2008/7/13 20:47
ふたつの遺言〜篤姫第二十八回 篤姫
篤姫に続く不幸。島津斉彬が死んだのは安政五年(1858)7月16日で、徳川家定が死んだのは7月6日。家定の方が10日も早かったのでした。
家定の死因については、脚気衝心とも言われています。脚気の悪化による心不全です。現代ではビタミンB1不足が原因と広く知られており、発症自体も少なく、死に至ることは稀です。
しかし、江戸時代は江戸の富裕層が精米を常食するようにるにつれ、「江戸患い」と呼ばれる程、流行していました。その頂点に立つ将軍も発病し、ネタバレになるかもしれないですが、徳川家茂(慶福ですね)も脚気が原因で死んだといわれています。
脚気衝心による死は(当時医学の所見としては)急激に訪れるので、毒殺説なども浮上することがあります。その為、来週は篤姫・・・天璋院になるわけですが・・・が疑われてしまうようです。
写真は斉彬を祭神とする照国神社。
