2008/1/11 16:41
雪道を歩けば・・・ 随筆
雪道を歩けば・・・
「千の風になって」を今日も聞きました。そばには日の丸の旗があって、墨で「第三回偵察学生」と一番上に書かれています。三十人近い特別攻撃隊員の名前が書かれています。階級は少尉が一番多いですが、見習士官も多く、一番上の階級は少佐です。
昭和19年の或る日、多分、攻撃隊が離陸する一日前に書かれたと思われます。場所は台湾の台南航空基地と思われます。この日の丸は、ある少尉が生きては帰えられない攻撃に向かうので、残された戦友が書いたものです。残された戦友たちもこの少尉の後を追って攻撃に向かいました。
この日の丸を眺め、12名の特別攻撃隊員たちが愛機の前で撮った記念写真に目をやり「千の風になって」を聞きますと、20歳代の青年たちが死を覚悟の上で離陸して行ったようすが目に浮かびます。
今、この特別攻撃隊員が生きておられれば、八十四、五歳でしょうか。現在の若い人たちのお爺ちゃんや、曾(ひい)お爺ちゃんに当たります。
あの若かった特別攻撃隊員は、千の風になって大空を飛んでいるのでしょうか。およそ3千人の特別攻撃隊員が亡くなりました。本当に霊魂があるとすれば、あの若かった人たちは、一番好きだった大空を飛んでいるのでしょうか。「千の風になって」はこの方々に一番ふさわしい響きを奏でていきます。雪が降る夜はあの若い方々を僕に思い出させます。 −続く−
「千の風になって」を今日も聞きました。そばには日の丸の旗があって、墨で「第三回偵察学生」と一番上に書かれています。三十人近い特別攻撃隊員の名前が書かれています。階級は少尉が一番多いですが、見習士官も多く、一番上の階級は少佐です。
昭和19年の或る日、多分、攻撃隊が離陸する一日前に書かれたと思われます。場所は台湾の台南航空基地と思われます。この日の丸は、ある少尉が生きては帰えられない攻撃に向かうので、残された戦友が書いたものです。残された戦友たちもこの少尉の後を追って攻撃に向かいました。
この日の丸を眺め、12名の特別攻撃隊員たちが愛機の前で撮った記念写真に目をやり「千の風になって」を聞きますと、20歳代の青年たちが死を覚悟の上で離陸して行ったようすが目に浮かびます。
今、この特別攻撃隊員が生きておられれば、八十四、五歳でしょうか。現在の若い人たちのお爺ちゃんや、曾(ひい)お爺ちゃんに当たります。
あの若かった特別攻撃隊員は、千の風になって大空を飛んでいるのでしょうか。およそ3千人の特別攻撃隊員が亡くなりました。本当に霊魂があるとすれば、あの若かった人たちは、一番好きだった大空を飛んでいるのでしょうか。「千の風になって」はこの方々に一番ふさわしい響きを奏でていきます。雪が降る夜はあの若い方々を僕に思い出させます。 −続く−
2008/1/11 17:04
投稿者:美佳




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