2008/7/5 1:45
人工生命とオートポイエーシス その4 分類なし
8、オートポイエーシスとアロポイエーシス
工学的なシステム論と、オートポイエーシスシステム論との差異が見やすくなると思うので、先にオートポイエーシスとして記述できないパターンを列挙しておこうと思う。
前述の状態遷移図を確認。

この中で使う状態がこれ。

んでシステムー構造図として抜き出したものがこれ。

一般的に工学で用いるシステム論としては、まったく問題の無い状態遷移図。このシステムは、最後の構成素候補「Go_to_home」を出力した時点でシステムとして終了する。
んでもオートポイエーシスとして記述しようとしても、記述できない。システムー構造図を見てみると、最後の構成素であるはずのブツが、なんらかの産出プロセスを行うための材料として用いられていない。まー工学で用いるシステムとしてはよくある話。キーを入力したら、画面に文字を出力して待機する、みたいなプログラム。んでも、構成素が産出プロセスの前提となり続けてループとなる、というオートポイエーシスシステムの条件を満たしていない。
こういうものを、オートポイエーシスシステム論の立場からはアロポイエーシスという。まー機械的なシステムという程度の意義。
オートポイエーシスにおける産出プロセスと構成素ってのは、システムを前提にして考えると、大雑把に工学で用いるシステム内での入力・出力としていいと思う。プロセッサへの入力が、(メモリの呼び出しを通じて)プロセッサからの出力を産み出す、という程度の理解でいいのかな、と。
構成素についても、語弊があるかもしれないけれども、次の産出プロセスを実行するための材料、という程度の理解でいいと思われる。(次の産出プロセスに関わらないパターンもあるけれども、ここでは割愛)
オートポイエーシス論における「システムにたいして入力や出力が無い」という表現は、「システムの外部から入力や出力が起こることがない」という意味。工学システムの立場からすると、IOの無いパソコンのようなシステムをイメージしてもらえると分かりやすいかと思う。IOが無くても、なんらかの有目的なシステムの場合、内部のモジュール同士で入力・出力があってひたすら動き続けるでしょ。AIBOのイメージみたいに。
工学システムにおける考え方と違う重要な点は、ループの重視。産出された構成素が、産出プロセスを行うための材料にならないといけない。テキストを出力して終了、というようなプログラムではオートポイエーシスによる記述はムリ、ということくらいは押さえておいたほうがいいのかなと思う。
9、オートポイエーシスシステムでの記述例
このループ。

んでシステムー構造図。

これが無限ループとして延々繰り返される場合、先に書いたみっつの前提が正しければオートポイエーシスとして記述できている。
もうちょいと複雑な事例。
状態遷移図がこれ。

システムー構造図がこれ。

ひたすら同じ産出プロセスを行っているだけのように見えるんだけれども、これもオートポイエーシスシステムの条件は満たしている(はず)。
擾乱によってさっきのように見やすいオートポイエーシスシステムとして変貌することもある。。
とりえあず作ってあった状態遷移図だけ示しておく。

面白ぇなーと思ったのは、このループが似たような産出プロセスを行っているという点。行っているという表現は、オートポイエーシス論の立場からこういう表現をするから。実際には、プログラマが意図的にこういうプログラムにしたもの。
なぜこういう意図でプログラムを作ったかというと、たんに似たような条件文の組み合わせが適当だったから。
で、よく見ると分かるんだけれども、この産出プロセスは、似たようなどころか「まったく同じ産出プロセス」を用いている。
この件について、オートポイエーシスシステムで面白い表現方法がねぇかなーと思って、構造的カップリングと一階言及システムが適用できないかどうかを検討してみた。結果は撃沈だった。
とりあえず、人工生命プログラムの状態によってはオートポイエーシスシステムとして記述できそうであることは分かった。次は先に書いたみっつの仮説では解決できない問題について。
工学的なシステム論と、オートポイエーシスシステム論との差異が見やすくなると思うので、先にオートポイエーシスとして記述できないパターンを列挙しておこうと思う。
前述の状態遷移図を確認。
この中で使う状態がこれ。
んでシステムー構造図として抜き出したものがこれ。
一般的に工学で用いるシステム論としては、まったく問題の無い状態遷移図。このシステムは、最後の構成素候補「Go_to_home」を出力した時点でシステムとして終了する。
んでもオートポイエーシスとして記述しようとしても、記述できない。システムー構造図を見てみると、最後の構成素であるはずのブツが、なんらかの産出プロセスを行うための材料として用いられていない。まー工学で用いるシステムとしてはよくある話。キーを入力したら、画面に文字を出力して待機する、みたいなプログラム。んでも、構成素が産出プロセスの前提となり続けてループとなる、というオートポイエーシスシステムの条件を満たしていない。
こういうものを、オートポイエーシスシステム論の立場からはアロポイエーシスという。まー機械的なシステムという程度の意義。
オートポイエーシスにおける産出プロセスと構成素ってのは、システムを前提にして考えると、大雑把に工学で用いるシステム内での入力・出力としていいと思う。プロセッサへの入力が、(メモリの呼び出しを通じて)プロセッサからの出力を産み出す、という程度の理解でいいのかな、と。
構成素についても、語弊があるかもしれないけれども、次の産出プロセスを実行するための材料、という程度の理解でいいと思われる。(次の産出プロセスに関わらないパターンもあるけれども、ここでは割愛)
オートポイエーシス論における「システムにたいして入力や出力が無い」という表現は、「システムの外部から入力や出力が起こることがない」という意味。工学システムの立場からすると、IOの無いパソコンのようなシステムをイメージしてもらえると分かりやすいかと思う。IOが無くても、なんらかの有目的なシステムの場合、内部のモジュール同士で入力・出力があってひたすら動き続けるでしょ。AIBOのイメージみたいに。
工学システムにおける考え方と違う重要な点は、ループの重視。産出された構成素が、産出プロセスを行うための材料にならないといけない。テキストを出力して終了、というようなプログラムではオートポイエーシスによる記述はムリ、ということくらいは押さえておいたほうがいいのかなと思う。
9、オートポイエーシスシステムでの記述例
このループ。
んでシステムー構造図。
これが無限ループとして延々繰り返される場合、先に書いたみっつの前提が正しければオートポイエーシスとして記述できている。
もうちょいと複雑な事例。
状態遷移図がこれ。
システムー構造図がこれ。
ひたすら同じ産出プロセスを行っているだけのように見えるんだけれども、これもオートポイエーシスシステムの条件は満たしている(はず)。
擾乱によってさっきのように見やすいオートポイエーシスシステムとして変貌することもある。。
とりえあず作ってあった状態遷移図だけ示しておく。
面白ぇなーと思ったのは、このループが似たような産出プロセスを行っているという点。行っているという表現は、オートポイエーシス論の立場からこういう表現をするから。実際には、プログラマが意図的にこういうプログラムにしたもの。
なぜこういう意図でプログラムを作ったかというと、たんに似たような条件文の組み合わせが適当だったから。
で、よく見ると分かるんだけれども、この産出プロセスは、似たようなどころか「まったく同じ産出プロセス」を用いている。
この件について、オートポイエーシスシステムで面白い表現方法がねぇかなーと思って、構造的カップリングと一階言及システムが適用できないかどうかを検討してみた。結果は撃沈だった。
とりあえず、人工生命プログラムの状態によってはオートポイエーシスシステムとして記述できそうであることは分かった。次は先に書いたみっつの仮説では解決できない問題について。
