2008/5/18  16:26

光市母子殺人事件遺族、本村洋氏の手記を読む  今、興味あること(教育など)

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読み手は手記を通して、本村氏の苦悶と苦闘の9年間を追体験する…



 私は戸締まりにはかなり気をつけている方だと思う。日中一人の時は鍵だけでなくチェーンも掛けている。インターフォンが鳴っても、モニターでまず無言で確認し、少しでも不審な点があれば居留守を使う。それでも最近まで、夫や息子の帰りコールがあれば、彼らが自宅に到着するであろう時間を見計らって、ドアの鍵を外していた。

 しかし、ある映画を見てから、それも止めた。その映画では、或る男がズボンの後ろポケットにハンマーを忍ばせ、昼下がり時に住宅街を歩きながら、手当たり次第に人家の門扉や玄関ドアの施錠を確認するのだ。そして、たまたま子供の帰宅時間で門扉にもドアにも施錠していなかった家に侵入し、そこの一家を惨殺するのである。このシーンを見てから、片時も施錠せずにはいられなくなった。

 私が用心深いのにはもうひとつ理由がある。新婚当時住んでいた横浜で怖い経験をしたからだ。朝、夫を送り出して1時間近く経った頃、インターフォンが鳴った。当時住んでいたのは木造2階建てアパートの1階部分。ドアは薄い板1枚で、ドアチェーンも付いていない。もちろん、インターフォンにモニターなんてついていない。

 8時になるかならないかの時間に、宅急便にしては早いなと思い、無言でドアの覗き穴から外を覗いた。作業着姿の男性が立っていた。「どなたですか?」と聞くと、その人はさも荷物のある方向に視線を落とすかのように、右手下方に目を遣りながら「宅急便です」と答えた。その時まだパジャマ姿で、出るのが億劫だった私が「すみません。今ちょっと出られないので、後でもう一度来てはいただけませんか?」と頼んだら、その人はあっさり「分かりました。後で伺います」と言って帰っていった。

 しかし、その人が再び我が家を訪ねて来ることはなかった。翌々日、「宅急便強盗」なる、宅配業者を装って強盗を働く犯人が逮捕されたと言う記事が新聞社会面に載っていた。件の男性がその犯人だったかは知る由もないが、もしそうだったらと想像すると、やはりゾッとした。今から20年前のことである。


 9年前の4月半ば、山口県光市の社宅にいた本村弥生さん(当時23歳)は、水道設備会社の社員を装った18歳の少年に絞殺されたのち陵辱された。生後11ヶ月の夕夏ちゃんも床に頭から叩きつけられた挙げ句絞殺された。その7時間後、残業を終えて帰宅した本村氏は妻の変わり果てた姿を押し入れの中で発見するのである。その衝撃たるやどれだけのものだっただろう?しかも彼は動揺のあまり、妻の亡骸を抱きしめてあげることもできないまま、警察に通報後、第一発見者として警察に連行された為、娘、夕夏ちゃんが押し入れの天袋で発見されたことを警察で知ることとなる。このことが後々彼を自責の念で苦しめることになったと言う。

 手記は400字詰め原稿用紙50枚に及ぶ。遺体発見から、4月の死刑判決に至るまでの被害者遺族としての9年間の苦悶と苦闘が、感情を極力抑制した筆致で綴られている。そこで明らかにされているのは、日本の司法制度における被害者及び遺族の権利保護の欠如と、裁判の前例主義、相場主義の欺瞞、そして少年法の矛盾である。更に加害者弁護の節度を問うている。

 私の母はいつも「都会は雑多な人間がいるから気をつけて」と注意を促すが、今や犯罪に都会も田舎もない。現に長閑な田園地帯でも陰惨な事件が起きている。つまり誰もが犯罪被害者、その遺族になり得るということだ。残念なことだが、9年前の本村氏もそうだった。その悲劇を乗り越えるべく、彼は他人には想像もつかない程の苦悶と思索を重ね、彼自身の辛い体験を個人的苦悩から社会的関心へと昇華させた。そのプロセスを、彼の手記を通して追体験することは、同じ社会を生きる者として、より良い社会を築く担い手のひとりとして、必要なことではないかと思う。できるだけ多くの人に是非読んで貰いたい。

 本村氏は手記の中で、妻、弥生さんと娘、夕夏ちゃんとの思い出の記憶が薄れ行くことに一抹の寂しさを感じているようだが、「忘却」は人間の苦しみや悲しみを癒す作用もある。時を経て、お二人にまつわる悲しい思い出は忘却の彼方に追いやられ、楽しい思い出や美しい思い出だけが結晶化されて、本村氏の中で生き続けるのではないだろうか?人間は「忘れられる」からこそ、前を向いて生きて行けるのだとも思う。手記の結びの言葉にもあったように、今回の判決を一区切りとして、彼には新たな人生を歩んで欲しい。彼が残りの人生を充実させることが、亡くなられたお二人の何よりの供養になると思うからだ。

【ブログ内参考記事】
映画『ノーカントリー』レビュー
映画『接吻』レビュー

 私はこの手記を読みたいが為に、初めて『WiLL』という雑誌を購入した。いささか辛辣な、『朝日』を中心とするメディアへの批判で知られる?元週刊文春編集長の花田紀凱氏が手がける雑誌らしい。他の記事もザッと読んだが、主義主張、見解の相違はともかく、おしなべて率直な物言いが小気味良かった。多角的に物事を眺める眼を養うのに、雑誌や書籍に関して「食わず嫌い」は禁物である。蛇足ながら、九段靖之介氏の筆になる「裁判員制度」についての裏話は興味深い内容だったし、元『朝日』の秋山登氏による映画「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」のレビューは、私が見て感じたことをすべて網羅していて、おかげでここにレビュー記事を書く気力が失せてしまった(苦笑)。



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