2008/2/5  17:39

篠田桃紅と「黒」  分類なし

 「しぐるるや 田の新株の黒むほど」と松尾芭蕉は冬の厳しい寒さを軽快に黒という色を使って俳句に表現しています。
 山道沿いの田圃に点々と居並ぶまだ新しい稲の刈り株が、折りしも回り来た潔い時雨にぬれてみるみる黒ずんだ濡れ色に変わっていく様を詠っています。
 さて「黒」をテーマに、篠田桃紅先生随筆集より一部抜粋して、朝日新聞「天声人語」2月2日(日)朝刊に掲載されましたので、ここに紹介いたします。

 水墨の抽象画で知られる篠田桃紅さんの作品を拝見して、黒という色について考えたことがある。本当の「黒」は真っ黒の一歩手前、明るさのある黒で、沈黙であって死ではない。そんな篠田さんの文章が記憶にあったからだ。
<あと一歩に無限のはたらきを残し、それはわが手のなすところではなく、天地自然、神、宇宙、とにかく人間のはかり知れない大きな手にゆだねる。>
 そういう考え方が好もしいと、随筆集『墨いろ』につづっている。黒白の世界の凄みに感じ入ったものだ。
 篠田さんの言う「あと一歩」は、科学でも神の領域に近いようだ。大学研究班が「世界で最も暗い物質」を作った、というニュースが米国から届いた。色は光が反射して生じる。だが、その物質は当たった光の99.955%を吸収してしまうそうだ。
 一般的な黒い塗料だと5%から10%も反射する。新物質は0.045%で、これまでの最高記録より約3倍暗い。だが真っ黒ではない。どんな物質も、光を完全に吸収することはないのだという。「あと一歩」の深淵は、墨の芸術にも、科学にも底がない。
神の領域から目を転じれば、身の回りには「黒」が目立っている。今やファッションにとどまらない。和洋菓子に始まり、綿棒、まな板からトイレットペーパーまで。白が当たり前だった日用品にも広がっている。
 不幸を連想させもするが、黒に非日常の粋を重ねる人も多いようだ。自然の中に色の乏しい季節である。深遠な黒の世界を楽しむには、いまが好季かもしれない。

(※引用:朝日新聞『天声人語』2008年2月2日(日)朝刊より)



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