2008/8/7 22:48
赤塚不二夫 分類なし
赤塚不二男が亡くなった。
と、言っても私たちの年代ではさほど衝撃はない。物心ついたときには「バカボン」「もーれつアタロウ」「うめぼし殿下」「ひみつのアッ子ちゃん」「おそまつ君」などが出揃っていたから。
逆に言うと、思春期以降の多感な時期には完全に過去の人と言う認識であった。
しかし、今、改めてもうれつアタロウ、や梅干殿下って書くとほとんど切実にそのマンガ(アニメ)を見たくなった。
しかし(しかしが続いて見苦しい文章だが)それはやはり郷愁と言うものであって、昭和40年以降生まれの者にとっては赤塚不二男のギャグは古くさくってしょうがない。谷岡ヤスジのギャグマンガも同時代に過ごした人たちからは破壊力がすごかった、と評価されているが、ぜんぜんピンとこない。
今でも読んでおもしろいがきデカとは出来が違う。牧歌的と言ってもいいような絵。のんびりしたテンポ。懐かしさを引いたら読むには耐えないだろう。
ちょっと話は寄り道にそれますが、、、、、
学生時代に誰かが思いついたギャグで、レレレのおじさんがとうとうぼけてしまった、、、、と言うのがあった。
おでかけですか〜?、、、、、、、ロロロのロ?
ばかばかしくって仕方ない。これは面白かった。
同時に河内のおっさんの唄。のおっさんが、業界人になったら、、、、と言うのもあって、
よう来たのレーワー。だって。
ま、平成なりたてののんびりした時代だったわけですな。
それはともかく、中学時代にタモリが世の中に出てきて、時々深夜のオールナイトニッポンで赤塚不二男のことを話していた。フジオちゃん、なんて言って30過ぎて芸能界に突如出てきたタモリが頼るべき先輩と慕っている感じがよく出ていた。
その中で、赤塚不二男がいっつも飲むのが、焼酎の番茶割り。と言ってた。
中学生が聞いても、なんちゅう不気味な飲み物や、と思っていたのだが、今は理解できる飲み物。焼酎のウーロン割り、麦茶割り、、、、、
赤塚不二男の家が下落合と記事に出ていて、思い出したのが「下落合ヤキトリムービー」と言う映画。デビューしたての所ジョージがタキシード着てつっぱらかってた記憶がある。
その映画も関係あるのかな、と検索してみると、そのとおりだった。
家のどっかにビデオがあるはずなので、今度見てみよう。
それにしても赤塚不二男。
たとえば手塚治虫は僕が物心ついてから読んで感心するようなマンガをかいていた。また、その後もグリンゴとか陽だまりの樹とか、アドルフなどを書いて、現役の漫画家だった。
藤子不二夫もそう。
石森章太郎もホテルを書いてた。
しかし赤塚不二男はまったくなんにも書いていない。
不思議な人だな、と今となっては思うのである。同時代人という気がしないのである。
タモリが、赤塚不二男の葬式で、「わたしもあなたの作品です」と弔辞を述べたと言う。
その記事を読んで初めて、ああ、俺たちもその影響下にあったのかもしれないな、としんみりとした。
と、言っても私たちの年代ではさほど衝撃はない。物心ついたときには「バカボン」「もーれつアタロウ」「うめぼし殿下」「ひみつのアッ子ちゃん」「おそまつ君」などが出揃っていたから。
逆に言うと、思春期以降の多感な時期には完全に過去の人と言う認識であった。
しかし、今、改めてもうれつアタロウ、や梅干殿下って書くとほとんど切実にそのマンガ(アニメ)を見たくなった。
しかし(しかしが続いて見苦しい文章だが)それはやはり郷愁と言うものであって、昭和40年以降生まれの者にとっては赤塚不二男のギャグは古くさくってしょうがない。谷岡ヤスジのギャグマンガも同時代に過ごした人たちからは破壊力がすごかった、と評価されているが、ぜんぜんピンとこない。
今でも読んでおもしろいがきデカとは出来が違う。牧歌的と言ってもいいような絵。のんびりしたテンポ。懐かしさを引いたら読むには耐えないだろう。
ちょっと話は寄り道にそれますが、、、、、
学生時代に誰かが思いついたギャグで、レレレのおじさんがとうとうぼけてしまった、、、、と言うのがあった。
おでかけですか〜?、、、、、、、ロロロのロ?
ばかばかしくって仕方ない。これは面白かった。
同時に河内のおっさんの唄。のおっさんが、業界人になったら、、、、と言うのもあって、
よう来たのレーワー。だって。
ま、平成なりたてののんびりした時代だったわけですな。
それはともかく、中学時代にタモリが世の中に出てきて、時々深夜のオールナイトニッポンで赤塚不二男のことを話していた。フジオちゃん、なんて言って30過ぎて芸能界に突如出てきたタモリが頼るべき先輩と慕っている感じがよく出ていた。
その中で、赤塚不二男がいっつも飲むのが、焼酎の番茶割り。と言ってた。
中学生が聞いても、なんちゅう不気味な飲み物や、と思っていたのだが、今は理解できる飲み物。焼酎のウーロン割り、麦茶割り、、、、、
赤塚不二男の家が下落合と記事に出ていて、思い出したのが「下落合ヤキトリムービー」と言う映画。デビューしたての所ジョージがタキシード着てつっぱらかってた記憶がある。
その映画も関係あるのかな、と検索してみると、そのとおりだった。
家のどっかにビデオがあるはずなので、今度見てみよう。
それにしても赤塚不二男。
たとえば手塚治虫は僕が物心ついてから読んで感心するようなマンガをかいていた。また、その後もグリンゴとか陽だまりの樹とか、アドルフなどを書いて、現役の漫画家だった。
藤子不二夫もそう。
石森章太郎もホテルを書いてた。
しかし赤塚不二男はまったくなんにも書いていない。
不思議な人だな、と今となっては思うのである。同時代人という気がしないのである。
タモリが、赤塚不二男の葬式で、「わたしもあなたの作品です」と弔辞を述べたと言う。
その記事を読んで初めて、ああ、俺たちもその影響下にあったのかもしれないな、としんみりとした。
