2008/11/21 7:34
品川客車区で憩う「さくら」「はやぶさ」「みずほ」 ブルートレイン:機関車・客車
おはようございます。
1週間の疲れが絶好調に出て、知らぬ間に気を失ってしまいました。
時間が無いので取り急ぎアップいたします。

昭和55年 品川客車区にて 「さくら」「はやぶさ」「みずほ」
皆さんも品川客車区で憩うブルトレの写真を撮ったことがあると思われますが、大抵は品川駅から洗浄線に向けてのアングルかと思われます。
これは横須賀線が地上から地下へ、総武線快速との乗り入れが始まるのを気に、横須賀線の車内からの風景写真を撮るために乗った際、東京機関区脇を通過するときに撮ったものです。
この倍率から見て、おそらく車内から300mmレンズで撮ったものと思われます。当時はそんなに目も悪くなかったので、手持ちでピントを合わせながら列車を撮ると言う芸当も出来た頃でした。今となってはそんなことは不可能なほど目が悪くなってしまいました・・・。
当時のブルトレの乗車率は知る由もありませんが、本数的には廃止列車もなく、品川客車区もブルトレ全盛だったと言えると思います。
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1週間の疲れが絶好調に出て、知らぬ間に気を失ってしまいました。
時間が無いので取り急ぎアップいたします。
昭和55年 品川客車区にて 「さくら」「はやぶさ」「みずほ」
皆さんも品川客車区で憩うブルトレの写真を撮ったことがあると思われますが、大抵は品川駅から洗浄線に向けてのアングルかと思われます。
これは横須賀線が地上から地下へ、総武線快速との乗り入れが始まるのを気に、横須賀線の車内からの風景写真を撮るために乗った際、東京機関区脇を通過するときに撮ったものです。
この倍率から見て、おそらく車内から300mmレンズで撮ったものと思われます。当時はそんなに目も悪くなかったので、手持ちでピントを合わせながら列車を撮ると言う芸当も出来た頃でした。今となってはそんなことは不可能なほど目が悪くなってしまいました・・・。
当時のブルトレの乗車率は知る由もありませんが、本数的には廃止列車もなく、品川客車区もブルトレ全盛だったと言えると思います。
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2008/11/20 0:55
訂正記事:「ニセコスキー」???キハ27−1 国鉄・JR気動車・客車(その他)
こんばんわ。
昨夜帰ってきて驚いちゃいました。写真が違うというツッコミが入り、なるほどその通りだったので・・・。
なんで驚いちゃうほどかと言うと、この写真はリバーサルなのですが、おそらく20年位前に雑誌に投稿した時、スライドマウントにちゃんと「遠軽駅」って書いてあるんですよ。
プリントアウトしていなかったので、架線が写っているところは確認していなかったのですが、自身では「遠軽駅」とずっと思い込んでいたので、印象だけで疑う余地が全くなかったのでしょう。そして、今回スキャニングで画像編集までしているのに、それですら全く気が付かなかったのだから呆れ返ります。

昭和56年3月
じゃあ、この写真は行った何よ・・・ってことになるわけです。お蔵入りしちゃえば後が楽なんですが、トップナンバーの貴重な写真を捨てるわけにも行きません。
そこで、28年振りに改めて検証してみることにしました。
電化区間で駅撮りしたことがあるのは、ある程度規模のターミナルであることを考えると、札幌・滝川・旭川くらいしか思い浮かばない。
しかし、ここに一つのヒントがあります。

昨日アップしました「キハ27 1」のナンバーです。
それとこのサボを比較します。

「ニセコスキー」 サボ
ほぼ同じ色調のスライドがあり、撮影条件が似ていることが判ります。
しかも、このスライドどうしは隣のコマで番号が繋がっているんです。
そして今、ようやく納得できたのです。
この写真は札幌駅。キハ27トップナンバーが連結された列車は、函館本線(山線)の急行「らいでん2号」。そして、季節併結となるのが「ニセコスキー」&「岩内スキー」。
当時の時刻表によると、昭和56年3月29日までの土休日は、「ニセコスキー」(札幌〜蘭越間)と「岩内スキー」(札幌〜小沢間)を「らいでん2号」に併結すると記してあります。
過去この写真を遠軽駅での撮影と記憶していたことで、「ニセコスキー」のサボの写真がつじつまが合わなくて悩んだこともあったのです。長く保存している間に36枚撮り3本のスライドが混じってしまい、時系列が合わなくなってしまったからです。
これらの検証の結果、長年閊えていた疑念がようやく晴れたような気がします。
1つ解からないのは、右側の急行の写真。時刻表によると、同時刻に接している急行列車がないのです。強いて挙げるとすれば、「らいでん2号」の35分前に発車する「えりも2号」か、50分後に発車する季節急行「すずらん2号」ですかね。
いずれにしても、私の思い込みから誤りを記述してしまいましたので、改めましてお詫び申し上げます。m(_ _)m
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昨夜帰ってきて驚いちゃいました。写真が違うというツッコミが入り、なるほどその通りだったので・・・。
なんで驚いちゃうほどかと言うと、この写真はリバーサルなのですが、おそらく20年位前に雑誌に投稿した時、スライドマウントにちゃんと「遠軽駅」って書いてあるんですよ。
プリントアウトしていなかったので、架線が写っているところは確認していなかったのですが、自身では「遠軽駅」とずっと思い込んでいたので、印象だけで疑う余地が全くなかったのでしょう。そして、今回スキャニングで画像編集までしているのに、それですら全く気が付かなかったのだから呆れ返ります。
昭和56年3月
じゃあ、この写真は行った何よ・・・ってことになるわけです。お蔵入りしちゃえば後が楽なんですが、トップナンバーの貴重な写真を捨てるわけにも行きません。
そこで、28年振りに改めて検証してみることにしました。
電化区間で駅撮りしたことがあるのは、ある程度規模のターミナルであることを考えると、札幌・滝川・旭川くらいしか思い浮かばない。
しかし、ここに一つのヒントがあります。
昨日アップしました「キハ27 1」のナンバーです。
それとこのサボを比較します。
「ニセコスキー」 サボ
ほぼ同じ色調のスライドがあり、撮影条件が似ていることが判ります。
しかも、このスライドどうしは隣のコマで番号が繋がっているんです。
そして今、ようやく納得できたのです。
この写真は札幌駅。キハ27トップナンバーが連結された列車は、函館本線(山線)の急行「らいでん2号」。そして、季節併結となるのが「ニセコスキー」&「岩内スキー」。
当時の時刻表によると、昭和56年3月29日までの土休日は、「ニセコスキー」(札幌〜蘭越間)と「岩内スキー」(札幌〜小沢間)を「らいでん2号」に併結すると記してあります。
過去この写真を遠軽駅での撮影と記憶していたことで、「ニセコスキー」のサボの写真がつじつまが合わなくて悩んだこともあったのです。長く保存している間に36枚撮り3本のスライドが混じってしまい、時系列が合わなくなってしまったからです。
これらの検証の結果、長年閊えていた疑念がようやく晴れたような気がします。
1つ解からないのは、右側の急行の写真。時刻表によると、同時刻に接している急行列車がないのです。強いて挙げるとすれば、「らいでん2号」の35分前に発車する「えりも2号」か、50分後に発車する季節急行「すずらん2号」ですかね。
いずれにしても、私の思い込みから誤りを記述してしまいましたので、改めましてお詫び申し上げます。m(_ _)m
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2008/11/19 1:14
冬の遠軽駅で 急行「大雪」「天都?」 国鉄・JR気動車・客車(その他)
こんばんわ。
北海道ではとうとう雪の季節を迎えるようです。都心でもかなり寒くはなってきましたが、まだコートを着ると会社に付く頃には汗を掻いてしまいますね。
でも、明日辺りから強烈に冷え込んでくるようなので、そろそろ用心が必要かもしれません。
さて、北海道でも雪の便りが聞こえてきそうということですので、今まで温めておいた冬の北海道ネタをアップしてみようと思います。
石北本線といえば、当時日本で唯一のカタカナ特急「オホーツク」と長躯函館〜網走間を往復していた「おおとり」が花形であったわけですが、両列車とも1往復のみの設定で、庶民としてはやはり急行「大雪」がメジャーな優等列車であったと思います。
昭和55年の時刻表を見ると、1日5往復の「大雪」が設定されており、4往復が昼行のディーゼル、1往復が寝台車を連結した夜行急行でした。テツとしては昼間のディーゼル急行よりも夜行列車を多用した、と言いますか、夜行しか乗ったことがない方も多いのではないでしょうか。
急行「大雪」は、その多彩な運用面からも大変興味深い列車です。1往復は釧網本線経由で旭川〜釧路〜札幌を走破し、下りでは名寄本線の興部行き、さらに驚くことは、上りの名寄発〜名寄本線〜遠軽〜札幌なんてとんでもないコースを走破する列車もありました。
さすがに好んで乗るような列車ではありませんが、ちょうど9時間も掛かるこの列車は通しで乗る人なんてまず居なかったのではないでしょうか。

昭和56年3月 石北本線 遠軽駅にて 急行「天都?」or「大雪」
右側の列車がキハ56とキハ27の2両編成を組んだ急行ですが、遠軽時点における「大雪」でこのようなショボイ編成は無いと思います。すると、急行「天都」の可能性があるのですが、先程お話しましたとおり、名寄から遠軽まで普通列車で来て、網走からの急行と併結して札幌へ向かう「大雪」もありましたので、もしかしたらその片割れの可能性もあります。
今となってはその辺がハッキリしませんので、一応「?」とさせていただきました。
全国的には殆どツートンの気動車標準色がなくなっていましたが、北海道では塗り替えが遅れていた関係で、この昭和56年時点でもかなり見ることが出来ました。
ヘッドマークの無い気動車急行と言うのは、私的には撮影対象外だった筈ですが、北海道と雪景色、極寒の風景は、普通の気動車ですら魅力的に感じさせてしまうんですね。
ですので、本州ではあまり撮影実績の無い一般型車両たちも、たくさん記録に残すことができたのだと思います。
←左側からの検索バーで、過去ログを検索することが出来ます。「狩勝」「ニセコ」なんてのも試しにやってみてください。
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※ 記事及び写真に誤りがありましたので、一部削除させていただきました。m(_ _)m
北海道ではとうとう雪の季節を迎えるようです。都心でもかなり寒くはなってきましたが、まだコートを着ると会社に付く頃には汗を掻いてしまいますね。
でも、明日辺りから強烈に冷え込んでくるようなので、そろそろ用心が必要かもしれません。
さて、北海道でも雪の便りが聞こえてきそうということですので、今まで温めておいた冬の北海道ネタをアップしてみようと思います。
石北本線といえば、当時日本で唯一のカタカナ特急「オホーツク」と長躯函館〜網走間を往復していた「おおとり」が花形であったわけですが、両列車とも1往復のみの設定で、庶民としてはやはり急行「大雪」がメジャーな優等列車であったと思います。
昭和55年の時刻表を見ると、1日5往復の「大雪」が設定されており、4往復が昼行のディーゼル、1往復が寝台車を連結した夜行急行でした。テツとしては昼間のディーゼル急行よりも夜行列車を多用した、と言いますか、夜行しか乗ったことがない方も多いのではないでしょうか。
急行「大雪」は、その多彩な運用面からも大変興味深い列車です。1往復は釧網本線経由で旭川〜釧路〜札幌を走破し、下りでは名寄本線の興部行き、さらに驚くことは、上りの名寄発〜名寄本線〜遠軽〜札幌なんてとんでもないコースを走破する列車もありました。
さすがに好んで乗るような列車ではありませんが、ちょうど9時間も掛かるこの列車は通しで乗る人なんてまず居なかったのではないでしょうか。
昭和56年3月 石北本線 遠軽駅にて 急行「天都?」or「大雪」
右側の列車がキハ56とキハ27の2両編成を組んだ急行ですが、遠軽時点における「大雪」でこのようなショボイ編成は無いと思います。すると、急行「天都」の可能性があるのですが、先程お話しましたとおり、名寄から遠軽まで普通列車で来て、網走からの急行と併結して札幌へ向かう「大雪」もありましたので、もしかしたらその片割れの可能性もあります。
今となってはその辺がハッキリしませんので、一応「?」とさせていただきました。
全国的には殆どツートンの気動車標準色がなくなっていましたが、北海道では塗り替えが遅れていた関係で、この昭和56年時点でもかなり見ることが出来ました。
ヘッドマークの無い気動車急行と言うのは、私的には撮影対象外だった筈ですが、北海道と雪景色、極寒の風景は、普通の気動車ですら魅力的に感じさせてしまうんですね。
ですので、本州ではあまり撮影実績の無い一般型車両たちも、たくさん記録に残すことができたのだと思います。
←左側からの検索バーで、過去ログを検索することが出来ます。「狩勝」「ニセコ」なんてのも試しにやってみてください。
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※ 記事及び写真に誤りがありましたので、一部削除させていただきました。m(_ _)m
2008/11/18 0:14
国鉄12系客車:「ほととぎす」 国鉄・JR気動車・客車(その他)
こんばんわ。
アクセス数を見張っていたのですが、結局123,456件目を見逃してしまいました。
しかも、昨日はポチが余りにも低調でテンション上がらず。
なので今日は手を抜かしていただきます。

昭和55年5月5日 総武本線 銚子駅にて 12系「ほととぎす」※最後部はオハフ13
撮影の経緯は http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/760.html をご参照下さい。
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アクセス数を見張っていたのですが、結局123,456件目を見逃してしまいました。
しかも、昨日はポチが余りにも低調でテンション上がらず。
なので今日は手を抜かしていただきます。
昭和55年5月5日 総武本線 銚子駅にて 12系「ほととぎす」※最後部はオハフ13
撮影の経緯は http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/760.html をご参照下さい。
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2008/11/17 1:19
485系「ひばり」:総集編(その4) 非貫通型T 分類なし
こんばんわ。
昨日は久し振りにポチを沢山いただきありがとうございました。また鋭気を蓄えられたような気がする極めて単純なつばさです。
このところ485系シリーズから遠ざかっていましたので、上野特急シリーズから「ひばり」の300番代非貫通型篇をお送りいたします。
過去ログ『485系「ひばり」:総集編(その3) 続ボンネット型』
→ http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/913.html
から、「ひばり」総集編へリンクを辿っていくことができますので、是非ご覧下さい。

昭和52年頃 上野駅にて

昭和52年頃 大宮駅にて
この辺りは、53・10改正前の文字マーク時代。ヘタクソシリーズの頃なので、お見苦しい写真で申し訳ない。
なんかこの文字マークの非貫通型ってイマイチ文字のバランスが良くない感じがします。貫通型だと文字マークが際立ってカッコ良いんですけどね。文字間が詰まり過ぎかな。

昭和54年 蕨駅付近にて
こちらはイラストマーク化後の「ひばり」です。過去ログから解説していますように、この頃には上野方はボンネット車が無く、貫通形か非貫通型でした。ボンネット車のほうが好きな私としては、敢えてこちら側を撮ることは少なかったようです。
現在は左側の貨物ヤードは無くなり、駐車場や駐輪場になってしまい、さらに最近では再開発の工事が始まってしまいました。
画面の右側(東口)は現在ともあまり変化が少ないのですが、左側(西口)は全く様相が変わってしまいましたね。

昭和56年 東北本線 蕨〜西川口間にて
仙台編成の上野方後追い写真ですかね。私は最近良く撮っている近所の写真です。
昔は陸橋の上からだと様々な電線が邪魔して撮りづらかったので、当時はどこからでも撮影可能な道路側から撮っていました。
昭和57年頃から背の高いフェンスになってしまい、現在では4段以上の脚立がないと撮ることができません。
特急「ひばり」は運転本数が沢山あったので、それこそ数十枚の写真が残っていますが、写真を撮り始めた頃の非貫通型写真は『え?これだけ?』ってくらい少ないです。
やはり、「ひばり」と言えばボンネット車くらいの憧れというか常識みたいなのが自分の中にあったので、あまり好んでカメラを向けることは無かったようです。
でも・・・続きはまだまだありますので、また次の機会をお楽しみに!
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昨日は久し振りにポチを沢山いただきありがとうございました。また鋭気を蓄えられたような気がする極めて単純なつばさです。
このところ485系シリーズから遠ざかっていましたので、上野特急シリーズから「ひばり」の300番代非貫通型篇をお送りいたします。
過去ログ『485系「ひばり」:総集編(その3) 続ボンネット型』
→ http://diary.jp.aol.com/jzbrjvmab/913.html
から、「ひばり」総集編へリンクを辿っていくことができますので、是非ご覧下さい。
昭和52年頃 上野駅にて
昭和52年頃 大宮駅にて
この辺りは、53・10改正前の文字マーク時代。ヘタクソシリーズの頃なので、お見苦しい写真で申し訳ない。
なんかこの文字マークの非貫通型ってイマイチ文字のバランスが良くない感じがします。貫通型だと文字マークが際立ってカッコ良いんですけどね。文字間が詰まり過ぎかな。
昭和54年 蕨駅付近にて
こちらはイラストマーク化後の「ひばり」です。過去ログから解説していますように、この頃には上野方はボンネット車が無く、貫通形か非貫通型でした。ボンネット車のほうが好きな私としては、敢えてこちら側を撮ることは少なかったようです。
現在は左側の貨物ヤードは無くなり、駐車場や駐輪場になってしまい、さらに最近では再開発の工事が始まってしまいました。
画面の右側(東口)は現在ともあまり変化が少ないのですが、左側(西口)は全く様相が変わってしまいましたね。
昭和56年 東北本線 蕨〜西川口間にて
仙台編成の上野方後追い写真ですかね。私は最近良く撮っている近所の写真です。
昔は陸橋の上からだと様々な電線が邪魔して撮りづらかったので、当時はどこからでも撮影可能な道路側から撮っていました。
昭和57年頃から背の高いフェンスになってしまい、現在では4段以上の脚立がないと撮ることができません。
特急「ひばり」は運転本数が沢山あったので、それこそ数十枚の写真が残っていますが、写真を撮り始めた頃の非貫通型写真は『え?これだけ?』ってくらい少ないです。
やはり、「ひばり」と言えばボンネット車くらいの憧れというか常識みたいなのが自分の中にあったので、あまり好んでカメラを向けることは無かったようです。
でも・・・続きはまだまだありますので、また次の機会をお楽しみに!
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2008/11/16 21:48
今日の晩御飯は駅弁 趣味
昨日・今日と近くのスーパーで駅弁まつりをやってました。
駅弁も高いので、所得が少ない我家はそんなに頻繁に食べることは出来ないんですが、女房が『半額だったら買ってくる!』なんて言って買い物に出掛けたんです。
『半額なんて原価だからな。無理だよ。』と言っては見たものの、女房は見事に半額でGETしてきたんです。

我家では定番の「富山ますのすし」(←娘が大好き)と岡山の「あまから蜂蜜牛肉弁当」です。全部半額でGETしてきました。

こちらが「あまから蜂蜜牛肉弁当」。初めて買いました。
全国でも有名な山田養蜂場の蜂蜜を使っているそうです。

中身はこんな感じ。お値段1100円也ですが、彩りからしてそんなに豪華には見えないんですけど・・・。お味も私が味音痴なのか、フツーの牛&そぼろ弁当のような感じ。ただ、噛むと時々甘い味が染み出ておいしくなります。
女房と娘は『はちみつの味がする!』と言っているのですが、私はあまり感じませんでした・・・。やっぱり「ますのすし」の方がおいしいな・・・。
あ〜ぁ、久し振りに「ぶりのすし」が食いてぇ〜。
駅弁も高いので、所得が少ない我家はそんなに頻繁に食べることは出来ないんですが、女房が『半額だったら買ってくる!』なんて言って買い物に出掛けたんです。
『半額なんて原価だからな。無理だよ。』と言っては見たものの、女房は見事に半額でGETしてきたんです。
我家では定番の「富山ますのすし」(←娘が大好き)と岡山の「あまから蜂蜜牛肉弁当」です。全部半額でGETしてきました。
こちらが「あまから蜂蜜牛肉弁当」。初めて買いました。
全国でも有名な山田養蜂場の蜂蜜を使っているそうです。
中身はこんな感じ。お値段1100円也ですが、彩りからしてそんなに豪華には見えないんですけど・・・。お味も私が味音痴なのか、フツーの牛&そぼろ弁当のような感じ。ただ、噛むと時々甘い味が染み出ておいしくなります。
女房と娘は『はちみつの味がする!』と言っているのですが、私はあまり感じませんでした・・・。やっぱり「ますのすし」の方がおいしいな・・・。
あ〜ぁ、久し振りに「ぶりのすし」が食いてぇ〜。
2008/11/16 19:29
週末は天気悪いね〜 分類なし
こうも毎週毎週天気が悪いと、撮影そのものもテンションが下がりますが、仕事もテンション下がっちゃうんですよね。やっぱり楽しみを取られてしまうと、日々過ごすこと自体にストレスが溜まってしまいます。
ということで、そのストレスを皆さんにも差し上げようかな、っと土日の記録を記しておきます。
15日(土)
「とちぎ秋祭り号」を撮影のために線路際に立ちます。
その前に「日光81号」も近い時間にありますし、さらにその近くに上り「北斗星」が来ます。ちょっと忙しいのですが、全部片付けようと。
「日光81号」彩野編成を待つ。「北斗星」と被りそうな時間。時間を計算してどうしようか迷っていたら、もの凄いスピードで目の前を通過。撮ることができなかった・・・。
時間を計った時に、池袋からの到達時間と新宿からの到達時間を間違って積算したのが原因。自分が悪いんだから仕方が無い。
上り「北斗星」を反対方向で構えて待つ。・・・・来ない・・・来る様子が無い・・・また遅れているのか・・・。
あきらめてまた逆方向へ移動。「とちぎ秋祭り号」を待つ・・・来ない・・・来る様子が無い・・・。あきらめて家に帰った。調べてみたら、運転日間違ってた・・・。明日じゃん。
寝不足だったのでそのままふて寝。夕方になって安中貨物撮影のために再出場。
めっちゃくちゃ真っ黒な雲が出ていて、歩いていたら雨まで降ってきやがった。ISO400でも1/60秒が限界。ムリ・・・。デジカメに持ち替えて敢えて流し撮りを強行・・・撃沈。
本当は新宿駅での甲州街道の橋梁架け替え工事で様々なイベントが想定されました。
埼京線の特別快速池袋行きなどの撮影も考えていたのですが、意気消沈しているため休場してしまいました。
そして本日16日(日)
前日間違った「とちぎ秋祭り号」撮影のために7時に目覚ましをセット。
しかし、寝る間際に腹痛で寝ることが出来ず、4時を過ぎてしまったために寝不足。取り敢えず7時起きたものの、大粒の雨に暗い。やる気出ず、そのまま2度寝。
お昼からマイカーの車検。ディーラーでの退屈しのぎにDJを片っ端から読んでみる。
すると、京浜東北線にクモヤE491が入線ということになってるじゃないっすか。
直ぐにでも撮りに行きたいのですが、車検が終わりそうもないし、駅まで歩いたら30分以上掛かるし。仕方が無いので片道は見送り、返しを撮ることにして車検が終わるのを待つ。
車検終了後、ガソリンスタンドで灯油を買ってから自宅にカメラを取りに帰り、そのままクルマで蕨駅へ。なんとか間に合いました。
でも、悲しいことに15時30分で雨も降ってきて、メッチャ暗い。それでもせっかく来たのだから、ブレ覚悟で1/125秒開放でセット。何とか撮った。チューボー2名と一緒でした。
直ぐに下り安中貨物が来るのですが、時間になっても来ない・・・。暗い・・・。
もう諦めた。多分、この季節でこの辺りの安中貨物は、晴れていても限界かもしれません。
今回もほとんどがF−1で撮影したので、写真をアップすることが出来ません。
てなわけで、ただ愚痴愚痴な記事でした。
あ〜ぁ、フィルムが進まなくて現像に出せないや・・・。
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ということで、そのストレスを皆さんにも差し上げようかな、っと土日の記録を記しておきます。
15日(土)
「とちぎ秋祭り号」を撮影のために線路際に立ちます。
その前に「日光81号」も近い時間にありますし、さらにその近くに上り「北斗星」が来ます。ちょっと忙しいのですが、全部片付けようと。
「日光81号」彩野編成を待つ。「北斗星」と被りそうな時間。時間を計算してどうしようか迷っていたら、もの凄いスピードで目の前を通過。撮ることができなかった・・・。
時間を計った時に、池袋からの到達時間と新宿からの到達時間を間違って積算したのが原因。自分が悪いんだから仕方が無い。
上り「北斗星」を反対方向で構えて待つ。・・・・来ない・・・来る様子が無い・・・また遅れているのか・・・。
あきらめてまた逆方向へ移動。「とちぎ秋祭り号」を待つ・・・来ない・・・来る様子が無い・・・。あきらめて家に帰った。調べてみたら、運転日間違ってた・・・。明日じゃん。
寝不足だったのでそのままふて寝。夕方になって安中貨物撮影のために再出場。
めっちゃくちゃ真っ黒な雲が出ていて、歩いていたら雨まで降ってきやがった。ISO400でも1/60秒が限界。ムリ・・・。デジカメに持ち替えて敢えて流し撮りを強行・・・撃沈。
本当は新宿駅での甲州街道の橋梁架け替え工事で様々なイベントが想定されました。
埼京線の特別快速池袋行きなどの撮影も考えていたのですが、意気消沈しているため休場してしまいました。
そして本日16日(日)
前日間違った「とちぎ秋祭り号」撮影のために7時に目覚ましをセット。
しかし、寝る間際に腹痛で寝ることが出来ず、4時を過ぎてしまったために寝不足。取り敢えず7時起きたものの、大粒の雨に暗い。やる気出ず、そのまま2度寝。
お昼からマイカーの車検。ディーラーでの退屈しのぎにDJを片っ端から読んでみる。
すると、京浜東北線にクモヤE491が入線ということになってるじゃないっすか。
直ぐにでも撮りに行きたいのですが、車検が終わりそうもないし、駅まで歩いたら30分以上掛かるし。仕方が無いので片道は見送り、返しを撮ることにして車検が終わるのを待つ。
車検終了後、ガソリンスタンドで灯油を買ってから自宅にカメラを取りに帰り、そのままクルマで蕨駅へ。なんとか間に合いました。
でも、悲しいことに15時30分で雨も降ってきて、メッチャ暗い。それでもせっかく来たのだから、ブレ覚悟で1/125秒開放でセット。何とか撮った。チューボー2名と一緒でした。
直ぐに下り安中貨物が来るのですが、時間になっても来ない・・・。暗い・・・。
もう諦めた。多分、この季節でこの辺りの安中貨物は、晴れていても限界かもしれません。
今回もほとんどがF−1で撮影したので、写真をアップすることが出来ません。
てなわけで、ただ愚痴愚痴な記事でした。
あ〜ぁ、フィルムが進まなくて現像に出せないや・・・。
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2008/11/16 1:32
EF58 3 品川駅にて EF58のアルバム
こんばんわ。
コメントをお返ししていたらこんな時間になってしまいました。
今日は久し振りのゴハチネタで、今日は1枚だけですが3号機をご覧いただきたいと思います。

昭和53年 品川駅にて
中学生の頃、品川駅には良く撮影に行っていました。午後じゃなかったと思うのですが、毎回同じくらいの時間に客車区から伸びる入れ替え線で、東海道線下りのホーム脇にEF58が駐機していたんですよね。しかも、何故か浜松区か東京区のカマだったような気がします。
EF58も車両数が多いため、なかなか1ケタ台の車両に逢うことができなかったんですが、この時は運良く3号機が居たんですね。同じEF58でも、やはり若番車に逢ったときの方が嬉しかったです。
東海道本線のホームに停まっているのは横須賀線の113系で、まだ分離運転前でしたので、同じ線路を走っていました。しかもこのクハ111、良く見るとタイフォンの位置がノーマルなので、地下対応の1000番代ではなく、0番代ですね。総武線千葉以遠では良く見ましたが、横須賀線では早くから地下対応の1000番代が配置されており、あまり見る機会は無かったように思います。
3号機
昭和22年5月15日 日立製 新製配置は沼津機関区。昭和55年1月17日廃車。
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コメントをお返ししていたらこんな時間になってしまいました。
今日は久し振りのゴハチネタで、今日は1枚だけですが3号機をご覧いただきたいと思います。
昭和53年 品川駅にて
中学生の頃、品川駅には良く撮影に行っていました。午後じゃなかったと思うのですが、毎回同じくらいの時間に客車区から伸びる入れ替え線で、東海道線下りのホーム脇にEF58が駐機していたんですよね。しかも、何故か浜松区か東京区のカマだったような気がします。
EF58も車両数が多いため、なかなか1ケタ台の車両に逢うことができなかったんですが、この時は運良く3号機が居たんですね。同じEF58でも、やはり若番車に逢ったときの方が嬉しかったです。
東海道本線のホームに停まっているのは横須賀線の113系で、まだ分離運転前でしたので、同じ線路を走っていました。しかもこのクハ111、良く見るとタイフォンの位置がノーマルなので、地下対応の1000番代ではなく、0番代ですね。総武線千葉以遠では良く見ましたが、横須賀線では早くから地下対応の1000番代が配置されており、あまり見る機会は無かったように思います。
3号機
昭和22年5月15日 日立製 新製配置は沼津機関区。昭和55年1月17日廃車。
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2008/11/15 15:36
社線発行の国鉄急行券その1:伊豆急行電鉄 切符・カード
こんにちわ。
少し晴れたかと思ったら、この時間になって滅法暗くなってきました。
さて、以前Fe4撮影会の際にtakeさん http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ からいただいた急行券をご覧いただきたいと思います。
6枚すべてが伊豆急行河津駅発行の国鉄線急行券です。
連絡急行券ではないので、全てが「こくてつ」赤地紋の国鉄様式です。
それぞれ同じように見えますが、細かいところで違いがあるので、判った部分だけ個々にgご紹介したいと思います。

まずは最初の3枚です。
制度改正前の様式で、区間が「→」になっています。
発行駅は各駅で使えるようにしたためか、ゴム印が押せる部分が空欄となっており、発行社線である「伊豆急行」の社名が入っています。伊豆急線内は「伊豆」が冠に付く駅が多いためか、発行駅欄の空間がかなり大きめに取ってあります。
何故か、3枚目の「伊豆急行」の文字が特活になっており、雰囲気を異にしています。

続いて制度改正後の様式で、区間矢印が「▲」表示になったものです。
4枚目は発行駅名である「河津」が印刷になっており、常備券としてキレイな券面になりました。
5枚目も「河津」が印刷になっていますが、何故か冠の「伊豆急行」が無くなってしまいました。その関係で、一見では社線発行のものなのかどうかが判りづらくなってしまっています。また、この券だけは小児断片に250の金額表示がされており、完全に国鉄券と同様な様式になってしまいました。
6枚目は、いただいた急行券の中で唯一の小児常備券です。他が大小兼用様式ですので、特に小児を常備する必要は無かったと思われますが、おそらく、混雑時に断片を切ることによって発行時間が掛かってしまいますから、手間を省略するために常備したのではないでしょうか。
こちらは何故か「伊豆急行」が特活で組んであり、発行駅名も印刷ではありません。発行枚数もそれほど多くないでしょうから、各駅で発売できるように対応していたものと考えられます。
1つの駅でこれほどの枚数が時代検証できるというのも面白いですね。田舎が河津駅にあったtakeさんならではのコレクションだったのではないかと思います。
ありがとうございました。
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少し晴れたかと思ったら、この時間になって滅法暗くなってきました。
さて、以前Fe4撮影会の際にtakeさん http://do-raku-oyaji.cocolog-nifty.com/blog/ からいただいた急行券をご覧いただきたいと思います。
6枚すべてが伊豆急行河津駅発行の国鉄線急行券です。
連絡急行券ではないので、全てが「こくてつ」赤地紋の国鉄様式です。
それぞれ同じように見えますが、細かいところで違いがあるので、判った部分だけ個々にgご紹介したいと思います。
まずは最初の3枚です。
制度改正前の様式で、区間が「→」になっています。
発行駅は各駅で使えるようにしたためか、ゴム印が押せる部分が空欄となっており、発行社線である「伊豆急行」の社名が入っています。伊豆急線内は「伊豆」が冠に付く駅が多いためか、発行駅欄の空間がかなり大きめに取ってあります。
何故か、3枚目の「伊豆急行」の文字が特活になっており、雰囲気を異にしています。
続いて制度改正後の様式で、区間矢印が「▲」表示になったものです。
4枚目は発行駅名である「河津」が印刷になっており、常備券としてキレイな券面になりました。
5枚目も「河津」が印刷になっていますが、何故か冠の「伊豆急行」が無くなってしまいました。その関係で、一見では社線発行のものなのかどうかが判りづらくなってしまっています。また、この券だけは小児断片に250の金額表示がされており、完全に国鉄券と同様な様式になってしまいました。
6枚目は、いただいた急行券の中で唯一の小児常備券です。他が大小兼用様式ですので、特に小児を常備する必要は無かったと思われますが、おそらく、混雑時に断片を切ることによって発行時間が掛かってしまいますから、手間を省略するために常備したのではないでしょうか。
こちらは何故か「伊豆急行」が特活で組んであり、発行駅名も印刷ではありません。発行枚数もそれほど多くないでしょうから、各駅で発売できるように対応していたものと考えられます。
1つの駅でこれほどの枚数が時代検証できるというのも面白いですね。田舎が河津駅にあったtakeさんならではのコレクションだったのではないかと思います。
ありがとうございました。
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2008/11/15 2:37
大宮操車場 朝の光景 DE10・DE11 大宮操車場
こんばんわ。
一昨日コメントのお返しが出来ずに寝てしまい、夕べはというか『サラリーマン金太郎』を見ていて、コメントをお返ししていたらこんな時間になってしまいました。
小湊鉄道でロケが行われていたんですね。東北の設定だって・・・ムリムリでしたけど、ロケに使われるだけあって、素晴らしいローカル風景ですね。まだ本格的には行ったことが無いので、春にでも行ってみようかな。
さて、1週間ぶりの大宮操車場です。今日は操車場の朝の風景でもご紹介いたしましょう。

入換えは、冬場だと夜が明ける前から既に始まっています。57・11改正以降は24時間勤務でしたので、夜中の仮眠時間に到着した貨物の入換えを朝からガンガン片付けて行きます。イトーヨーカドーのビルの上から陽が射す頃には、1日無事に作業が終わったことの安堵感が溢れます。

入換えが終わったハンプ用の入換機は、2台仲良く手を繋いで機関区へ帰っていきます。
ハンプから直接機関区に行くことはできませんので、一旦発着線まで戻ってから、ねぐらである大宮機関区へと折り返して行きます。
下りハンプのDE10の重連が信号待ちで停車していると、通過線である高架をEF60初期型が専用貨物を牽いて通過して行きました。

朝の入換が終わってしまうと、発着線にあった貨物たちは全て片付いてしまいます。この写真はハンプ廃止末期なので、余計に列車が少なくなっていたものと思います。
線路の所々に転がっている白いものは、おそらく雪に備えたカンテラがビニール袋入れて準備してあるものと思います。確か大宮操車場内だけでも2千個とか言っていたような気がします。

入換えの終わったカマが大宮機関区へ帰区すると、暫くして今度は新たな作業に必要なDEが同じように重連で大宮機関区からやってきます。
こちらは上りハンプの入換機で、DE1140とDE10の重連でやって来ました。上りハンプの入換機は、先週ご紹介いたしましたハンプ山下のトンネルをくぐってやってきます。

ハンプの事務所前にある時計台。10時を過ぎてますから、引き継いだ番の職員達が既に新しい1日の入換えを行っている時間です。
ハンプがなくなるので、家にも帰らないで先輩職員の写真を撮っていたんです。あの頃は若かったし、体力も元気もありましたね。25年も前のことです。
鉄道ブログランキング 暴落中
一昨日コメントのお返しが出来ずに寝てしまい、夕べはというか『サラリーマン金太郎』を見ていて、コメントをお返ししていたらこんな時間になってしまいました。
小湊鉄道でロケが行われていたんですね。東北の設定だって・・・ムリムリでしたけど、ロケに使われるだけあって、素晴らしいローカル風景ですね。まだ本格的には行ったことが無いので、春にでも行ってみようかな。
さて、1週間ぶりの大宮操車場です。今日は操車場の朝の風景でもご紹介いたしましょう。
入換えは、冬場だと夜が明ける前から既に始まっています。57・11改正以降は24時間勤務でしたので、夜中の仮眠時間に到着した貨物の入換えを朝からガンガン片付けて行きます。イトーヨーカドーのビルの上から陽が射す頃には、1日無事に作業が終わったことの安堵感が溢れます。
入換えが終わったハンプ用の入換機は、2台仲良く手を繋いで機関区へ帰っていきます。
ハンプから直接機関区に行くことはできませんので、一旦発着線まで戻ってから、ねぐらである大宮機関区へと折り返して行きます。
下りハンプのDE10の重連が信号待ちで停車していると、通過線である高架をEF60初期型が専用貨物を牽いて通過して行きました。
朝の入換が終わってしまうと、発着線にあった貨物たちは全て片付いてしまいます。この写真はハンプ廃止末期なので、余計に列車が少なくなっていたものと思います。
線路の所々に転がっている白いものは、おそらく雪に備えたカンテラがビニール袋入れて準備してあるものと思います。確か大宮操車場内だけでも2千個とか言っていたような気がします。
入換えの終わったカマが大宮機関区へ帰区すると、暫くして今度は新たな作業に必要なDEが同じように重連で大宮機関区からやってきます。
こちらは上りハンプの入換機で、DE1140とDE10の重連でやって来ました。上りハンプの入換機は、先週ご紹介いたしましたハンプ山下のトンネルをくぐってやってきます。
ハンプの事務所前にある時計台。10時を過ぎてますから、引き継いだ番の職員達が既に新しい1日の入換えを行っている時間です。
ハンプがなくなるので、家にも帰らないで先輩職員の写真を撮っていたんです。あの頃は若かったし、体力も元気もありましたね。25年も前のことです。
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