2008/10/8 10:02
台北滞在三日目。 分類なし
台北滞在三日目。十月三日(金)晴れ。
七時に起床。シャワーを浴びた後に七時半に朝食会場へ。今日もお粥。
八時にロビーへ降りると、いつ同じホテルに泊まったのと思うほど、大勢の同志が集っていた。他のホテルに泊まっていた清水常二、内田春雄の両氏も到着。

左より、西沢大行社高知支部長、蜷川、内田春雄氏、清水常二氏。
八時半、迎えに来た大型バスに乗って、蒋介石総統の銅像のある桃園県へ向かう。
道路と言うのは不思議なもので、初めて通る時は、車窓を流れる景色に目を奪われて、時間があまり気にならないが、三度目にもなると、一時間余の道のりが随分と長く感じてならない。十時過ぎに、虎頭山公園に着く。大行社が建立した蒋介石総統の銅像は、今年で建立二十年を迎える。
大行社が二十年前に建立した蒋介石総統の銅像。
銅像前には、公園を管理する桃園県の職員の方々が、椅子や花輪を並べたりの準備が整っていた。すぐに式典。まずは国民儀礼の後に、三本菅啓二会長や桃園県の幹部の方がご挨拶し、私も、生花を捧げさせて頂いた。昨年は、天気が悪く、寒さに震えたのが嘘のようで、今年は、午前中だというのに、三十度にもなった。汗が滴り落ちる。
一時間半ほどの式典は滞りなく終了し、最後に全員で記念撮影をして解散。
銅像前で記念撮影。
バスで、昼食会場に向かう。昼食は「浜松や」という日本料理のお店で、うな重。たまには日本食もいい。
お店の看板。
食後は、ショッピング。昨年も行った、ショッピングセンターへ向かう。品物によっては空港の免税店や土産物屋で買うよりも安い。
買い物を済ませた後は、岡樹延氏とショッピングセンター前の、食堂で休憩のビール。
三時にホテルに戻り、今回の旅の目的の一つでもある、気功の治療を受けたが、何も言わないのに(最も言葉も通じないが)私の体の悪いところを一発で指摘したのには驚いた。大して力を入れている訳でもないのに、汗をびっしょりかいた。
夜は、阿美飯店というお店で、現地の方との懇親の夕べ。
食後は、清水、内田、隠岐の諸氏に加えて大行社の内川、松根の両君らと、昨日とは場所を変えて、松山と言うところにある夜市に行った。
一時間ほど露天を冷かしているうちに、十二年前にきたのもこの夜市であることを思い出した。
十一時過ぎにホテルに戻った。

松山の夜市で。左より、清水、内田、隠岐の諸氏と。

十二年前、同じ場所で。
七時に起床。シャワーを浴びた後に七時半に朝食会場へ。今日もお粥。
八時にロビーへ降りると、いつ同じホテルに泊まったのと思うほど、大勢の同志が集っていた。他のホテルに泊まっていた清水常二、内田春雄の両氏も到着。
左より、西沢大行社高知支部長、蜷川、内田春雄氏、清水常二氏。
八時半、迎えに来た大型バスに乗って、蒋介石総統の銅像のある桃園県へ向かう。
道路と言うのは不思議なもので、初めて通る時は、車窓を流れる景色に目を奪われて、時間があまり気にならないが、三度目にもなると、一時間余の道のりが随分と長く感じてならない。十時過ぎに、虎頭山公園に着く。大行社が建立した蒋介石総統の銅像は、今年で建立二十年を迎える。
大行社が二十年前に建立した蒋介石総統の銅像。
銅像前には、公園を管理する桃園県の職員の方々が、椅子や花輪を並べたりの準備が整っていた。すぐに式典。まずは国民儀礼の後に、三本菅啓二会長や桃園県の幹部の方がご挨拶し、私も、生花を捧げさせて頂いた。昨年は、天気が悪く、寒さに震えたのが嘘のようで、今年は、午前中だというのに、三十度にもなった。汗が滴り落ちる。
一時間半ほどの式典は滞りなく終了し、最後に全員で記念撮影をして解散。
銅像前で記念撮影。
バスで、昼食会場に向かう。昼食は「浜松や」という日本料理のお店で、うな重。たまには日本食もいい。
お店の看板。
食後は、ショッピング。昨年も行った、ショッピングセンターへ向かう。品物によっては空港の免税店や土産物屋で買うよりも安い。
買い物を済ませた後は、岡樹延氏とショッピングセンター前の、食堂で休憩のビール。
三時にホテルに戻り、今回の旅の目的の一つでもある、気功の治療を受けたが、何も言わないのに(最も言葉も通じないが)私の体の悪いところを一発で指摘したのには驚いた。大して力を入れている訳でもないのに、汗をびっしょりかいた。
夜は、阿美飯店というお店で、現地の方との懇親の夕べ。
食後は、清水、内田、隠岐の諸氏に加えて大行社の内川、松根の両君らと、昨日とは場所を変えて、松山と言うところにある夜市に行った。
一時間ほど露天を冷かしているうちに、十二年前にきたのもこの夜市であることを思い出した。
十一時過ぎにホテルに戻った。
松山の夜市で。左より、清水、内田、隠岐の諸氏と。
十二年前、同じ場所で。
2008/10/8 9:18
最近は芸能界に特別なファンがいない。 分類なし
十月七日(火)曇りのち雨。
朝食の後は、机に向かう。午前中は、お世話になっている方々への、様々な手紙を六通。群青忌の案内状が届いていない、と言う連絡を頂いた人たちへ、発送するなど、アッと言う間に昼が過ぎた。
昼食の時にテレビをつけたなら、俳優の尾形拳さんが亡くなったとの報道。何かあまりにも唐突な感じがして驚いたが、七十七歳という年齢にも、エッという感じがした。
素晴らしい役者である事に異論はない。尾形さんが主演した作品が紹介されていたが、そのほとんどを見ている。しかし個人的には特別ファンだったという訳ではなかったので、失礼ながら尾形拳という役者にそれほどの思い入れはない。
最近は、ひいきの役者を見るために映画やドラマを見る、ということがない。むしろ出演している役者よりも、作品の内容の方を重視している。歌もそうだ。歌手よりも歌がいい。だから好きな歌は、歌が好きなのであって、格別歌手にこだわらない。
人にこだわったのは、随分昔のこと。芸能界では石原裕次郎、スポーツでは長嶋茂雄ぐらいか。(随分古い話でスミマセン)
唯一人にこだわって買うのは、「本」ぐらいなもの。これまで好きな作家の本は、ほとんど読むようにした。全集が出ていれば、それも買った。高橋和巳、吉村昭、山本周五郎、開高健、城山三郎、小島直記など。
最近、一世を風靡した人たちの引退や死亡記事が目に付く。野球界では桑田や清原、世界の王貞治、そして芸能界では尾形拳など。考えてみれば、誰にでも引退や死の時が、必ず訪れる。賞賛や悲嘆の数など問題ではない。どれだけ生きた、よりもどう生きてきたかが大切なのだ。
夜は、サリーファミリーの、通称タラコちゃんのご尊父が亡くなり、その通夜式が久保山にある小西斎場で行われ、愚妻と一緒にご焼香に出かけた。ご遺族や親しい方々にご挨拶の後に帰路に。途中、自宅近くで学校の先輩が経営している「浜一」という寿司屋で弔いの酒。十時前に床に就いた。
朝食の後は、机に向かう。午前中は、お世話になっている方々への、様々な手紙を六通。群青忌の案内状が届いていない、と言う連絡を頂いた人たちへ、発送するなど、アッと言う間に昼が過ぎた。
昼食の時にテレビをつけたなら、俳優の尾形拳さんが亡くなったとの報道。何かあまりにも唐突な感じがして驚いたが、七十七歳という年齢にも、エッという感じがした。
素晴らしい役者である事に異論はない。尾形さんが主演した作品が紹介されていたが、そのほとんどを見ている。しかし個人的には特別ファンだったという訳ではなかったので、失礼ながら尾形拳という役者にそれほどの思い入れはない。
最近は、ひいきの役者を見るために映画やドラマを見る、ということがない。むしろ出演している役者よりも、作品の内容の方を重視している。歌もそうだ。歌手よりも歌がいい。だから好きな歌は、歌が好きなのであって、格別歌手にこだわらない。
人にこだわったのは、随分昔のこと。芸能界では石原裕次郎、スポーツでは長嶋茂雄ぐらいか。(随分古い話でスミマセン)
唯一人にこだわって買うのは、「本」ぐらいなもの。これまで好きな作家の本は、ほとんど読むようにした。全集が出ていれば、それも買った。高橋和巳、吉村昭、山本周五郎、開高健、城山三郎、小島直記など。
最近、一世を風靡した人たちの引退や死亡記事が目に付く。野球界では桑田や清原、世界の王貞治、そして芸能界では尾形拳など。考えてみれば、誰にでも引退や死の時が、必ず訪れる。賞賛や悲嘆の数など問題ではない。どれだけ生きた、よりもどう生きてきたかが大切なのだ。
夜は、サリーファミリーの、通称タラコちゃんのご尊父が亡くなり、その通夜式が久保山にある小西斎場で行われ、愚妻と一緒にご焼香に出かけた。ご遺族や親しい方々にご挨拶の後に帰路に。途中、自宅近くで学校の先輩が経営している「浜一」という寿司屋で弔いの酒。十時前に床に就いた。
2008/10/7 16:03
台北二日目。 分類なし
台北二日目。十月二日(木)晴れ。
朝七時半に起床。シャワーも浴びずに朝食会場へ。ここのホテルは三度目だが、値段の割りに部屋も清潔で、セキュリティーも良いが、惜しむらくは朝食が不味い。食べられるものはいつも、お粥だけ。隠岐氏とボソボソ食べていたら、大行社の湘南支部長の鈴木健吾氏らが来た。昨日、遅く着いたらしく、どうやら寝不足のようだ。
九時半に、ホテルの前からタクシーで故宮博物院へ。何の会社だろうか、大勢の日本人の若い女性ばかりの観光客が来ていた。私は、この故宮は、二度目である。最初に来たのは、平成八年だから十二年前の事。展示物などの確かな記憶はないが、定番の「翠玉白菜」の前には、その当時も今も人だかりが凄かった。帰国してから、昔のアルバムを見たら、正面入り口にあった蒋介石の銅像が撤去されていた。
三階から順に廻ったが、日本語の解説もあって、中国史ファンの私にとっては、中々楽しい時間だった。

故宮の前で。
十二年前の入場券。入場料は五十元。

今回の入場券。入場料は百六十元。
昼になって、安部氏と待ち合わせて、大きな百貨店の地下の飲茶屋へ。ここも人が凄かった。様々な昼食のコーナーがあって、見ているだけでも楽しい。相変わらずの日本食ブームで、回転寿司や、日本風のラーメン、鉄板焼などが繁盛していた。
午後からは、MRT(地下鉄)に乗って、台湾のランドマーク「101」へ。八十八階の展望台まで、何と三十秒ほどで上がってしまうエレベーターには、さすがに驚いた。
生憎の曇天で眺望は、絶景とまでは行かなかったが、その景観は、正にパノラマ。しかし私と阿部氏は高所恐怖症なので、あまり楽しめなかった。
この高層ビルは、地震対策として、ビルの真ん中にとても大きい錘(ウインドダンパー)をいれてバランスをとっている。とりあえず、その錘の前で写真を撮った。
後ろがダンバー。そのおもりのキャラクター。顔が「101」となっている。
夕食は、今日到着した大行社の若い人たちと一緒に、北京ダックで有名と言う、中華料理店に行き、談論風発の酒。食後は、士林という所にある有名な観光夜市へ。昨年来た時には、雨で、ほとんど露天は出ていなかったが、今日は、狭い道に人が溢れ、歩くのも大変である。一時間ほど、露天を冷かしていたら、岡樹延氏から連絡が入り、ホテルの近くの大衆食堂で飲んでいるので、どうぞとのこと。タクシーを飛ばして、合流。一時間ほど飲んで、十二時前にホテルに帰った。
朝七時半に起床。シャワーも浴びずに朝食会場へ。ここのホテルは三度目だが、値段の割りに部屋も清潔で、セキュリティーも良いが、惜しむらくは朝食が不味い。食べられるものはいつも、お粥だけ。隠岐氏とボソボソ食べていたら、大行社の湘南支部長の鈴木健吾氏らが来た。昨日、遅く着いたらしく、どうやら寝不足のようだ。
九時半に、ホテルの前からタクシーで故宮博物院へ。何の会社だろうか、大勢の日本人の若い女性ばかりの観光客が来ていた。私は、この故宮は、二度目である。最初に来たのは、平成八年だから十二年前の事。展示物などの確かな記憶はないが、定番の「翠玉白菜」の前には、その当時も今も人だかりが凄かった。帰国してから、昔のアルバムを見たら、正面入り口にあった蒋介石の銅像が撤去されていた。
三階から順に廻ったが、日本語の解説もあって、中国史ファンの私にとっては、中々楽しい時間だった。
故宮の前で。
十二年前の入場券。入場料は五十元。
今回の入場券。入場料は百六十元。
昼になって、安部氏と待ち合わせて、大きな百貨店の地下の飲茶屋へ。ここも人が凄かった。様々な昼食のコーナーがあって、見ているだけでも楽しい。相変わらずの日本食ブームで、回転寿司や、日本風のラーメン、鉄板焼などが繁盛していた。
午後からは、MRT(地下鉄)に乗って、台湾のランドマーク「101」へ。八十八階の展望台まで、何と三十秒ほどで上がってしまうエレベーターには、さすがに驚いた。
生憎の曇天で眺望は、絶景とまでは行かなかったが、その景観は、正にパノラマ。しかし私と阿部氏は高所恐怖症なので、あまり楽しめなかった。
この高層ビルは、地震対策として、ビルの真ん中にとても大きい錘(ウインドダンパー)をいれてバランスをとっている。とりあえず、その錘の前で写真を撮った。
後ろがダンバー。そのおもりのキャラクター。顔が「101」となっている。
夕食は、今日到着した大行社の若い人たちと一緒に、北京ダックで有名と言う、中華料理店に行き、談論風発の酒。食後は、士林という所にある有名な観光夜市へ。昨年来た時には、雨で、ほとんど露天は出ていなかったが、今日は、狭い道に人が溢れ、歩くのも大変である。一時間ほど、露天を冷かしていたら、岡樹延氏から連絡が入り、ホテルの近くの大衆食堂で飲んでいるので、どうぞとのこと。タクシーを飛ばして、合流。一時間ほど飲んで、十二時前にホテルに帰った。
2008/10/7 15:46
久し振りの野毛と関内へ。 分類なし
十月六日(月)晴れ。
九時に、台湾で隠岐氏から頂いた、乾燥したホタテを出汁にして、お粥を作ってみたが、これが中々良かった。その朝食を済ませて、メールやブログのチェックと更新。わずか五日間留守をしただけなのに、手紙やメール、ファックスに郵便と、てんやわんやである。
親しい友人から昼食に誘われたので、早目に事務所に寄って用事を済ませようと思ったら、何と、今日の午後一番でY新聞の取材があるのを忘れていた。記者氏はもう三十分も前から、マンションのロビーで待っていたらしい。申し訳ないことをした。
取材の目的は「民主党政権実現の可能性」について。一時間半ほどインタビューを受けた。
夕方帰宅して、慌ててシャワーを浴びて野毛の「弥平」へ。今日は、七時から、「蜷川政経懇話会」という名前だけは立派な食事会へ。お店のオーナーで同級生でもある高杉茂氏の心づくしで、カツオのたたき、うまずらハギの鍋を堪能。途中から内田春雄夫妻が来訪。
清水常二氏らと、台北の話を肴に九時半まで。終了後は、後輩のS君と久し振りに関内へ転戦。十二時近くに帰宅。
何だかんだと言っても、日本で飲むのが一番。楽しかった。
九時に、台湾で隠岐氏から頂いた、乾燥したホタテを出汁にして、お粥を作ってみたが、これが中々良かった。その朝食を済ませて、メールやブログのチェックと更新。わずか五日間留守をしただけなのに、手紙やメール、ファックスに郵便と、てんやわんやである。
親しい友人から昼食に誘われたので、早目に事務所に寄って用事を済ませようと思ったら、何と、今日の午後一番でY新聞の取材があるのを忘れていた。記者氏はもう三十分も前から、マンションのロビーで待っていたらしい。申し訳ないことをした。
取材の目的は「民主党政権実現の可能性」について。一時間半ほどインタビューを受けた。
夕方帰宅して、慌ててシャワーを浴びて野毛の「弥平」へ。今日は、七時から、「蜷川政経懇話会」という名前だけは立派な食事会へ。お店のオーナーで同級生でもある高杉茂氏の心づくしで、カツオのたたき、うまずらハギの鍋を堪能。途中から内田春雄夫妻が来訪。
清水常二氏らと、台北の話を肴に九時半まで。終了後は、後輩のS君と久し振りに関内へ転戦。十二時近くに帰宅。
何だかんだと言っても、日本で飲むのが一番。楽しかった。
2008/10/6 15:35
台北へ。 分類なし
十月一日(水)曇り。台北へ。
八時に起床。慌てて簡単な朝食をとって横浜駅へ。十時半発の成田エキスプレスにて成田空港へ。十二時に第二ターミナル着。今回同行する隠岐康氏と合流してチャイナ・エアラインのカウンターへ。
二時十五分発のCH−017便にて一路台北へ。直前まで台風が迫っているとのことで、少々心配だったが、それは杞憂で、飛行機は四時四十五分に順調に台北に着いた。
入国審査を済ませた後に、を空港で、少しばかり両替したが、一万円で、二千九百二十五元。昨年は、三千四百元ほどあったと記憶しているが・・・。

台北空港にて。
パックツアーなので、ガイドに迎えに来てもらいホテルに向かったが、「両替」という口実で、早くも土産物屋に連れて行かれた。着いてすぐに土産物なんてとんでもないと思って、無料のウーロン茶だけ飲んでホテルへ。
ホテルは、昨年も泊まった「三徳」(サントス)ロビーには、台湾在住で、いつも蒋介石総統の銅像での式典や、烏来にある高砂義勇隊の慰霊碑前での慰霊祭の段取りをして頂いている安部英樹氏が待っていてくれた。
旅装を解くのももどかしいままに、早速、夕食のために街へ繰り出す。
店の名前は失念してしまったが、安部氏の案内で海鮮料理の専門店へ行く。
後で聞いたのだが、この海鮮料理の店は、台北でも有名な店で、大行社の三本菅会長も以前は良く来たと話していた。
店の入り口には、シャコやカニ、エビなどの入った生簀があって、そこから好きなものを選ぶ。何と、食器はウエッジ・ウッドを使っていた。
まずは、久闊を叙して乾杯。安部氏の話だと、最近は台湾では紹興酒を飲む人は少なく、ウイスキーやブランデー、ワインが主流とのこと。
二時間ほど食事を楽しんだ後に、第二陣が到着するとのことで、安部氏と別れて、マッサージの店に行き、早めにホテルに戻った。

海鮮料理のお店の前で。左より、安部氏、隠岐氏と私。
八時に起床。慌てて簡単な朝食をとって横浜駅へ。十時半発の成田エキスプレスにて成田空港へ。十二時に第二ターミナル着。今回同行する隠岐康氏と合流してチャイナ・エアラインのカウンターへ。
二時十五分発のCH−017便にて一路台北へ。直前まで台風が迫っているとのことで、少々心配だったが、それは杞憂で、飛行機は四時四十五分に順調に台北に着いた。
入国審査を済ませた後に、を空港で、少しばかり両替したが、一万円で、二千九百二十五元。昨年は、三千四百元ほどあったと記憶しているが・・・。
台北空港にて。
パックツアーなので、ガイドに迎えに来てもらいホテルに向かったが、「両替」という口実で、早くも土産物屋に連れて行かれた。着いてすぐに土産物なんてとんでもないと思って、無料のウーロン茶だけ飲んでホテルへ。
ホテルは、昨年も泊まった「三徳」(サントス)ロビーには、台湾在住で、いつも蒋介石総統の銅像での式典や、烏来にある高砂義勇隊の慰霊碑前での慰霊祭の段取りをして頂いている安部英樹氏が待っていてくれた。
旅装を解くのももどかしいままに、早速、夕食のために街へ繰り出す。
店の名前は失念してしまったが、安部氏の案内で海鮮料理の専門店へ行く。
後で聞いたのだが、この海鮮料理の店は、台北でも有名な店で、大行社の三本菅会長も以前は良く来たと話していた。
店の入り口には、シャコやカニ、エビなどの入った生簀があって、そこから好きなものを選ぶ。何と、食器はウエッジ・ウッドを使っていた。
まずは、久闊を叙して乾杯。安部氏の話だと、最近は台湾では紹興酒を飲む人は少なく、ウイスキーやブランデー、ワインが主流とのこと。
二時間ほど食事を楽しんだ後に、第二陣が到着するとのことで、安部氏と別れて、マッサージの店に行き、早めにホテルに戻った。
海鮮料理のお店の前で。左より、安部氏、隠岐氏と私。
2008/10/5 23:21
台湾より、帰国いたしました。 分類なし
十月五日(日)台北から帰国。
今日の六時半に成田に着きました。空港を出たのは七時過ぎ、成田エクスプレス、横須賀線と乗り継いで保土ヶ谷駅に着いたのが九時。迎えに来て家族と合流して、遅い夕食を、自宅の近くの「清水苑」でとりましたが、疲れていたので、ほとんど食欲がなく、スープを一杯だけ飲んで帰宅。洗濯物やパッケージを片付けたらもう十一時過ぎ。さすがに疲れました。
一日から四泊五日の訪台でしたが、毎日、行事がありまして忙しい日々でしたが、また有意義な日々でもありました。台湾でも、私のブログを毎日読んでいるという方がいまして、チョット驚くと共に、嬉しくもありました。
明日から、一日からの訪台記をアップ致しますので、宜しくお願い致します。
今日の六時半に成田に着きました。空港を出たのは七時過ぎ、成田エクスプレス、横須賀線と乗り継いで保土ヶ谷駅に着いたのが九時。迎えに来て家族と合流して、遅い夕食を、自宅の近くの「清水苑」でとりましたが、疲れていたので、ほとんど食欲がなく、スープを一杯だけ飲んで帰宅。洗濯物やパッケージを片付けたらもう十一時過ぎ。さすがに疲れました。
一日から四泊五日の訪台でしたが、毎日、行事がありまして忙しい日々でしたが、また有意義な日々でもありました。台湾でも、私のブログを毎日読んでいるという方がいまして、チョット驚くと共に、嬉しくもありました。
明日から、一日からの訪台記をアップ致しますので、宜しくお願い致します。
2008/10/1 1:06
群青忌開催のご案内。 分類なし
野村秋介追悼15年・群青忌開催のお知らせ。


どなたでもご自由にご参加下さい。会場整理費¥3000。記念DVDを贈呈致します。
尚、会場の規則により、定員になり次第、入場を制限させて頂きます。また、会場周辺に 駐車場があまりありません。公共の交通機関をご利用下さい。
終了後に、直会を行います。(お一人三千円)当日、受付にてお問い合わせ下さい。
墓前祭
10月20日(月)午前十一時、伊勢原、浄発願寺にて。
十時半まで、伊勢原の駅に、送迎の車が待機しております。
尚、ご参加は自由ですが、ご仏前、ご供花の義は固くご辞退させて頂きます。
終了後、午後一時より、中華街「菜香・市場通り店」にて、直会を行います。
車で送迎いたします。参加は自由ですが会費、五千円です。
ご不明の点は、二十一世紀書院にお問い合わせ下さい。
TEL045-232-8590
どなたでもご自由にご参加下さい。会場整理費¥3000。記念DVDを贈呈致します。
尚、会場の規則により、定員になり次第、入場を制限させて頂きます。また、会場周辺に 駐車場があまりありません。公共の交通機関をご利用下さい。
終了後に、直会を行います。(お一人三千円)当日、受付にてお問い合わせ下さい。
墓前祭
10月20日(月)午前十一時、伊勢原、浄発願寺にて。
十時半まで、伊勢原の駅に、送迎の車が待機しております。
尚、ご参加は自由ですが、ご仏前、ご供花の義は固くご辞退させて頂きます。
終了後、午後一時より、中華街「菜香・市場通り店」にて、直会を行います。
車で送迎いたします。参加は自由ですが会費、五千円です。
ご不明の点は、二十一世紀書院にお問い合わせ下さい。
TEL045-232-8590
2008/9/30 22:24
明日から出張です。 分類なし
九月尽(火)雨。
慌しい一日だった。明日からの台湾訪問の準備のため、朝起きてからてんてこ舞い。と言っても荷造りなどではなく、たまっている仕事の消化にバタバタ。
お世話になっている人や、仕事の連絡など手紙を六通。その後、今日締め切りの原稿に向かうが来客があったり、突然の用事が飛び込んできたりして、落ち着かない。
天気予報を見れば、台風が向かってきている。台湾在住の方に、メールで問い合わせしたが、台北はもう台風一過だが、日本が心配とのこと。頭が痛い。
とりあえず、細かい仕事は片付けたが、肝心の原稿が手付かずのままだ。うーんマイッタ。
夜は、恒例の「ヨンドン会」を野毛の「弥平」で行った。集まりが悪く、なにやら重要法案を否決されたブッシュさんのような気持ちになった。マアいいか・・・。
九時前に解散して、一人で「清水苑」に行き、町内の仲間と少し飲んで帰宅。
明日は、大行社が台湾に建立した蒋介石総統の銅像の二十周年の記念行事に出席するための訪台である。これも大事な用事だが、台湾で癌も治すという、気功の名人がいるとのことで、その方の治療を受けることも目的の一つである。滞在中に読む本もしこたま買い込んだし、黒霧島の紙パックも買った。後は、台風の影響がないことを祈るばかりである。
そういったことで、ブログは、五日までお休みいたします。何卒、ご了承の程をお願い致します。帰国いたしましたなら、詳細な報告をさせて頂きます。
慌しい一日だった。明日からの台湾訪問の準備のため、朝起きてからてんてこ舞い。と言っても荷造りなどではなく、たまっている仕事の消化にバタバタ。
お世話になっている人や、仕事の連絡など手紙を六通。その後、今日締め切りの原稿に向かうが来客があったり、突然の用事が飛び込んできたりして、落ち着かない。
天気予報を見れば、台風が向かってきている。台湾在住の方に、メールで問い合わせしたが、台北はもう台風一過だが、日本が心配とのこと。頭が痛い。
とりあえず、細かい仕事は片付けたが、肝心の原稿が手付かずのままだ。うーんマイッタ。
夜は、恒例の「ヨンドン会」を野毛の「弥平」で行った。集まりが悪く、なにやら重要法案を否決されたブッシュさんのような気持ちになった。マアいいか・・・。
九時前に解散して、一人で「清水苑」に行き、町内の仲間と少し飲んで帰宅。
明日は、大行社が台湾に建立した蒋介石総統の銅像の二十周年の記念行事に出席するための訪台である。これも大事な用事だが、台湾で癌も治すという、気功の名人がいるとのことで、その方の治療を受けることも目的の一つである。滞在中に読む本もしこたま買い込んだし、黒霧島の紙パックも買った。後は、台風の影響がないことを祈るばかりである。
そういったことで、ブログは、五日までお休みいたします。何卒、ご了承の程をお願い致します。帰国いたしましたなら、詳細な報告をさせて頂きます。
2008/9/30 15:59
古き良き友との一献会。 分類なし
九月二十九日(月)雨。
目が覚めたときには、家族はすべて出払っていて、家には湯浅君と私の二人だけ。やっとの思いで起床。十一時に湯浅君と一緒に、「ビック・ボーイ」というファミレスにて、遅い朝食。食後、湯浅君は栃木へ。私は、正午から床屋へ。
帰宅後は、夕方まで机に向かう。
午後五時半、町内の友人の祖母が亡くなったとのことで、その通夜式に行く。知り合いの人たちとご挨拶してから、焼香を済ます。
七時に終了。その後、古い友人の古谷喜久男、成田功の両氏と関内で待ち合わせ。成田君とこうして盃を交えるのは随分と久しぶりのこと。途中から、伊勢佐木町で婦人服屋を経営している石井稔人氏が合流。気の置けない人たちとの酒は楽しい。アホバカオヤジ話で三時間近くも盛り上がってから、仕上げはサリーの店へ。
先ほどとはうって変わって政治論に終止。気がつけば、何と深夜一時過ぎ。慌てて解散。
目が覚めたときには、家族はすべて出払っていて、家には湯浅君と私の二人だけ。やっとの思いで起床。十一時に湯浅君と一緒に、「ビック・ボーイ」というファミレスにて、遅い朝食。食後、湯浅君は栃木へ。私は、正午から床屋へ。
帰宅後は、夕方まで机に向かう。
午後五時半、町内の友人の祖母が亡くなったとのことで、その通夜式に行く。知り合いの人たちとご挨拶してから、焼香を済ます。
七時に終了。その後、古い友人の古谷喜久男、成田功の両氏と関内で待ち合わせ。成田君とこうして盃を交えるのは随分と久しぶりのこと。途中から、伊勢佐木町で婦人服屋を経営している石井稔人氏が合流。気の置けない人たちとの酒は楽しい。アホバカオヤジ話で三時間近くも盛り上がってから、仕上げはサリーの店へ。
先ほどとはうって変わって政治論に終止。気がつけば、何と深夜一時過ぎ。慌てて解散。
2008/9/30 15:26
ミャンマー支援の実態の勉強会。 分類なし
九月二十八日(日)雨。
昼食を兼ねて、遅い朝食を、井土ヶ谷の交差点近くの「さくらい」という店で食べた。
この店は、とんかつの専門店なのだが、町内の知る人ぞ知る名店。
その後、事務所に寄り、手紙やファックスの整理。
四時近く、栃木社友会の湯浅進君と松本佳展君が今日の勉強会に出席するために来訪。五時半に、井土ヶ谷駅前にて、本日の勉強会の講師である、ボランティア団体「雨やどり」を主宰している、夏井辰徳さんと待ち合わせ。勉強会の会場となる藤巻強氏のお店「ニューシフォン」へ。お店には、日頃から仲良くしている同志が駆けつけてきてくれて、六時半の講演の時には満席となった。古い社友の大野義貴さんが、わざわざ東京から参加。
夏井さんの話は、聞く人たちの心をとらえ、とても勉強になった。いずれ、「燃えよ祖国」誌上で掲載してみたい。終了後は、直会。十一時近くまで時局を肴の一献会。
その後、夏井、松本、湯浅の諸氏と共に我が家へ。酒を飲まない夏井、松本君を相手に深夜二時までつき合わしてしまった。申し訳なし。
昼食を兼ねて、遅い朝食を、井土ヶ谷の交差点近くの「さくらい」という店で食べた。
この店は、とんかつの専門店なのだが、町内の知る人ぞ知る名店。
その後、事務所に寄り、手紙やファックスの整理。
四時近く、栃木社友会の湯浅進君と松本佳展君が今日の勉強会に出席するために来訪。五時半に、井土ヶ谷駅前にて、本日の勉強会の講師である、ボランティア団体「雨やどり」を主宰している、夏井辰徳さんと待ち合わせ。勉強会の会場となる藤巻強氏のお店「ニューシフォン」へ。お店には、日頃から仲良くしている同志が駆けつけてきてくれて、六時半の講演の時には満席となった。古い社友の大野義貴さんが、わざわざ東京から参加。
夏井さんの話は、聞く人たちの心をとらえ、とても勉強になった。いずれ、「燃えよ祖国」誌上で掲載してみたい。終了後は、直会。十一時近くまで時局を肴の一献会。
その後、夏井、松本、湯浅の諸氏と共に我が家へ。酒を飲まない夏井、松本君を相手に深夜二時までつき合わしてしまった。申し訳なし。
