2008/3/24 10:50
美術評論家・中村隆夫氏による北川健次写真展の記事 展覧会のお知らせ
アートスペース・サンカイビで3月26日まで開催しております、北川健次写真展に関する記事が東京新聞3月22日(土)の朝刊に掲載されました。
寄稿頂いた美術評論家の中村隆夫氏(現 多摩美術大学教授)とは15年ぶりにこれがご縁で再会しました。以前勤務していた会社の美術雑誌に毎号寄稿頂いていたので、当時、原稿を頂きにBUNKAMURAまでお邪魔していたのです。当時、中村氏はBUNKAMURAミュージアムの学芸員をなさっていました。まだBUNKAMURAが出来たばかりで、DEAUX MAGOTSのオープン・カフェで美術館の企画・運営に携わっておられた中村氏のお話を伺うことは、大学を卒業したての私にとってとても刺激的でした。15年の間に色々なことがありました。中村氏を始め、素敵な人々との出会いがあって、今の自分があるのだと感慨深い想いが致しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(東京新聞 3月22日(土) 朝刊)
「北川健次 写真展」密室論ーサン・ラザールの着色された夜のために
北川健次の銅版画、オブジェに共通する手法のひとつに、直線や曲線を施したりと、古い絵葉書などの叙情的な素材に手を加えることにある。直線は時には無機質で知的な印象を与え、曲線は有機的かつ神秘的な印象を伴う。彼はこうして素材の意味性や叙情性を適度に剥ぎ取り、変質させ、揺らぎを生じさせる。
今回の出品作を撮影するにあたり、彼はパリや、ベルギー国境に近い詩人ランボーの生地シャルルヴィルを渉猟した。現場主義に徹底し、人工照明を使用することも、写真をデジタル加工することもしない。掲載写真の被写体は、ミケランジェロの「瀕死の奴隷」である。陽が沈むにつれて影が顔から胸にさしかかったとき、この被写体が急に彼の前に立ち現れた。それは半ば「瀕死の奴隷」ではない。彼は素材を加工することなく、自分の求める揺らぎや、ポエジーが現れるのを待ち、的確に捉える。
別の作品では、少年の頭部像がガラス窓を背景に置かれている。ガラス越しの外の眺めと頭部像の反射によって、彫刻が置かれている空間や存在そのものが危うくなっている。そして「瀕死の奴隷」に添えられた「サン・ラザールの震える舌の先で、私はー私たちは、ついに発音されることのない『R』について長い息の交換をし合った」という言葉が示すように、言語が本来の素材をさらに揺さぶる。
能動と受動というアプローチの違いはあるが、銅版画、オブジェ、写真から放たれるポエジーは同質である。彼の場合、ポエジーはひねり出されるのではなく、内的な性癖と共振したときにポエジーとなるため、それらの間に何の矛盾もない。ぶれのないアーティストであり、魅力的な写真展である。
(中村隆夫=美術評論家)
*北川健次展は中央区日本橋浜町2-22-5 1F
アートスペース・サンカイビで、3月26日まで。
寄稿頂いた美術評論家の中村隆夫氏(現 多摩美術大学教授)とは15年ぶりにこれがご縁で再会しました。以前勤務していた会社の美術雑誌に毎号寄稿頂いていたので、当時、原稿を頂きにBUNKAMURAまでお邪魔していたのです。当時、中村氏はBUNKAMURAミュージアムの学芸員をなさっていました。まだBUNKAMURAが出来たばかりで、DEAUX MAGOTSのオープン・カフェで美術館の企画・運営に携わっておられた中村氏のお話を伺うことは、大学を卒業したての私にとってとても刺激的でした。15年の間に色々なことがありました。中村氏を始め、素敵な人々との出会いがあって、今の自分があるのだと感慨深い想いが致しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(東京新聞 3月22日(土) 朝刊)
「北川健次 写真展」密室論ーサン・ラザールの着色された夜のために
北川健次の銅版画、オブジェに共通する手法のひとつに、直線や曲線を施したりと、古い絵葉書などの叙情的な素材に手を加えることにある。直線は時には無機質で知的な印象を与え、曲線は有機的かつ神秘的な印象を伴う。彼はこうして素材の意味性や叙情性を適度に剥ぎ取り、変質させ、揺らぎを生じさせる。
今回の出品作を撮影するにあたり、彼はパリや、ベルギー国境に近い詩人ランボーの生地シャルルヴィルを渉猟した。現場主義に徹底し、人工照明を使用することも、写真をデジタル加工することもしない。掲載写真の被写体は、ミケランジェロの「瀕死の奴隷」である。陽が沈むにつれて影が顔から胸にさしかかったとき、この被写体が急に彼の前に立ち現れた。それは半ば「瀕死の奴隷」ではない。彼は素材を加工することなく、自分の求める揺らぎや、ポエジーが現れるのを待ち、的確に捉える。
別の作品では、少年の頭部像がガラス窓を背景に置かれている。ガラス越しの外の眺めと頭部像の反射によって、彫刻が置かれている空間や存在そのものが危うくなっている。そして「瀕死の奴隷」に添えられた「サン・ラザールの震える舌の先で、私はー私たちは、ついに発音されることのない『R』について長い息の交換をし合った」という言葉が示すように、言語が本来の素材をさらに揺さぶる。
能動と受動というアプローチの違いはあるが、銅版画、オブジェ、写真から放たれるポエジーは同質である。彼の場合、ポエジーはひねり出されるのではなく、内的な性癖と共振したときにポエジーとなるため、それらの間に何の矛盾もない。ぶれのないアーティストであり、魅力的な写真展である。
(中村隆夫=美術評論家)
*北川健次展は中央区日本橋浜町2-22-5 1F
アートスペース・サンカイビで、3月26日まで。
