2008/1/23  6:20

品川湊 5  港  HRABOUR/PORT

江戸湊

東京都港湾局の東京港の歴史を読んでみた。江戸湾には三つの港があったようである。最古のものは隅田川を遡った浅草寺近くにありこれを石浜湊と読んだ。当時はそのあたりが隅田川の河口であったそうだ。現在の台東区橋場町あたりという。

また江戸湊は日比谷入江にあり江戸城に最も近かった。現在の常盤橋あたりがその中心であったという。そしてここから芝浦あたりまでが湊であったという。今は常盤橋公園と呼ばれる小さな公園があり、江戸期の大木戸の跡も残る。自分は常盤橋を見下ろすビルの10階の勤め先に30年以上通ったが、そこが江戸湊とはついぞおもわなかった。

品川湊は目黒川の河口にできた遠浅のため、「船は沖に泊まり、小船で貨物を運んだ」と書かれている。以前にのべた推測は当たっていた。現在とは違い河岸は小型の艀の接岸の場所であった。いわゆる千石船は沖に停泊し帆柱を並べていたのであろう。

石浜港・江戸湊・品川湊はそれぞれが指呼の間にありながら、それぞれの役割を担っていたのであろう。江戸の米蔵に入れるべき米俵を品川で揚げてしまえば、そのあとは小船か陸路かで運ぶことになる。できるだけ接近して揚げ荷したと考えれば、米は石浜湊(浅草寺近く)まで運ばれたのだろうか。米以外の生活必要物資のうち食料だけを考えても膨大な数量の貨物が江戸に集中した。

<芝浦風景:この絵にはお台場が描かれている>
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