2008/10/13  9:14

協賛金  分類なし

運動会が無事終わりました

小いさな地域の運動会の割には盛況なのがこの運動会の特徴なのですが
多くの方の協賛金によって成り立っています

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協賛者の中の当店の名前を密かに写したのは
労力を提供する上に資金まで提供する当店は偉いでしょ〜
(`^´)エッヘン!!
と言いたいところですがそんな事はどうでも良いのです

上段右から二番目にさりげなく書かれている「任天堂」に御注目下さい

「任天堂」は明治22年に創業した京都の老舗、

古くからこの学区内でカルタやトランプの製造に携り、
私の家の周囲にも任天堂の下請け仕事をする方が大勢おられました

私の幼少期も会社周辺で遊んだ親しみ深い地域密着型の企業でありましたが
1980年頃から大きな翼を広げ始め、
やがては世界へと飛び立ったまま、何処かへ行ってしまわれました

それでも一部はこの地域に残っており
昔からの名残で協賛をいただいておりますが
この地域の出世頭として誇りに思い
世界中での御活躍を楽しみにしております

2008/10/11  8:58

龍馬暗殺  分類なし

幕末の勇士「坂本龍馬」は依然根強い人気を保っておりますが
暗殺された場所は以外と知られていない事を知りました

誰に?なぜ殺されてしまったのか。。。

未だ謎の多い暗殺事件ですが
その場所は紛れも無くここです。。。

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龍馬は新型鉄砲・西洋服からブーツまで
当時は誰も持っていない珍しいものを好んで身に付け
とにかく目立つのが大好きな人物だったと思われます

現代では幕末の勇士の中心人物の様に思われがちですが
政治への影響力は比較的低く、むしろついでに殺されてしまったと言われている
「中岡慎太郎」の方が存在意義が強かったと考えられます

この地に来て「龍馬はなぜ殺されてしまったのか?」
をじっくり考えているとふと思い立った事がありました

これだけ頑丈にシャッターを閉めておけばこんな事にはならなかったはず!!

と言えば少し馬鹿げた話に受け取れられそうですが実はそんなことはありません

天保時代にすでに木製ではありながらイギリスでシャッターの
開発も行われ、かなり頑丈で効果を発揮していた様です

龍馬が無くなった数年後にはスチール製も完成している事から
海外文化は日本より数段進化していたと言う事です

攻撃的な性格の坂本龍馬は、目立つ事意外に防御面も
海外から吸収して欲しかったと考えているのは私だけかもしれませんね〜

≧(´▽`)≦あははは

2008/10/10  9:24

休日大工  分類なし

昨日の定休日は非常にのんびり過ごしました

午前中は周囲の商店街散策を兼ねての銀行業務、
午後は軽く倉庫整理をしながら大工仕事を楽しんみ
夕方にはサッパリ散発をしてきました

大工仕事は相変わらずで、派手に電動ノコギリの音を響かせている割には
出来上がったものはこれひとつだけ。。。

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人二人がやっと座れる大きさの椅子の様なテーブルの様な。。。

土台には余り木を使い天板だけは昔の箪笥の綺麗な杉板を使いました

かなり不安定なので座るのは禁止!
藻のを置くと綺麗な杉板が見えにくくなるのでそれも禁止!

ではどう使えばいいのでしょうね〜

大根足椅子やギシギシ椅子に続いて出来上がったこの作品は
これから使い方に頭を悩めそうです。。。

2008/10/8  21:35

策略  分類なし

赤と黄色にピンクに。。。庭で一人ではさみを入れる

さて、私は一体何をしているのでしょうか?

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これはクイズでは無く知っている方がおられたら教えてもらいたいと思っています

事の発端はいつもの様に夕方帰ってきた姪っ子が
「ただいま〜」の声と共に私の前を走り去り
梨の入っていた容器と水を入れたジョウロを持って庭へ出た

何をするのか見に行くと容器に水を均等に注ぎ
そこに絵の具で色を付け出した
なかなかカラフルで綺麗だなっと見ていると
次にハサミを出して切り出した

その時、「代わりに切っておいて!!」と言い、その場を離れたので
何を目的としているのか解らぬまま言われるまま丁寧に切っていました

完全に切り終えても一向に帰ってくる気配も無いので探しに行くと
なんと顔ぐらいの大きなジャンボアイスモナカを食べながら
テレビに熱中しているではないですか。。。

結局、アイスモナカを独り占めするための私の足止めをしていた様です

一人黙々と庭で意味不明な事をする中年男性の姿は奇妙で
誰にも見せたく無いですが

これもやっぱり「女に騙された」と言うべきなのでしょうか?


2008/10/7  9:56

文化の継承  分類なし

ブログを振り返えると夏の終わりに随分地蔵さん話をしていましたね

仏像に詳しい方や地元の古い方々に随分相談した結果
私の言い分が正しかった事を確証出来ましたが
ただ一つ誤解していた事はお寺さんが
この地蔵さんの移動を好んでいないと思い込んでいた事でした

その事でこれからの地蔵さんの取り扱いについて話てみたところ

「出来れば年に一度虫干しがてら表に出して披露したい
難しい役割ではありますが何とか引き受けてもらえないですかね〜」

と丁重に頭を下げられてしまいました

その代わり、傷みの責任なんて負わしたりしない事も了承していただき
大役を引き受ける事になりました

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子供達をじっと見守るすばらしい表情をじっと見つめて下さいね

元藤原家所蔵、現法性寺安置の「地蔵菩薩立像」を
年に一度だけ私が触る事になりそうです

2008/10/5  9:23

捕虜収容所  分類なし

私の店の初代が亡くなった年、明治三十七年は
日露戦争勃発の年でもありました

その時二代目は35歳の働き盛りでいよいよ製茶から酒類への
変貌が始まった頃でもあります

その頃の東福寺はどんな様子だったかと言うと
実は日露戦争のロシア兵捕虜収容所として活用されていました

捕虜収容所と聞くと虐待や拷問が繰り広げられていたかに思えてしまいそうですが
ロシア兵をむしろ保護するような役割で
優雅にのんびり過ごしていた様です

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自分達で楽器を作り綺麗な庭を見ながらそれを演奏し、
戦争が終結すると「お世話になったね」「ありがとね〜」って感じでしょうか
楽器を東福寺に残して自国へ帰って行かれた様です

実はこの私、未だ海外へ行ったことは一度も無いのですが
二代目は当時にしては珍しくロシアへ渡った事があるそうです

東福寺にいたロシア兵達と何らかの接触が関係しているのか否かは
今の私には興味のあるところです

楽器の作り方でも教えてもらえば良かったのに。。。

2008/10/3  10:14

歴史書 2  分類なし

前回の続きになります

8月のブログにこんな事を書いてましたね
http://diary.jp.aol.com/applet/h3dje84wfp/20080809/archive

実は地元に居ながらこの所在を知らなかったのですが
知った理由は歴史書の中のこの文でした

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じっくり集中して読まないと何が何やらさっぱりわからない難しい本ですが
解りだすと感情まで伝わってくる意味深な本です

それはさて置き「織田信長」の件ですが
これを読んでいるとどこで殺されたかは別にして
「本能寺の変」の時、信長はそこに居なかった事になっています

つまり明智光秀は織田信長不在の本能寺を襲撃したとも考えられますね

その上、光秀も秀吉もあちこちの寺院に銀を寄付しまくっている事から
毛利の石見銀山の資源が両者に回っていたとも考えられます

これ本の資料には信長が亡くなる前月に毛利と秀吉の和議が成立していたりします

これは信頼度が低い資料の扱いをされていますが
もし本当なら日本史がひっくり返る大変な事ですね

しかもこの資料の出所は和議の仲介に入った人物の周辺から
出ているのもポイントが高いです

詳しく考えれば余計に深まる謎。。。。。
皆さんがそれぞれで考えてみれば面白いと思います

2008/10/1  17:48

歴史書  分類なし

今、歴史書を読んでいます

この歴史書はこの地域の出来事を中心に書かれている本で、
これを読んだおかげで当店の創設当時の様子やその後の流れを
知る事が出来、ここでもお話した事もあります

この本の存在を知ったのは二年ぐらい前でしたが
本屋さんに探してもらったりネットで探したり
古本屋さんに尋ねたりしても見つかりませんでした

それが今年の春に縁があったのか入手出来、
時間のある時にはゆっくり集中しながら読み続けています

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ただ、今のドラマや歴史小説と比べこの本は何の先入観も無く
誰を英雄視する訳でも無いので、正誤はともかくとして
「野史」・「雑記」等もそのままリアルに掲載しているので面白いです

この本を読んで私の家が元々東福寺の敷地であった事や
通天橋の楓の伐採記録や経緯、そしてひとつひとつの建物の
造られた理由や建造者と年月日までわかってしまいます

でもそれより「織田信長」が殺された場所が
本能寺以外の場所が記されているのには驚きました

歴史はミステリー

これはここだけの話として次回に紹介したいと思います


2008/9/30  17:31

金銀扇  分類なし

扇子の一種に「金銀扇」というものがあります

舞扇や飾り扇に使ったり茶室用に使ったりと用途は様々ですが
最近のものは塗料で金銀の色付けをしたものが大半です

さて、いつもの如く扇子職人さん宅へ伺うと
いきなり見せて下さった二種類の金銀扇は
どちらが高価な本物でしょう〜

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実は下が本物なのですが答えを知ると確かに落ち着いて
風格がある様に思えてくるのも不思議ですね

もちろん本物は片面が金箔、ではもう片方は銀箔かと思えば違うそうです。。。

銀箔は次第に黒ずんでしまうので最近はプラチナ箔を使うのが一般的だそうですが
何やら持っているだけで優雅な気分が味わえそうですね

塗料で色付けしたものは通常二千円から三千円ぐらい

本物は骨も漆塗りの蒔絵のついたものを使ったりするので
八万円ぐらいがおおよその相場の様です

今回のこの仕事は別注で10枚程度つくるそうですが
プラチナの硬度が金箔と違い作業は難しく
もしひとつでも失敗したら日当は飛んでしまうどころか
こっぴどく叱られる様で慎重かつ慎重に作業するそうです

このほか、一流寺院の直筆や日本画家の本物の絵など
日頃は見られない美術品まで拝見してきました

2008/9/29  13:40

PTA会長  分類なし

地域の仕事に関与するとPTAの方との接触も増えてきます

昨年は私の妹がPTA会長の役をしていたので何かと動き易かったのですが
今年の春には引継ぎの件で随分心配をしていた様です

小さな学校とは言えPTA会長にもなれば自治連合会や
あらゆる組織との接触も多くなり、
ただでさえ忙しいこの時代に多くの仕事が
降りかかる大変極まりない役員仕事になります

引継ぎ会議の時、「どなたか会長になっていただけますか?」
なんて聞いて「はい!!」と答える人なんているわけがありません

と思ったら一人手を上げた人がおられたそうです。。。

あらゆる学校行事の中心になり、大勢の人前でも挨拶する機会の多い
大変な役柄をあっさり引き受けるなんてすごい人がいるもんだ
と関心していたらなんとその人こそ私の同級生でしかも親友でした

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これは中学時代の遠足の写真ですが、毎日の様に長い通学路を一緒に帰り
何かと遊んだ懐かしい親友との再会になりました

実は誕生日も同じ、つまり全く同じ日に生まれた仲良しでもあり
地元に残っている数少ない同級生でもあります

まもなく運動会で一緒に働く事になると思いますが
昔の様に仲良く頑張りたいと思います

ちなみに写真の小さい方が私です

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