2008/7/20 20:48
天璋院篤姫〜篤姫第二十九回 篤姫
遂に「天璋院」が誕生しましたね。ちなみに、「天璋」は「天に輝く美玉」というような意味です。
ところで、今週は時間的な流れはあまりなかったのですが(汗)、僧月照がまたまた登場しました。彼は大阪の町医者の子として生まれましたが、出家して清水寺の塔頭寺院に入り、住職となりました。尊皇攘夷思想に傾倒しており、西郷隆盛など、一橋派の人々とも信仰が厚かったようです。
月照はこの後も西郷と濃密に付き合い、最期はある出来事により死にますが、これは来週ドラマで取り上げられる重要なエピソードであり、ネタバレになってしまうので、何故死んだかは一応伏せておきます。まあ、あらすじ予告を見れば、バレバレなのですが(汗)。
さて来週は、斉彬の死により復権してしまった斉興が迷惑な大活躍(笑)。一時的に薩摩藩は迷走することになります。
写真は清水寺の境内にあり、寺名の由来ともなった、音羽の滝。
2008/7/13 20:47
ふたつの遺言〜篤姫第二十八回 篤姫
篤姫に続く不幸。島津斉彬が死んだのは安政五年(1858)7月16日で、徳川家定が死んだのは7月6日。家定の方が10日も早かったのでした。
家定の死因については、脚気衝心とも言われています。脚気の悪化による心不全です。現代ではビタミンB1不足が原因と広く知られており、発症自体も少なく、死に至ることは稀です。
しかし、江戸時代は江戸の富裕層が精米を常食するようにるにつれ、「江戸患い」と呼ばれる程、流行していました。その頂点に立つ将軍も発病し、ネタバレになるかもしれないですが、徳川家茂(慶福ですね)も脚気が原因で死んだといわれています。
脚気衝心による死は(当時医学の所見としては)急激に訪れるので、毒殺説なども浮上することがあります。その為、来週は篤姫・・・天璋院になるわけですが・・・が疑われてしまうようです。
写真は斉彬を祭神とする照国神社。
2008/7/6 20:49
徳川の妻〜篤姫第二十七回 篤姫
堀田正睦の見事なスライディングズッコケ(爆)で笑わせて貰ったと思ったら、最後はホロリとさせて〆るなど、なかなかメリハリの効いた回でしたね。最後のラブシーン(?)は来週の悲劇へのフラグ、ということで予告編で既に筆者の涙腺は緩みそうでした(汗)。
今回、篤姫の「徳川の妻」宣言により、大奥も一体となって幕府は、大老井伊直弼を中心とした強力中央集権路線を歩むことになります。しかし、これが逆に幕府の寿命を縮めたのかもしれません。
松平慶永が列候会議による合議制政治運営を提案していましたが、こちらの方が幕府自体の権力は弱体化するものの、象徴としての徳川将軍家は保たれる可能性はあり、名誉を保ったまま緩やかな終焉を、迎えられたのではないでしょうか。日本国の象徴としては既に天皇家があるので、何十年も続く、とは言えませんが。
さて来週は、家定、そして斉彬の死。篤姫の物語は前半を終了しターン。後半へと進んで行きます。
写真は江戸城旧大手門渡櫓の屋根に乗っていた、鯱。
2008/6/29 21:10
嵐の建白書〜篤姫第二十六回 篤姫
今週は孝明天皇が前面に登場。さすが、なかなか雰囲気がありましたね。
孝明天皇の祖父は、光格天皇(こうかくてんのう)と言い、閑院宮家の出身でした。江戸時代、天皇家は皇位継承予定者以外の男子は出家する慣わしがあり、後光明天皇が承応3年(1654年)に22歳で崩御すると、後継者不足で皇統断絶の危機が訪れました。
この時は後光明天皇の父、後水尾法皇の生後間もない皇子(つまり、後光明天皇の弟)が成人するまで、中継ぎとして有栖川宮家から天皇を出しました(後西天皇)。
既に有栖川宮家の他に、伏見宮家(室町時代後期創設)桂宮(豊臣秀吉の時代に創設)もありましたが、どちらも創設から時間が経っており、現皇統とは血縁的に疎遠になっていました。そこへ上記のような皇統断絶の危機が生じたので、幕府と朝廷は危惧を抱き、新たに閑院宮家が創設されたのでした。
その後、当時の朝廷や幕府の不安は的中し、後桃園天皇が22歳で内親王一人を残して急逝。閑院宮家第二代典仁親王の第六皇子が、光格天皇として即位し、この系統が現代の天皇家まで続くことになりました。
そんな経緯で即位した、光格天皇を祖父に持ったため、孝明天皇はより皇祖皇統に強い拘りを抱いていたのかも知れません、綿々と続いてきた天皇家を頂点とする日本国に、夷狄を自分の代で入れてはならない、とも。
さて、来週は将軍家後継者問題から、幕府の次期大老問題へ。またまた篤姫が候補者2名と面接(笑)するようです。
写真は清水寺。
2008/6/22 20:47
母の愛憎〜篤姫第二十五回 篤姫
今回はなかなか見応えがありましたね。本寿院と篤姫の対決。大久保の覚醒。家定と篤姫などなど、脚本や演出もメリハリがあり、楽しめました。BGMは少々ご愛嬌が過ぎた感じがしないでもないですが(笑)。
ところで、突如登場し、大久保に退席を命じた熊本藩家老長岡監物。彼は本名を長岡 是容(ながおか これかた)と言い、藩では上卿三家と呼ばれた名家、米田家(一万五千石)の出身。ちなみに長岡という姓は、藩祖細川藤孝(幽斎)が信長から与えられた、由緒あるもので、藩主の一門も名乗っていました。
彼は江戸で藩家老として藩政改革を指揮した後失脚しましたが、再び家老職に復帰し、浦賀守備隊長として江戸詰めを命じられました。その間徳川斉昭や藤田東湖、吉田松蔭、そして西郷隆盛と交わりを持ち、ドラマで見たような場面が実現したと思われます。監物は攘夷派なので、家定とハリスの会見については、苦い思いを抱いていたのでしょう。
まあ、彼が熊本藩を攘夷派と、元は盟友だった横井小楠率いる開国派の2つに分ける混乱(正確には3つですが)を演出したと言え、幕末維新時における熊本藩の行動がいま一つ精彩を欠いてしまう原因になった、とも考えられるのですが。
さて、来週は将軍継嗣問題がさらに沸騰。間で篤姫は悩みを深めていくようです。
写真は江戸城天守台からの眺め。
2008/6/15 20:46
許すまじ、篤姫〜篤姫第二十四回 篤姫
またしても、予知能力を発揮した上様(笑)。慶喜によって将軍家としての徳川氏の幕が引かれることを、感じ取ったのでしょうか。
そんな上様はハリスとの会見で、歌舞伎のような所作をしていますが、これは半分史実。ハリスの日記に、将軍は発言する前に首を後ろへ反らし、足を踏み鳴らした、と書かれています。ドラマでは歌舞伎の所作を真似した、という解釈なのでしょう。一説によると、脳性麻痺の典型的な症状とも考えられるとの事。
それでも、アイデアを出したで、上様との一体感を得られた篤姫。幸せな日々を送りますが、それもつかの間。二人を遠ざけようとする動きが、来週は表面化してくるようです。
写真は彦根城。
2008/6/8 20:55
器くらべ〜篤姫第二十三回 篤姫
フジテレビの「大奥」を見ていた人は「アレッ?」と思ったかも知れません。徳川慶福がフジでは子役だったのに、「篤姫」では堂々たる体躯(笑)の青年(松田翔太)になっています。
慶福は弘化三年(1846)生まれなので、物語の舞台安政四年(1857)では11歳(満年齢)。ちょっと微妙な年齢ですが、子役のほうが現代の我々にはしっくり来る感じでしょうか。もっとも、彼は5歳で元服しているので、大人の格好で登場、は正しいのですが。
有名な話ですが、慶福(家茂)は甘い物が大好き。31本あった歯のうち、30本は虫歯だったそうです。だから、和菓子の異常を未然に見抜けたのかもしれませんね。
さて来週は、史上有名な家定とハリスの会見。篤姫が一計を案じるそうですが、はてさて、どうなるのか・・・。
写真は旧江戸城二の丸庭園。
2008/6/1 20:45
将軍の秘密〜篤姫第二十二回 篤姫
いやー、何とも驚きの展開(汗)。家定が大政奉還から、五箇条の御誓文まで予言するとは(爆)。
まあ、記録の無い所で(確か、記録係を遠ざけていましたよね?篤姫が)将軍が何を言ったのかは、現代の我々からすれば分からない訳で、そういう意味ではこのような聡明というより予言者のような(爆)発言を、しないとは言い切れません。それにしても、ちょっと飛躍しすぎの創作という気がしないでもないですが。
これで、完全に?原作を離れてしまった、と言えましょう。この後どのように話が展開していくのか、逆に面白くなってきました。
さて、来週は慶喜擁立に暗雲の立ち込めた状況を打開すべく、篤姫が動くようです。フジテレビの「大奥」での懐かしいシーンが、また見られるとは(汗)。
写真は鞆の浦の街並み。
2008/5/25 20:46
妻の戦い〜篤姫第二十一回 篤姫
どうでも良い話ですが、筆者はその昔鶴田真由が好きで(笑)、結婚した話を聞いたときは、涙したものでした(爆)。
で、彼女が演じる「お志賀」ですが、父親は旗本の堀利邦(ほりとしくに)。ご先祖はなんと、戦国武将の堀秀政の弟の堀利重になります。堀秀政(堀久太郎)といえば、信長、秀吉に仕え重用され、最終的には北ノ庄(福井)で十八万石を領する堂々たる大名になっています。
弟の利重も紆余曲折はありましたが、江戸幕府成立以降も一万四千石の大名として生き残り、途中当主の錯乱により改易されるものの、養子を迎え三千石の旗本として存続しています。お志賀の家は曽祖父の時代に分家したものですが、なかなかの名門といっても良いかもしれませんね。
さて、来週は筆者も気に入っていた、草刈正雄演じる阿部正弘が死に、下田条約も締結され、やっと(?)歴史的な動きも見られそうです。
(なんか調子が悪いので、画像は後ほど再度アップを試みます)
2008/5/18 20:44
婚礼の夜〜篤姫第二十回 篤姫
巻物の先が気にな・・・いや、なんでもありません(爆)。それにしても、いろいろ笑わせてもらいましたが、ちらりと「本性」を現す将軍様が憎かったですね。
前回までのドラマでの家定は、カステラ作りや豆煎りに精を出していましたが、これはほぼ史実のようです。家臣たち(老中や斉彬ですね)に振舞っても居たとの事。但し、鴨を追いかける話は、明治時代に作られたゴシップ。同時代にそういう記録はありません。調理が好きなのも、毒殺を恐れてのこと、という説もあります。
そんな家定を、松平慶永(春嶽)は「凡庸の中でも最も下等」と、評しました。だが、これは逆に言えば「凡庸」の中には入っているということ。暗愚、とはまたちょっと違う印象を、筆者は持ちます。さらに勘定奉行などを務めた朝比奈昌広は「三百諸侯の中には、家定公より劣る大名は、幾らでも居たはず」と言っているので、補佐するものが居れば、将軍職が務まらない、というほどではなかったと思われます。
なので、ドラマでは暗愚のように見えて実は・・・というストーリーを展開していくのでしょう。どのように本当の家定が見えてくるのか、この辺りも見所となるでしょう。
さて来週は、側室のお志賀と直接対決!さらに成長していく篤姫の姿が見られそうです。
写真は江戸城の大手門から本丸への道筋にある百人番所。本丸を守る役目を担う。
