が出来たら、これも「日陰の子供」にならないのは確かだし、男の子がいなくて心細かった家庭にも若い男性が来てくれるので、結婚に反対する理由などは微塵(みじん)もありませんでした。そして娘と婿は両親とともに住むことになりました。
孫娘が二人も生まれてこの家には幸せがあふれんばかりでした。しかし突然、お婆ちゃんがなくなりました。最愛のお婆ちゃんをなくしたお爺ちゃんの悲しみは計り知れないほど深いものでした。婿が来てくれ孫娘が二人も生まれてきたのに、お婆ちゃんは死んでしまったのです。
それからというものは、お爺ちゃんは毎日毎日、悲しみに明け暮れていたのです。自分の娘や孫娘より、遥かに深くお婆ちゃんを愛していたのですね。かわいい娘を産んでくれたお婆ちゃんを。
ある日、この娘さんと、婿さんと二人の子供が帰ってきて、家の玄関に入ろうとした時に、婿さんが家の周りに漂う異様な雰囲気を察して、家族に「自分が先に家の中に入るから、外で待っていなさい」と言って中に入りました。お爺ちゃんは自分の部屋にある、お婆ちゃんの仏壇の前で自殺していました。一通の遺書がおいてありました。
「私はおばあちゃんのところに行きます。何回も何回も、お婆ちゃんがあの世でさびしがっている夢を見ていました。お婆ちゃんがかわいそうなので、私はお婆ちゃんの所に行きます。悲しまないでください。お婆ちゃんとお爺ちゃんは、あの世でまた一緒になりました。私たちはトテモ幸せです。仏壇もお墓も要りません。私たちはそこにはいませんから。
仏壇もお墓も要りません。お葬式もいりません。その金をかわいそうな人たちに差し上げてください。私たちはそれが一番嬉しいのです。どうか悲しまないでください。
本当にありがとう。貴方たちのおかげでお婆ちゃんも、私もトテモ幸せでした。さようなら」。 以上
ひょっとしたら
ひょっとしたら、中国、北朝鮮、ロシアと年中いざこざを起こしている日本の状態を喜んでいる巨大シンジケートや国が存在しているかもしれません。中国、北朝鮮、ロシアとそれに東南アジア諸国が仲良く平和に経済関係を確立すれば、この経済圏はEUや米国よりも遥かに大きくなり、たぶん世界一の経済繁栄を呼び込むことになるでしょう。この経済圏が出来れば一番恩恵を受けるのは技術に強い日本です。これを嫌う勢力が世界のどこかにいると考えておいたほうがよいと思っています。
中国、北朝鮮、ロシアという近隣諸国と平和な経済関係が建設されると、僕たち漁業者もベーリング海のロシアの排他的経済海域(200海里海域)で再び操業できる可能性もあり、根室の方々にも大きなビジネスチャンスが訪れる可能性は大きいですね。
巨大なシベリアの森林が東へ東へと延びて行き、ついにベーリング海に達して終わるところに、オリュートル岬とナワリン岬があります。この二つの岬の沖で操業した日々が瞼をよぎります。スケソウタラの大宝庫でした。
シベリアの大森林地帯が遂に海に達しているこの地方は、寒いにもかかわらず、緑の色を失わずにびっしりとした森林が吹雪の中にたたずんでいました。森閑(しんかん)と静まり返り人間を寄せ付けないその姿に感動したものです。
そして僕は今、若いときに読んだ「カラマーゾフの兄弟」を読んでいます。僕はロシア文学にとても惹かれていた若い時代がありました。その時の記憶から、日本とロシアが友好国になれる要素は日本、ロシア双方にあると考えています。
「戦争と平和」、「罪と罰」という世界文学の金字塔を立てたロシア人の心情は僕たち日本人にも十分理解できるものでした。わが方のロシアに対する不満には今しばらく目をつぶり、名を捨て実をとるたくましさが日本政府にも欲しいですね。
明治の日本人は、宣戦布告をして日露戦争で堂々と戦って、カラフトの半分と千島列島全てを第三者を交えた国際条約によって 日本の領土にしたことを記憶し、ロシアの弱みに付け込んだものではなかったことに誇りを持ち、この誇りを持ち続けることが大切と思っています。その記憶と誇りを持った上でロシアと付き合いたいですね。
血を血で洗い、殺し殺されてきたユーラシア大陸に住む諸民族の戦争規模は日本の戦国時代どころではないので、彼らの子孫である現在の欧米人の政治的思考能力は日本人よりも遥かに奥が深いと思われます。味方が実は味方でなかったりすることはざらですのでよく考えないと、気がつかないうちに大きな痛手をこうむってしまいます。
北朝鮮をめぐる六カ国協議でも、日本と北朝鮮の不仲を是(ぜ)としている国があるように思えてなりません。日本と北朝鮮の不仲が国益につながる国がそれです。とすれば日本と北朝鮮は双方とも不幸であるし、踊らされていることになります。僕のこの考えは「馬鹿なことを言うな」と一笑されるかもしれませんね。−続く−
悲しかった。でもかすかな愛が見えた。
トテモ悲しいお話です。社会の日陰で暮らす男性と女性がいました。二人ともメカケの子供でした。成長するにつれて二人がメカケと呼ばれる不幸な女性の子供であることを知りました。二人には二十歳過ぎに、ふとしたことで出会いがありました。二人は交際を深めるにつれて、ある日、お互いがメカケの子供同士であることを知りました。これがまた二人を更に強い絆(きずな)で結び付けました。そして結婚したのです。
そして女の子が生まれました。この女の子はメカケの子供ではないので、両親はトテモこの女の子を愛しました。この女の子は自分たちが夢にまで見た「メカケの子ではない」子供だったのです。自分たちの夢をかなえてくれたこの女の子はすくすくと育ち、やがて大学生になりました。その間、両親は小さな店を経営し、一所懸命に働き、貯金をし、株を買って財産を造ってゆきました。
これは、自分たちと自分の母親が経済的にとても苦しみ、生活苦にあえいだことを記憶していたので、自分たちの子供にだけは、自分たちが死んだ後でも、自分たちの娘が生活に困らないようにと、自分たちの生活はつつましくして夜も昼も働いたのですね。
日陰の身の二人にとって、自分たちの娘は愛しても、愛しても、愛しきれないほどでした。そして本人たち同士も深く愛し合っていました。
女子大生となった娘は同じ大学の男子学生と恋に落ちました。そして両親に男子学生を紹介しました。愛する娘が選んだ男性を、両親はトテモ歓迎しました。孫が出来たら、これも「日陰の子供」にならないのは確かだし、男の子がいなくて心細かった家庭にも若い男性が来てくれるので、結婚に反対する理由などは微塵(みじん)もありませんでした。そして娘と婿は両親とともに住むことになりました。
孫娘が二人も生まれてこの家には幸せがあふれんばかりでした。しかし突然、お婆ちゃんがなくなりました。最愛のお婆ちゃんをなくしたお爺ちゃんの悲しみは計り知れないほど深いものでした。婿が来てくれ孫娘が二人も生まれてきたのに、お婆ちゃんは死んでしまったのです。
それからというものは、お爺ちゃんは毎日毎日、悲しみに明け暮れていたのです。自分の娘や孫娘より、遥かに深くお婆ちゃんを愛していたのですね。かわいい娘を産んでくれたお婆ちゃんを。
ある日、この娘さんと、婿さんと二人の子供が帰ってきて、家の玄関に入ろうとした時に、婿さんが家の周りに漂う異様な雰囲気を察して、家族に「自分が先に家の中に入るから、外で待っていなさい」と言って中に入りました。お爺ちゃんは自分の部屋にある、お婆ちゃんの仏壇の前で自殺していました。一通の遺書がおいてありました。
「私はおばあちゃんのところに行きます。何回も何回も、お婆ちゃんがあの世でさびしがっている夢を見ていました。お婆ちゃんがかわいそうなので、私はお婆ちゃんの所に行きます。悲しまないでください。お婆ちゃんとお爺ちゃんは、あの世でまた一緒になりました。私たちはトテモ幸せです。仏壇もお墓も要りません。私たちはそこにはいませんから。
仏壇もお墓も要りません。お葬式もいりません。その金をかわいそうな人たちに差し上げてください。私たちはそれが一番嬉しいのです。どうか悲しまないでください。
本当にありがとう。貴方たちのおかげでお婆ちゃんも、私もトテモ幸せでした。さようなら」。 以上
ひょっとしたら
ひょっとしたら、中国、北朝鮮、ロシアと年中いざこざを起こしている日本の状態を喜んでいる巨大シンジケートや国が存在しているかもしれません。中国、北朝鮮、ロシアとそれに東南アジア諸国が仲良く平和に経済関係を確立すれば、この経済圏はEUや米国よりも遥かに大きくなり、たぶん世界一の経済繁栄を呼び込むことになるでしょう。この経済圏が出来れば一番恩恵を受けるのは技術に強い日本です。これを嫌う勢力が世界のどこかにいると考えておいたほうがよいと思っています。
中国、北朝鮮、ロシアという近隣諸国と平和な経済関係が建設されると、僕たち漁業者もベーリング海のロシアの排他的経済海域(200海里海域)で再び操業できる可能性もあり、根室の方々にも大きなビジネスチャンスが訪れる可能性は大きいですね。
巨大なシベリアの森林が東へ東へと延びて行き、ついにベーリング海に達して終わるところに、オリュートル岬とナワリン岬があります。この二つの岬の沖で操業した日々が瞼をよぎります。スケソウタラの大宝庫でした。
シベリアの大森林地帯が遂に海に達しているこの地方は、寒いにもかかわらず、緑の色を失わずにびっしりとした森林が吹雪の中にたたずんでいました。森閑(しんかん)と静まり返り人間を寄せ付けないその姿に感動したものです。
そして僕は今、若いときに読んだ「カラマーゾフの兄弟」を読んでいます。僕はロシア文学にとても惹かれていた若い時代がありました。その時の記憶から、日本とロシアが友好国になれる要素は日本、ロシア双方にあると考えています。
「戦争と平和」、「罪と罰」という世界文学の金字塔を立てたロシア人の心情は僕たち日本人にも十分理解できるものでした。わが方のロシアに対する不満には今しばらく目をつぶり、名を捨て実をとるたくましさが日本政府にも欲しいですね。
明治の日本人は、宣戦布告をして日露戦争で堂々と戦って、カラフトの半分と千島列島全てを第三者を交えた国際条約によって 日本の領土にしたことを記憶し、ロシアの弱みに付け込んだものではなかったことに誇りを持ち、この誇りを持ち続けることが大切と思っています。その記憶と誇りを持った上でロシアと付き合いたいですね。
血を血で洗い、殺し殺されてきたユーラシア大陸に住む諸民族の戦争規模は日本の戦国時代どころではないので、彼らの子孫である現在の欧米人の政治的思考能力は日本人よりも遥かに奥が深いと思われます。味方が実は味方でなかったりすることはざらですのでよく考えないと、気がつかないうちに大きな痛手をこうむってしまいます。
北朝鮮をめぐる六カ国協議でも、日本と北朝鮮の不仲を是(ぜ)としている国があるように思えてなりません。日本と北朝鮮の不仲が国益につながる国がそれです。とすれば日本と北朝鮮は双方とも不幸であるし、踊らされていることになります。僕のこの考えは「馬鹿なことを言うな」と一笑されるかもしれませんね。−続く−



