2007/12/18  12:31

雪道を歩けば・・・  随筆

雪道を歩けば・・・
「彦じいちゃん」


昨日投稿しました「日陰の子供」についてのお話はおよそ20年前に、僕の身近で起こった本当のお話です。以下に述べます「彦じいちゃん」のお話も、同じように僕の身近で起きた25年前の実話です。「格差社会」が最近問題になっていますが、その当時から格差社会は全国の地方に存在していました。貧困に苦しむ人たちはひっそりとつつましく暮らしているので、人々に知られることが少ないようです。さてもう一つのお話です。

およそ25年前のある日、4人のペンキ塗り職人が下請けで、ある二階建ての家の外壁を塗っていました。壁の面積の半分近くを塗り終わったころ、お昼になったので職人たちは二回の屋根まで組み立てていた高い足場からゆっくりと、注意深く降りてゆきました。「彦じいちゃん」も滑り落ちないように注意して降りてゆきました。皆、地下足袋(ぢかたび)をはいていました。

「彦じいちゃん」は60をとうの昔に過ぎていたので、若い職人たちは高い足場の上で「彦じいちゃん」が足を滑らせないようにトテモ気を使っていました。「彦じいちゃん」
の塗装の腕は職人の誰にも負けない素晴らしいものでした。

職人たちは家の中で昼飯を食べながら「彦じい、誰もいないときに一人で足場を上ってはいけないよ。ペンキ塗りの腕は立派だけど、足腰がすっかり弱っているからね」と話しかけていました。「彦じいちゃん」は黙ってうなずいていました。

昼飯が終わり、職人たちが一服していたときに、そのうちの一人が「彦じいちゃん」
がいないのに気がつきました。「彦じいはどこにいったのだろう?」と言いましたら別の職人が「トイレに言ってくる」と言ってたよ、と言いました。みんなは一安心して再びお茶を飲み始めました。そのときドサッという音が聞こえました。職人たちはお互いを見つめあって、すぐに外に飛び出しました。

「彦じいちゃん」が足場のすぐそばの地面にうつぶせになって倒れていました。みんなは「彦じい、彦じい、確りしろ。救急車がすぐ来るからな!」と「彦じいちゃん」
を励ましました。そのとき「彦じいちゃん」が「ごめんな、ゆみこ」とつぶやいたのをみんなが聞きましたけれど、何のことかわからないので、このことはすぐ忘れられてしまいました。

それから大騒ぎになりました。職人たちは救急車を呼んで、警察にも知らせました。「彦じいちゃん」はすぐ市内の総合病院に運び込まれました。首の骨を折っているという病院の報告がありました。「彦じいちゃん」は翌日の朝早く、妻の「ゆみ子」に看取られて亡くなりました。

警察の発表では、「彦じいちゃん」は足場の一番上から午後の仕事の準備中に足を滑らせて転落した。滑った原因はサンダルを履いて足場を上ったことである。片一方のサンダルが一番上の足場に残っていた、と言うことでした。そして彦じいの老妻「ゆみ子」には800万円の保険金が届けられました。

それは半年前のことでした。もうすぐ定年になるので「彦じいちゃん」と「ゆみ子」は定年後には毎月いくらくらいの年金がもらえるのか、人に頼んで調べてもらいました。結果は月3万円余りでした、40年余り働いて年金は月当たり3万円ちょっとと聞いて、「ゆみ子」は泣き崩れました。

40年余り奉公したそのペンキ屋は零細企業でしたので退職金も「彦じいちゃん」には
100万円ちょっとしか払えませんでした。そのかわり仕事が入ればちょくちょく手伝いに来てもらう、ということで話がついていたのです。でもマイホームを建てることも出来ずにアパート住まいだったので、年金だけではとても老後の生活は出来ないのは明らかでした。家賃、食費、電気水道代、半年も続く冬の暖房代などの諸経費を合わせると月3万円ちょっとの年金では暮らせないのです。「ゆみ子」は老後の生活に絶望したのです。

「彦じいちゃん」は退職後も月に3回くらい仕事に呼ばれて働いていました。「ゆみ子」は、はためにも急激に老いてゆくのが解りました。「彦じいちゃん」はその姿を見て自分の妻を幸せにしてやれなかったことをトテモすまなく思っていました。

「彦じいちゃん」も次第に無口になってゆきました。一日中一言も喋らない日もたくさんありました。ここまで年老いてしまった自分が、今から老妻を経済的に幸せにしてやれることなどは不可能であるのをよく知っていたのです。どうしようもない日々が「彦じいちゃん」をますます無口にしてゆきました。

「彦じいちゃん」の娘はとうの昔に結婚していましたが、二人めの子供が生まれた後に離婚して、「彦じいちゃん」のアパートに住むようになりました。娘は市内の魚市場にパートで働くようになったので、生計費では「彦じいちゃん」に負担をかけることはありませんでした。二部屋だけの狭いアパートは二人の孫娘のおかげですこしばかり賑やかになりました。

そんな日々が続いてきた或る日、どうしたことか「彦じいちゃん」の表情がとても明るくなってきました。ニコニコし始め、「ゆみ子」や孫娘たちにもいろいろと話しかけるようになりました。「ゆみ子」は「彦じいちゃん」が明るい表情になったので、すこしホッとしました。

「彦じいちゃん」はとっても明るくなったね、と家族全部が喜んでいました。そしてある日の朝、「今日、仕事に呼ばれたのでひと稼ぎしてくるからね」と言って、普段は余りしないのに、二人の孫娘を抱きしめて、「ちゃんと勉強するんだよ」と言いました。孫娘たちの「ハーイ」という明るい声が「彦じいちゃん」の耳から体にしみとおって行きました。

その日のお昼過ぎに「彦じいちゃん」は足場から転落したのでした。「彦じいちゃん」のお葬式がひっそりと行われ遺体が火葬場に運び込まれ皆が最後のお別れをした後で「彦じいちゃん」の遺体は焼却炉に入れられたので皆はその前から離れ始めました。

「ゆみ子」は一人になるまでその場にたたずんでいました。そして何度も何度も焼却炉のほうを振り返りながら、うなだれて、その場を去りました。

「ゆみ子」だけが知っていたのです。「彦じいちゃん」は自分の命と引き換えに800万円を「ゆみ子」に残してくれたことを。

80歳をとうの昔に過ぎた「ゆみ子」は今も生きています。孫やひ孫に囲まれて。でも「ゆみ子」が幸せなのは、「彦じいちゃん」の愛が今も「ゆみ子」の心の中で、ろうそくのともし火のように、そっと優しく暖かく灯(とも)っているからでしょうか。

僕は「ゆみ子」に電話をかけてみました。「あたしは左のひざの関節が悪くなり、冬道は歩けないけど、部屋の中は自由に歩けるのよ」と、トテモ明るい声で話してくれました。本当の愛を受けた女性は、相手の男性が死んだ後でも、彼の愛の記憶を頼りに、何年でも生きてゆけるのでしょうか。 −続く−

文字の混乱

昨日の夕方6時過ぎに日テレの番組を見ていました。年金に関するものでした。字幕に次のような字が書かれていました。

「注目ポイントは? How to 手続き」

漢字、カタカナ、ひらがな、英語と、この極めて短い一行に4種類もの文字が使われていました。How to を理解できる老人は殆どいないでしょう。僕は ”How to” という英文自体も文法的に誤っているのではないかと思っています。

若い人に、日本語の使い方がなっていないと、注意している番組や本を見ましたが、肝心の大人がこれでは説得力はありませんね。 −続く−



2007/12/18  12:52

投稿者:美佳

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