2008/5/23  23:10

一キロステーキ  グルメ・クッキング



サウジアラビアに駐在して一年経っていなかった。所長と私と同僚N君の三人で、リヤドのIホテルに出かけた。そこのレストランでは、面白い趣向が一つあった。それは量り売りのステーキを食べさせてくれることだった。
 アメリカ産の高級なフィレかサーロインのステーキ用生肉を大きなワゴンに載せてテーブルまで運んできて、「どれだけお食べになりますか」と尋ねてくれるのだった。
 客は、「ここまで」と肉を指差したり、指と指で「このくらいの厚さ」と示したり、「何グラムほど」と重さで注文することも可能だった。
 きちんとした身なりのレストランの給仕が肉を切り、それを秤に載せて、記録して、「焼き方は?」と尋ね、「ミディアム」とか、「ミディアムレア」とか、言いながら、注文が終わる。
 私は、この注文の仕方が気に入っていた。大きなメニューを見て、今日の野菜スープを注文して、ステーキの注文をした。
 「私は、このラウンドステーキだ」と所長が言った。「ウェルダンで」。
 給仕は同僚に、「いかがですか。そちらは」
 「私は半`だ」と、N君がボソッと言った。「ミディアムレア」。
 「え、半`って、500c。やるねえ」。
 給仕が、半`を目測で切って、秤に載せたら、ちゃんと半`をほんの少し超えたところ。
 私は「四分の三`、750cだ」と意地を張った。「ミディアム」。
 750cのステーキ肉となると、もはや縦横どちらでも、肉がひっくり返らないほど厚い。「すごいなあ。750cのステーキか」とN君が呆れた。
 考えたら、すでに野菜スープを頼んでいたし、注文を取りにくるまでの間に、真ん中のバスケットに入ったロールパンを不用意に二つ食べていた。
 スープを飲んで、雑談をしていたら、給仕用のワゴンにドームカバーが掛けられた皿が三つ運ばれてきた。
 最初にN君の半`。これでも結構大きくて迫力があった。外側はこんがりと濃い狐色、そして中からは滴る肉汁が出てきていた。
 私のステーキは、まさに圧巻だった。ドカンと研究社の英和中辞典のようなステーキが出てきた。
 「おおー」約三人がどよめいた。
 最後に、所長のラウンドステーキ。これだって300cはある。大きなラウンドステーキだ。
 「樋口君、ステーキは好きかね」と、所長は私に言った。
 「はい、大好きです」(今なら、「まあまあ」とか言うが、当時は30歳になっていなかったから「大」を付けたのだ)。
 所長は、自分のフォークとナイフで、ラウンドステーキを三分の一、三分の二に切り分けた。そして、いきなり、大きなステーキを持ち上げ「じゃ、君にやるよ。食ってくれ」と、ポンと、自分のステーキの大きいほうを私の中辞典の上にかぶせるように置いた。「えええっ。そ、そんな」と言ったときには、私の皿の上には、中辞典と新刊本が乗っかった。
 私は胃のスペアタンクを開けて、バンドを緩めて、全身で勇敢に立ち向かった。美味しかったのは、半分までで、その後は、(苦痛ではなかったが)コンテストに挑戦のようなもの。
 所長のおすそ分けまで、食べ終わって、「ひいー」と言いながら、食事を終えて、外に出て、車に乗っかったときに、「ああ、これで、無茶食いの青春は終わったのだ」と実感した。



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