2008/4/10  1:45

脱税事件のまとめ 第3回  小論考

第1回はこちら、第2回はこちら

IV. リヒテンシュタインという国

 今回の脱税事件の舞台となった、リヒテンシュタインという国。おおかたの日本人は、その存在すら知らないか、知っていても「ヨーロッパの小国」といったレベルの知識しかない(私も最近までそうだった)だろう。首都がファドゥーツであることを知っている人は相当地理好き(マニア?)と言えると思う。

 簡単にこの国の紹介を試みると、リヒテンシュタイン、正式名称リヒテンシュタイン公国(Fürstentum Liechtenstein)は、スイスとオーストリアに挟まれた国で、面積は160平方キロメートル。軽井沢町とほぼ同じ大きさ。人口はたったの35000人で、これは神奈川県葉山町と同じくらい。言語はドイツ語。そもそもはハプスブルク家の家臣がここの土地を購入して自治権を獲得したのが国のおこりで、今も立憲君主制を採っている。

 私はまだ訪れたことはないが、観光地としてのリヒテンシュタインは、田園風景が広がり、切手博物館やスキー博物館がある、半日もすればまわれてしまうような小さな町のようである。しかしそれはこの国の一面でしかない。

 現在この国を支えているのは、観光客の目には見えない金融サービスである。銀行は15行もあり、GDPに占める金融サービスの割合は4分の1にのぼるという。当然、自国民の金融資産だけでこれだけの実績をあげられる訳はなくて、ヨーロッパ諸国から資金を引き寄せているのであるが、その誘引として、以前触れた「銀行秘密」があるのは言うまでもない。また、法人税が安く、会社設立が容易なため、Spiegel誌の推定では、ペーパーカンパニーは約75,000社もあるという。

 リヒテンシュタインの銀行制度の不透明性に着目して、今までに巨額のブラックマネーが流入してきた。Spiegel誌は連邦情報局(BND)からの情報として、コロンビアの麻薬グループがリヒテンシュタインのLGT銀行に最大1億2千万ドルを預金していた、と伝えている。

 当然、国際社会はこれを問題視。OECD(経済協力開発機構)の作業グループであるFATF(Financial Action Task Force)は、2000年6月にリヒテンシュタインを、マネーロンダリングの追跡を妨げる国としてブラックリストに載せた。こうした国際社会の圧力もあって、リヒテンシュタインはマネ・ロン対策をその後強化、FATFのブラックリストからは除かれることとなった。また、以前紹介した「匿名財団」制度についても、今回の脱税事件を受けて見直しが行われるようである。

 一方、脱税に関する外国当局への情報提供に関しては、リヒテンシュタインは一貫して頑なに拒み続けている。「刑事犯罪に関わる資金についての情報であれば、我々はいつでも外国当局に提供する用意がある。しかしわが国の法制上、脱税は行政犯であっても刑事犯ではない。」というのが彼らのスタンスである。脱税はいわば国家に対する詐欺であるから、この主張には無理がある。だが例え人口が葉山町と同じ小国であろうが、主権国家は主権国家であるから、こう開き直られてしまうとドイツやEUとしても対処は難しい。従って、リヒテンシュタインは今後とも、残念ながら牧歌的な観光地のイメージとは全く相容れない「脱税の温床」であり続けてしまうように思われる。もちろん、今回のように内部告発者が出てくる可能性はいつでもあるから、「安心」して脱税することはもはやできないのだろうけど。

 いずれにしても、ドイツからそう遠くなく、言葉も同じ、成り行き上たまたま独立国になっているような人口たった35,000人の国が、世が世なら「けしからん!」としてお家断絶になってもおかしくないような国が、(まだ一応)世界第3位の経済大国であるドイツを振り回している姿は、いい悪いは別にしてとても興味深い。堤防を決壊させるには蟻の開けた穴で十分、というけれど、今回の事件はまさに、ドイツが張り巡らせた堤防にリヒテンシュタインが蟻穴を開け、そこから大量のお金が流れ込んでいることを浮き彫りにさせたように思う。(終わり)



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