2008/5/29 22:00
ひとまんず、カトマンズ「ビルガンジのホテルにて」 グルメ・クッキング
カトマンズに到着した直後、南部低地のビルガンジに出張した。
お客のネパール人幹部何人かとビルガンジのホテルに宿泊した。部屋は天井が高く、すごく広かった。私たちのような外国人には、このホテルは徹底的にみすぼらしく見えたが、この辺りでは豪華絢爛に属するという。
われわれ一行が仕事を終えてホテルに到着したのが遅かった。もうとっくに営業が終わっているレストランを強制的に開けさせたのは、やはり同行していたネパール企業の幹部の功績だ。
「九時半から食事をしましょう」
ネパールでボトルされたギネスを飲んで、一挙に疲れが出たが、料理がなかなか出てこない。飲み物とナンとピリ辛のチャパティばかりがでてくる。これが非常に酒を進めてしまう悪い原因だ。とにかく腹は減っている、乾燥しているのでビールは滅多やたらに旨い。かなり回ったときに、私の質問が彼らの議論に火を点けてしまった。
「ネパール人の祖先は、インドから来た人が多いのですか」
これが、大酒大議論の始まりのファンファーレだった。
「そうだよ。我々ネパール人の祖先のほとんどがインドから来たんだ」
ここで、まず企業広報官が、グイイとビールをあけた。
「ところが、だよ。我々ネパール人がインドを旅行していると、警察も、一般市民も、ネパール人だと、差別するんだ」
「へえ、それはどうして」
「インドは、ネパールを自分の領地、属国だと思っているのさ」
ここでまたビールをグイ。
「だから、大多数のネパール人はインド人が嫌いなんだ」
(わー、出た、出た、本音が出てきた)と、そのネパール人の激しい憤りに、私は圧倒されてしまった。
「くやしいぞ。腹が立つぞ」
「そうだ、そうだ」と、他のネパール人からも、合の手が入った。
もう、料理が出てきても、何だか分からないほどに、酒盛りが進み、深夜になってしまった。
いつまでも付き合っていられないので、レストランを出て、部屋に戻りかけたら、ホテル中庭の庭園灯の周りに、数万匹の蚊が踊っていた。部屋の扉の外にもたくさん蚊が待ち伏せをしていて、血を吸う悪玉蚊なのか、吸わない善玉蚊なのか、わからなかった。
日本製のコピーの電気蚊取りマットを、ばっちりとベッドの傍に置いて寝た。
夜中の犬の遠吠え、風呂の水漏れ、豚の朝の顔洗いの声、鶏の目覚まし時計などは、気にならなかった。たった一晩の貴重な滞在だから、そんなものは気にしない。
運転手がちゃんと寝てくれていれば、問題は無い。
私はどんなに遅くまで起きていても、朝、早く目がさめる。そのため早朝からホテルの周りを散歩し始めたが、独特の形の人力車が、すでに走り回っていた。 朝食は、昨夜の酒盛りのため、紅茶一杯にしておいた。
この町から、インドへは国境を越えて鉄道がつながっていたが、今は廃線となっているとのこと。かつて駅だった跡が残っていた。
車で出発した後、ビルガンジの町の中を回ってもらった。人口は数十万人程度だろうか。大通りを、象の親子がのんびりと歩いていた。
あれほど騒いでいたネパール人たちが、ケロッとして起きてきた。


