2008/5/6  3:01

ブルターニュを巡る旅  小さな村巡り

クリックすると元のサイズで表示します
ブルターニュ半島の北側、その昔、この地方の中心都市だった港町ヴァンヌ(Vannes)。城壁で囲まれた旧市街は、木骨組み造りの古い民家が目につく。

クリックすると元のサイズで表示しますブルターニュといえば、そば粉のクレープで知られている。旧市街の見どころであるサン・ピエール大聖堂の横に、無農薬自然農法で栽培したそば粉でつくるクレープ屋を発見。マダムが焼いて、旦那がテーブルに運ぶ。特産品だったそば粉は、中国産の安価なそば粉におされて作り手がいなくなってしまったそうだ。そこで最近、生産者とクレープ屋が一体となって、ビオ・そば粉を作り始めた。味がいい。観光客はもちろんのこと、地元の人たちも食べに来る。

クリックすると元のサイズで表示します
ヴァンヌからおよそ30分、先史時代の置き土産、大きな石が並ぶカルナック(Carnac)。巨石群の謎は解明されていないが、どうもケルト民族の宗教儀式と関係があるらしい。

クリックすると元のサイズで表示します
カルナックの隣村、ラ・トリニテ・シュル・メールのマルシェに繰り出した。チーズ屋さんに特産品を尋ねると、その昔ブルターニュ地方の住民は「チーズは腐った食べ物」と好まなかったので、伝統的な特産チーズは存在しないとのこと。豊富にとれる牛乳は、有塩バターの原料として使われたそうだ。写真は、最近作られるようになったウォーッシュタイプのチーズに海岸でとれるワカメを加えたもの。ワカメを食用に使うのも最近のこと。

クリックすると元のサイズで表示します
こちらは、有塩バターをたっぷりつかったお菓子クイニ・アマン。バターがしつこくなくて後味がいい。ひとつ1.6ユーロ(約250円)、手前の色が薄いのはりんごを乗せたもの。

クリックすると元のサイズで表示します
車を走らせていたら、隣町サン・フィリベール(Saint-Philibert)にたどりついた。「カキ・ムール貝売ります」との看板に惹かれて小道を入っていくと、カキを大きさごとに分類している老人がいた。「小さいカキは海へ戻して1年待つんだ」とパリでは見たことがない小さなカキを選別している。この土地で生まれ育った老人は、ブルトン語が話せる。両親との会話はブルトン語だったけれど、自分の子どもたちは誰もブルトン語を話さない。「時代の流れ、しかたがない」と老人。「自分が子どものころ、海向かいの家のそばに水車小屋があってね、特産の粉引きをしていたんだ。作り手が減って、水車もなくなっちゃった。」

姿を消したのはそば粉だけじゃなかった、海辺の水車小屋もなくなった。そして地方の言葉ブルトン語も日常会話から消えてしまった。そば粉が地元の力で復活したように、地方の文化も息をふきかえして欲しい。

2008/4/21  2:39

パリと聖火騒動  ニュース

4月7日、オリンピックの聖火がエッフェル搭を出発。ローラースケートをはいた警官、走る消防隊、セーヌ川にも水上警備隊。総勢3000人による厳重警備。

国営テレビ・フランス2はお昼の番組全体をこの聖火リレーの中継にあてたが、警備隊に囲まれてなかなか聖火が見えない〜。テレビ局の敷地内で聖火のバトンタッチが行われるはずだったが、バスに乗せられた聖火は素通り。厳重な警備は、国家元首を迎えたようだった。

聖火リレー騒ぎから一夜明けて、フランスメディアは聖火を消したりバスに乗せたり、パリ市庁舎前で行われる予定だったセレモニーを中止した中国当局を批判。フランス警察に指示を出す中国人の姿が大きくとりあげられた。

「警備体制は万全で、聖火は問題なくリレーされたはず」とコメントするフランス警察幹部も。バトンタッチ直前で、説明もなく消火され唖然としているランナーもいた。

4月14日、現役・引退したフランスの選手らが提案した「人権擁護バッチ」の着用を国際オリンピック委員会が認めないことを決めた。オリンピック憲章に反するとのこと。柔道金メダリストのDouiller(ドゥイエ)氏らが提案したバッチは「よりよい世界のために(Pour un monde meilleur)」と柔らかい表現ではあるがチベット問題などに対し、人権の尊重を暗に訴えている。パリでの聖火リレーでドゥイエ選手らは胸につけて走っていた。「人権重視」の国、フランスの提案が認められず大騒ぎだ。

4月15日、フランスのオリンピック委員会とドゥイエ氏は、「人権擁護バッチ」をフランスの選手だけでなく全世界の選手が着用しようと提案。ドゥイエ氏によると、国際オリンピック委員会との話し合いは続いているとのこと。

4月20日、レピュビュリック広場で中国人学生らがフランスメディアに対する抗議集会を行う。主催者発表で、6000人から7000人。警察の発表では3500人が集まった。聖火騒動に関するフランスメディアの報道が一方的だとの批判。毎日テレビのニュースを見ているが、フランスメディアは中国の動きや立場も細かく報道していると思うが・・・。

中国各地ではフランス製品の不買運動が広がっている。サルコジ大統領がパリの聖火リレーに参加し、妨害行為を受けた車椅子の中国人聖火ランナーに見舞いの書簡を送る。事態を収拾しようと、中国通のラファラン元首相が中国に派遣された。

一方、パリのドラノエ市長はダライ・ラマ14世を名誉市民に推薦。4月21日、パリ市議会がこれを決定した。パリは「人権重視」のマチ。フランスが言えないことはパリが言う。

2008/4/5  19:50

映画舞台を巡る旅〜アメリ〜  コーディネート

5月に放送予定のCSテレビ局Movie Plus制作「旅スル映画〜フランス編」をコーディネートしました。5日間という短い撮影期間でしたが、代表的なフランス映画の撮影地を訪ね歩き、実際の映画との共通点や相違点を伝える面白いドキュメンタリーです。

クリックすると元のサイズで表示します
「アメリ(Le Faubleux Destin d'Amelie Poulain)のなかにでてきた八百屋さん。アメリの映画ポスターや絵葉書が売られていましたよ。野菜や果物のほか、ワインや乳製品などの食料品を売っているお店です。店主は、アポなく訪れたにもかかわらず温かく撮影チームを迎え入れてくれました。この付近で、エディット・ピアフの伝記映画「ラ・モーム」も撮影されたそうです。



クリックすると元のサイズで表示します
こちらは、モンマルトルの坂道にあるカフェ「Les Deux Moulins」、アメリが働いていたカフェです。撮影依頼の電話をかけたときから、店長も店員も協力的で、普通は「昼時を避けて欲しい」と言われるのに、厳しい条件もなく迎え入れてもらいました。近所の常連さんたちはカウンターでコーヒーを一杯、観光客はテラスに座ってカフェオレをたのんでいるようでした。



クリックすると元のサイズで表示します
アメリがよく通ったという映画館「Studio 28」。写真のライトはジャン・コクトーがデザインしたことでも知られています。奇抜なデザインなのに赤い色調にぴったり合っていましたよ。ここで、あたかも映画が始まるかのように館内の照明を落としてもらいました。チケットを売ったり電話の応対をしている女性が、我々の撮影のために照明の操作方法を取得してくれました。「照明の操作もはじめて、上映室に入ったのもはじめて」と嬉しそうでしたよ。

クリックすると元のサイズで表示します
「アメリ」のなかで重要な舞台のひとつとなったパリ東駅(Gare de l'Est)、スピード写真のブースでのシーンを撮影しました。国鉄SNCFは、撮影料が結構高い。何ヶ所も駅を撮影すると撮影料だけで莫大な額になってしまう。撮影許可を求める交渉のなかで、減額交渉をするのもコーディネーターの仕事。それから現場で予定外の要望が出てくることもしばしば。写真のように「高いところから撮影したい」と撮影クルーが希望すると、撮影許可書を持って、現場の責任者に趣旨を話して、書類を書いて、ゴーサインをもらいます。このように、コーディネーターは取材がスムースに運ぶように走りまわりますが、便利な「使い走り」とはちょっと違うんです。

クリックすると元のサイズで表示します
アメリが水切り遊びをしていたサンマルタン運河。パリ市内の公道は撮影許可がいらないのですが、運河沿いや川沿いは特別な許可が必要です。サンマルタン運河のことで話をした担当者の姓も名もとっても長くあまり聞きなれない名前だったので、電話をかけるたびに舌をかみそうでした。撮影許可は、パリ市のメディア担当と話をつめたあと、各所の担当者と話をし、公園やお墓などは撮影料を支払います。映画の舞台を撮影するという企画趣旨は、多くの担当者の共感を呼んでいたので、非常にやりやすかったです。

この番組では、カンヌ映画祭の舞台裏、映画音楽の舞台裏なども取材しました。次回、その様子をお伝えしますね。




2008/3/23  5:22

ロレーヌ地方ロドマック  小さな村巡り

「フランスの美しい村協会」にも登録されているロレーヌ地方の中世要塞都市Rodemackを訪ねた。ルクセンブルクから6キロ、ドイツから20キロ、国境に近い小さな村の入り口を入ると中世に迷いこんだかのよう。復活祭のお休みで村は静まり返っていた。

クリックすると元のサイズで表示します
この入り口は14世紀ごろ、村人たちによって造られたそう。夜はライトアップされることもある。

クリックすると元のサイズで表示します
村は教会を中心に発展した。この日は、復活祭(フランス語ではPaques)のミサに参列するため、村のあちらこちらから歩いて住民が集まってきた。

クリックすると元のサイズで表示します
城壁は13〜14世紀につくられたもので、村をぐるっと囲んで700メートル。

クリックすると元のサイズで表示します
高台の上にあるのがお城、現在はレストランになっているそうだけれど、復活祭のお休みでなかには入れず。村で営業していたのは薬屋さんだけ、特産物や郷土料理にありつけなかったのが残念。

クリックすると元のサイズで表示します
村のはずれに、小さな礼拝堂を発見。比較的新しいシャペルで建設されたのは1658年のこと。中世都市から一歩外にでても、まだ別世界にいるよう。フランスの田舎道をのんびり走りながら、だんだんと現実に戻ってきた。




2008/3/22  22:11

シャガールに会いたい(2)  芸術鑑賞記

フランス北東部、ロレーヌ地方のメッス(Metz)の大聖堂にシャガールのステンドグラスを見るため、早朝パリを出発。2005年に開通したTGVに乗って1時間20分。小雨、時々小雪。寒い。
クリックすると元のサイズで表示します
メッスのサン・テチエンヌ大聖堂(Chathedorale Saint-Etienne)。観光局の説明によると、身廊(入り口から祭壇にかけて)の高さは42mで、ヨーロッパで最も高い身廊のひとつ。ステンドグラスの表面積は、最も大きく6500u。

クリックすると元のサイズで表示します
シャガールのステンドグラスは、左側の後陣回廊に2枚。シャガールブルーがひきたっているものが一枚。赤が中心のものが一枚。旧約聖書のエピソードが描かれているそうだ。

クリックすると元のサイズで表示します
近くのトランセプトには、黄色のステンドグラスが。ちょうど、国営テレビがイースターの中継をするために機材をセッティング中で、写真がきれいに撮れるようにテレビ用の照明をあててくれたので、暗い教会のなかでステンドグラスがひときわ美しく光り輝いていた。

クリックすると元のサイズで表示します
教会をあとにして、メッスの町を散策すると美味しそうなロレーヌ地方のミートパイ(pate lorrain)が目についた。パイ生地に包まれた豚肉が素朴でおいし〜い。



クリックすると元のサイズで表示します
メッスは、歴史的建造物を修復して、市街地を整備し、隣接する国々から多くの観光客を迎えるようになった。写真は旧市街。新旧入り混じって、歴史を感じさせる新しい町という印象を持った。

RSS1.0