2008/7/23  23:07

淳之介の背中  分類なし
淳之介の背中
吉行淳之介の死後、思い出を書いた女性は4名。一人はおかあさんのあぐり。
愛人の宮城まり子。同じく愛人の大塚英子。
愛人二人の本は読んでいた。
で、今回amazonであぐりさんの本と正妻である吉行文枝さんの本を取り寄せて読んだ。
なによりも驚いたのは、あぐりさんと文枝さんの顔。やせていて歯が目立って(ま、そっ歯のようで)いる。似ているのである。写真によっては同じ人かと思うくらいに。そうして、この二人に加え宮城まり子もやや同系列。どう言えばいいのだろう。決して美人ではなく、少なくとも私の好みではない。かといってブス、と単純にも割り切れない。疲れたら目の周りにくまが出来そうな顔と言う印象。
しかし、死後に母親も含めて4人の女性が「淳之介が死んで悲しい」と本を書くなんて、まあもてた人ならではで色っぽくていいのだが、しかし、大塚英子も宮城まり子も自我が強すぎていやになるような部分もある。
特に大塚英子は正妻ではもちろんなく、宮城まり子ほど吉行淳之介の仲間や仕事上の付き合いのある人にも溶け込めず、完全に日陰の女であったからか、加えて本人の性格もあるのだろうが、かなり癖のある内容となっていて、疲れる。

吉行淳之介の正妻である吉行文枝の本は「淳之介の背中」と言うタイトル。
正妻については、遠藤周作が作品に随筆の中に書いていて「ねこを抱いて吉行のことをおにいちゃんおにいちゃん、と呼ぶ不思議な女性と暮らしているようだった」読んだ記憶があった。もう30年も前だろうか。
その他吉行本人の著述にも、正妻が先輩作家である佐藤春夫の家に吉行の不実さをこぼしに行く場面があったりして、なんとなくエキセントリックな、、、もっと言えば狂女のイメージすらあったのだが、読んでみると穏やかな語り口。
もちろん若いころの思い出で、終戦前の女学生らしく才気走ったやりとりが記載されているが昔のこと過ぎて生々しさが無い。
戦時中に吉行と出会って、終戦後に市谷で暮らし始めたころの新婚生活の思い出が語られている。吉行淳之介のエッセイでは、赤線通いに熱が入り始め遊び狂っていた時代として語られている。その文章からは妻がいる様子は微塵も感じられない。結核で清瀬に入院しても同じ。この妻の本には芥川賞の受賞を家で聞き、市ヶ谷から清瀬まで電車に乗って知らせに行く場面が書かれているが、吉行本人のエッセイには妻もなければ女も無い。そこまで無視するなんてちょっとひどいんじゃないの?と思ってしまうほどの黙殺ぶりである。
そうしてこの本は吉行淳之介が宮城まり子と出会い、別居が始まるあたりで終わっている。

あっと言う間に読み終えてしまった。字も大きく、薄い本である上に、後半は縁があった人の文章が収録されていた。
読み終えて、しばらくして、ああこの人は吉行淳之介のことがとても好きだったのに、もうこれ以上思い出がないのだ、とわかって切なくなってしまった。
たとえば戦争未亡人がわずか一年だけの新婚生活の思い出を抱いて一生を終えるように、この人は吉行淳之介との幸せだった数年間をなめるように大事にし、その後の40年近い年月を送ってきたのだ。その内容は人に語ってもせんないこと。何度も何度も思い返していたのだろうが改めて文章にしてみると、こんな薄い本になってしまったのだ。
そうして、タイトルは愛した人の「背中」
去っていく人の最後の姿。

なんとなく読者としてはあぐりさんを除く三人の女性の中ではもっとも肩入れしたくなるような印象を持った。


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