2008/7/17  14:15

2008/06/19  分類なし

一難去ってまた、一難ならいいが、ボクらのような映画を作っていると、一難一難去らずに、次々と難題が降りかかって来る。
それでも、何とか乗り越えないといけない。
が、「辞める」の言葉は、そうおいそれと、出すものじゃない。
しかも、自分の決めたキャストを全部降ろすなどと言う暴挙は、許せるものではない。

唐桑の川瀬に、電話。
昨日、メールで送られてきた、病院の写真の感想を言う。
四時から、「コージーコーナー」で、事務所の人に、台本を渡す。
別れて、「翁庵」で、焼酎。
ふらふらと神楽坂をロケハン。
クリーニング屋の店内に、ランタンが並んでいるので、何かと思って眺めていたら、これだ!と言うのを見つけて、二つ、買う。
「BRONX」で、ワイン。そして、ギネス。
下田、来る。
割り台本の第一稿を渡す。
これで、ロケハンにのぞむ。
地下鉄で寝てしまい、危うく、また新木場まで行くところをギリギリで、飛び出して、セーフ!
帰宅して、なぜかオレンジジュースを飲む。

今日は、山本恵三さんの告別式。
昨日の通夜も、今日の告別式にも、ボクは、ついに行かなかった。
随分と悩んだが、
「先週、恵三さんとは、別れを告げたのだから」
で、ボク自身を納得させた。
思えば、恵三さんは、63歳でこの世を去った。
それは、つまり、トリュフォー監督と同年に亡くなったと言うことなのだけれども、恵三さんと言う人も、「女たちを愛した男」で、トリュフォーに共通している。
顔は、ウディ・アレンのようだけれども、男にも、女にも愛された男だったと思う。
だから、ボクは、「もう十分でしょ?」と思わないではいられない。
東京で、ひとりボクのように、孤独を紛らわせている人間に比べたら、あなたの人生は、何十倍も、楽しいものだったんでしょ? だから、良いよね。あんたのことは、しばらく、忘れます。
で、呑んでいた訳だけれども、私淑した二人の人(渡さんと、恵三さん)、そして、父と母。トリュフォーだって、とっくにいない!!
みんないなくなってしまった。




コメントを書く


この記事にはコメントを投稿できません


RSS1.0