2008/7/21  21:33

モロッコのバス旅行  旅行



友人フィリップの邸宅に三日間滞在した後、マラケッシュ早朝五時出発のバスに乗ることにした。切符は前の日に買っておいた。夕方に北端のタンジールの港町に着く。
 友人の車でバスのターミナルに四時半に到着した。まだ外は真っ暗だったが、ターミナルの中に電灯がついていなかった。真っ暗なターミナルで難民のように待っている気分は最悪だった。寒かった。
 バスが来たのは五時四五分。そこですでに四五分遅れ。まだ外は暗い。乗り込んで、本を読もうとしたが、天井の読書ライトは全部壊れていた。バスが動き始めた。マラケッシュの市内を出て、一路、カサブランカに向かい始めた。私は外の明かりを見ていたが、半時間ほどウツラとして、目が覚めるとはるか山の稜線が明るくなりかけていて、朝が近づいていた。
 切符を買うときに、バスにトイレが付いているかと尋ねたら、「もちろん」という顔をしていたのに、トイレがない。小便に行きたくなったが、どうしようもなく、我慢することにした。
 ほんのりと明るくなったので、私は運転手右側の最前列に移動した。運転手を見張るためである。
 運転手は少し頭の禿げ上がったモロッコ人である。道路は高速道路ではなかったが、きちんと二車線に別れていて、舗装は完璧だった。右側にはなだらかな丘陵が続いている。
 かなり明るくなってきた。すでに二時間ほど走っていた。私は前方をカメラで撮影しながら、運転手を見張っていた。
 長距離の運転は、最初の一時間ほどは安全だが、二時間目になると、まず人間は誰でも眠くなるもの、と(自分の実績から)信じている。つまり、運転手を「絶対に眠たくならない超人」とは、信じたことがない。長距離のバスでは、運転手を見張ることにしている。これで今まで長生きできたのだ。長距離をバスで走るときは、まず最初に三〇分ほど自分で寝る。その後は運転手を見張るのだ。
 まず眠くなると、誰もだいたい頭を掻く。この運転手も、残り少ない頭の毛に触れだした。(おい、おい、おい)と思い、注意して彼の右目の横から見ていると、やはりゆっくりとまぶたを開けたり閉じたりしている。私が試しに一つ、「ごほん」とやると、目が開く。
(これはもう正真正銘の居眠り運転だ)
 私はカバンを開けて、底に入れていた「明治のブラックチョコレート」を取り出した。急げ。
「これ一つどう」と差し出した。
 その時、運転手がチラッと私の顔を見て、ニコッとした。
(ああ、良かった。三〇名の命を守ったチョコレートになった)
 それから一時間ほどの間に三粒、チョコレートを運転手に渡して自分で二粒食べたら、私の隣の乗客が、
「私にも一粒くれないか」と手を伸ばしてきたので、断った。
(これは秘蔵の交通事故防止のためのチョコレートだ。まだ先が長いんだ)とアラビア語で言えないのが、残念だった。運転手の眠気は一応ふき飛んだようだ。
 バスはドライブインに止まり、私はトイレに走った。出てくると、運転手がお茶とケーキの朝食をとっていて、私の顔を見てニコッと笑って挨拶した。眠気を覚ましてもらった御礼なのだろう。
 バスはまた走り出して、高速道路に乗っかり、カサブランカに到着した。ここで運転手が交代した。



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