2008/7/20 9:24
ルーヴル・DNPミュージアムラボへ行って来ました♪ 文化・芸術
昨日は、ボランティア仲間数人と自主研修の形で、五反田にあるルーヴル・DNPミュージアムラボに行って、ドキュメンタリー映画『クラス・ルーヴル』を見て来ました。
ルーヴル・DNPミュージアムラボとは、2006年10月から、ルーヴル美術館とDNP大日本印刷(株)が行っている期間限定の共同プロジェクトのようで、私もボランティア仲間を通じて今回初めて知った次第です。
今回は施設内のシアターで、パリ市内のある公立高校に設置された「クラス・ルーヴル」と呼ばれる、ルーヴル美術館と密に連携した授業を行っているクラスの活動を記録したドキュメンタリー映画『クラス・ルーヴル』を見ました。
特に美術に関心を持つ生徒(←この点は曖昧。本人がわざわざこの特別クラスを希望したのだから、一般の生徒よりは関心が高い、と私は解釈しました)が集まったクラスとは言え、最初はどのように美術作品と向き合えば良いのかさえ分からない生徒たち。しかしルーヴル美術館の全面協力の下、教師の丁寧な指導(←例えば、課題作文を添削の上返却する時に、生徒ひとりひとりに対して丁寧かつ的確なコメントとアドバイス。少人数クラスだからこそ可能なことかもしれませんが、そのきめ細やかな指導は羨ましい)もあって、徐々に作品との関わり方を学んで行きます。
高校生ながら(もちろん個人差はありますが)、自分の意見を表現力豊かに言える生徒たちに、彼我の違いを感じたのは私だけではないでしょう。とにかく暗記一辺倒ではなく、生徒たちに自分の頭で考えさせる。対象について深く掘り下げて考えることを促します。フランスの学校教育の奥深さの一端を、この映画で知ることができたような気がします。
ボランティア仲間のひとりにフランス語に堪能な人がいて、フランス語のテストについての興味深い話を聞きました。語学のテストと言っても、単にボキャブラリーを問う穴埋め問題ではなく、あるテーマについて自分の考えをエッセイ形式で書かせたりするのだそうです。もちろん文章中の文法的チェックも行うのですが、同時にフランス語を使ってどれだけ表現できるかを問う。さすが哲学を重んじる国ですね。理屈っぽいと言えば理屈っぽいですが(笑)。こういう教育を重視している国に、いまだ暗記中心の日本が国際舞台で論を戦わせても勝てるわけがありません。
因みにこの施設は、情報機器を用いたりするので1日の入館受け入れ数に制限があり、観覧予約をした上での利用になるようです。興味を持たれた方は公式サイトから観覧予約の上、ご利用なさってみてはいかがですか?
◆ルーヴル・DNPミュージアムラボ公式サイト
2008/7/23 18:54
投稿者:管理人はなこ
2008/7/23 18:42
投稿者:はなこ
cherryさん、こんにちは♪
>国際機構や外資系では日本人はなるべく雇わないんだそうです。英語ができないだけでなく、例えできても議論したり、説得力に欠けるしプレゼンも十分できないし、って。
う〜ん、困りましたね。国際社会で自らの国益を守るためには、他国と同じ土俵で論を戦わせなければならない。自己主張や自己表現が苦手な日本人には辛いですね。
若い世代のアートやファッションの分野での自己表現力は世界的に見てもなかなかのものだと思いますが、”論戦”となるとまだディベート教育が学校教育の場できちんと行われていないので、自分の意見を主張し相手を納得させる能力は育っていないようですね。そもそも指導できる人がいないのかも。
元々「あ、うんの呼吸」で互いの気持ちを忖度して穏やかに物事を処理する社会なので、日本人は理論武装して相手を言い負かすことに慣れていない。しかし国際社会では強気の交渉でなければ国益を損ないかねない。だからどうしても「交渉術」を体得する必要がある。
ディベートの本場から講師を招聘して、鍛えるしかないのでしょうか?もしくは本場へ留学する。一部の教育機関では既にディベート教育を実施しているのかもしれませんが、これを全国的に、国策として徹底しなければ、日本は国際社会で国益を損ない続けることになるのでしょう。日本人が能力的に劣るというわけではけっしてない。ただテクニックを習得していないだけと信じたいですが、ディべート先進国に追いつくのは大変でしょうね。
日本の、特に若者が、就職の面で理不尽な扱いを受けているのに、一致団結して政府に抗議するどころか、自身を矮小化して内向きになったり、破滅的になって無差別殺傷事件を起こしたりする。これは戦後教育の失敗なのか?或いは、意図的にそのような国民教育を行った結果なのか?私も米国陰謀説は聞いたことがありますが、真偽のほどは不明ですね。
>国際機構や外資系では日本人はなるべく雇わないんだそうです。英語ができないだけでなく、例えできても議論したり、説得力に欠けるしプレゼンも十分できないし、って。
う〜ん、困りましたね。国際社会で自らの国益を守るためには、他国と同じ土俵で論を戦わせなければならない。自己主張や自己表現が苦手な日本人には辛いですね。
若い世代のアートやファッションの分野での自己表現力は世界的に見てもなかなかのものだと思いますが、”論戦”となるとまだディベート教育が学校教育の場できちんと行われていないので、自分の意見を主張し相手を納得させる能力は育っていないようですね。そもそも指導できる人がいないのかも。
元々「あ、うんの呼吸」で互いの気持ちを忖度して穏やかに物事を処理する社会なので、日本人は理論武装して相手を言い負かすことに慣れていない。しかし国際社会では強気の交渉でなければ国益を損ないかねない。だからどうしても「交渉術」を体得する必要がある。
ディベートの本場から講師を招聘して、鍛えるしかないのでしょうか?もしくは本場へ留学する。一部の教育機関では既にディベート教育を実施しているのかもしれませんが、これを全国的に、国策として徹底しなければ、日本は国際社会で国益を損ない続けることになるのでしょう。日本人が能力的に劣るというわけではけっしてない。ただテクニックを習得していないだけと信じたいですが、ディべート先進国に追いつくのは大変でしょうね。
日本の、特に若者が、就職の面で理不尽な扱いを受けているのに、一致団結して政府に抗議するどころか、自身を矮小化して内向きになったり、破滅的になって無差別殺傷事件を起こしたりする。これは戦後教育の失敗なのか?或いは、意図的にそのような国民教育を行った結果なのか?私も米国陰謀説は聞いたことがありますが、真偽のほどは不明ですね。
2008/7/22 16:08
投稿者:cherry
http://cherry5australia.blog62.fc2.com
http://cherry5australia.blog62.fc2.com
日本の受験勉強一辺倒な教育は、いもうい加減見直さないと国際社会で太刀打ちできないですよね。
実際、国際機構や外資系では日本人はなるべく雇わないんだそうです。英語ができないだけでなく、例えできても議論したり、説得力に欠けるしプレゼンも十分できないし、って。
自己主張がないっていうのは国際社会では不利ですよね。
自分が何を感じどう思うか。それを小さい頃からきちんと自分の言葉で表現する能力って絶対必要だと思います。
語学を学ぶ方法もやはり違いますね。だから国政にも国民は黙っていないんですよね。きちんと自分たちの権利を主張する。
日本は政府のいいなりですもん。あるいは政府はそれが目的だったりして・・・?それが戦後のアメリカの策略だということもよく聞くけど、まんざら嘘でないのかも? って思えるところが恐い!
私も見たい映画です。(見えないのが残念)
実際、国際機構や外資系では日本人はなるべく雇わないんだそうです。英語ができないだけでなく、例えできても議論したり、説得力に欠けるしプレゼンも十分できないし、って。
自己主張がないっていうのは国際社会では不利ですよね。
自分が何を感じどう思うか。それを小さい頃からきちんと自分の言葉で表現する能力って絶対必要だと思います。
語学を学ぶ方法もやはり違いますね。だから国政にも国民は黙っていないんですよね。きちんと自分たちの権利を主張する。
日本は政府のいいなりですもん。あるいは政府はそれが目的だったりして・・・?それが戦後のアメリカの策略だということもよく聞くけど、まんざら嘘でないのかも? って思えるところが恐い!
私も見たい映画です。(見えないのが残念)








論理的思考力、問題発見力&解決力も、幼いころからの教育的訓練で身につけなければならないのでしょう。しかし指導できる大人がどれだけいるのか?身近な親はどうサポートしたら良いのか?
国として、フィンランド教育から学べるのであれば、学んでほしい。いったい日本は国として、どのような国民を必要としているのか?学習指導要領の迷走ぶりを見る限り、全然見えて来ません。