2008/6/12  9:35

ヒマラヤのニジマス  スポーツ



自分でも阿呆だなと思うことがある。
無数の川が流れているヒマラヤの山中に四年半も生活していたのだから、その間に、ヒマラヤの川で魚を釣りたかったのに…。
 釣りは結構好きだから、釣りの道具はカトマンズに持ってきていた。行こうと思えばいつでも行けた。それが良くなかった。はっと気がついたら帰国になっていた。そんなものだ。
 わざわざ欧米からヒマラヤの山中に、魚釣りに来る人もいるというのに…。
 駐在していて最初の年に、一度だけ、カトマンズから車で四時間掛けて、トリスリ川の上流へ釣りにでかけたことがある。ヒマラヤの流れは、乾期と雨期ではまったく違った様相をしている。雨期の川は、水位は何メートルも高く、濁って、ゴウゴウと流れて、台風のあとのようだ。乾期では、こんな流れで、ガンジスの源流としてインドまで届くのかなと心配になるような流れだ。
 トリスリの町では、魚を燻製にして売っている。だから絶対に魚はいるんだと確信はもっていたが、自信はなかった。近くの大きな岩の上から、釣り糸を垂れてみた。エサは貴重な冷凍の剥きエビだった。
 釣り始めて二時間。竿も糸もピクリともしない。浮きを付けても動かない。ヒマラヤの乾期の紫外線の強さは強烈で、その下で、魚を釣っている私が干物になりそうに強い日差しだった。あきらめて帰らざるを得なかったが、美しい景色だけは堪能できた。釣りたかった魚は「アシャラ」という。ネパールでもっとも美味な魚だと言われている。鮎に似たスタイルの魚だが、もっと大型だ。小骨が多いらしい。
 一緒に出かけた部下から、日本人のネパールに対する協力の話を聞いた。
 トリスリの町はカトマンズから四時間ほどだが、発電所があって、その地方の交通の要衝で、農業の中心地だが、そこに日本政府が水産と農業試験場を設立していた。
 数十年前に日本人の誰かが、このトリスリで、アシャラを養殖しようと取り組んだ。何年も取り組んだが、アシャラの成長が遅く、エサ代がばかにならず、結局ポシャッてしまった。そこで、同じ設備を使おうと、日本からニジマスの稚魚を入れて、養殖を始めた。それを日本政府は支援したのだ。これは適していた。
 ニジマスは、一定の水温以下にならないと、産卵しないことや、エサとして、インドからエビの殻や魚の練り物などを輸入して、日本人専門家が長期滞在し、苦労を重ねて、ニジマスの養殖が安定した。エビの殻を入れないと、ニジマスの身が美しいピンク色にならないという。
 トリスリでの養殖では、ネパール人の養殖の専門家育成も成功して、カトマンズの近くのゴダワリに、更に二番目のニジマス養殖場が作られた。反政府軍の動きが不穏で、私の滞在の後半では、カトマンズに集結されたという。
 そういえば、カトマンズの主要なホテルでは、ニジマスのバター焼きがメインディッシュの一つになっている。
 ネパール人のほとんどが魚釣りをしたことが無いだろう。魚を釣ることは、家族が認めないのだ。インドやネパールにはカーストがあって、魚を釣る人のカーストでなければ、釣ってはいけないという社会的ルールがある。
 私の部下は、私と一緒に魚釣りに行くと言ったら奥さんが大反対したという。家族として認められないと言ったらしい。彼は「釣りはスポーツなんだ。一度だけやってみたかった」と反対を押し切ったという。これも時代の変化だろうか。



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