2008/5/17 23:59
『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』 映画
マイク・ニコルズ『チャーリー・ウィルソンズ・ウォー』
オレンジを基調とした、ほんわかムードのポスターで、トム・ハンクス主演のハートウォーミングコメディのような売り方をしているが、とんでもない映画だった。
現代アメリカの過ちの根幹を、痛烈ブラックコメディで描ききる。
これをプロの映画とするならば、あの『大いなる陰謀』は(優秀な)学生の作品にさえ思えてくる。
アフガン侵攻を続けるソ連に対し、アメリカは直接手を出せない。なぜならそれは全面戦争につながるからだ。しかし民主主義の勝利は勝ち取りたい。それには、アフガンにソ連製の武器を供与することだ。では、ソ連製の武器はどこから調達できるだろうか。それはイスラエルだ。しかし弾薬がない。よし、それはエジプトから手に入れよう。
という訳で、敵の敵は味方という論理で、巧みに外交を行うチャーリー・ウィルソン。
かくして、「代理戦争」ならぬ「極秘戦争」という概念が生まれる
こうして映画は、アメリカが国際的に、どこに対して頭があがらないか、その背景を鮮やかに描きだし、かつ、何に対してはびた一文出さないのか、ということを鋭く風刺する。
すなわち武器購入にかかる予算獲得は容易だが(軽く$500万から$10億に跳ね上がる)、その後の復興予算を得るのは困難を極める($100万さえ出ない)というわけだ。
結局、ここでアフガンへの関与が中途半端だったがために、後の911アタックを生むことになるという、およそ全世界必見の傑作だろう。そして、この映画の最も理想的な上映形態は、『ランボー3/怒りのアフガン』との2本立てだ。
トム・ハンクスの補佐役を演じるエイミー・アダムスが、『魔法にかけられて』のときはそんなとも思わなかったが、ものすごくきれいで、急遽、胸キュン。
その後、仲間たち4名を従えて、恒例(?)の映画鑑賞会。
今回の必須課題作品は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を指令。
そんなわけで、シャンテシネに集合をかけ、この世紀の傑作を見ていただき、別に私が偉いわけじゃないのに、「どんなもんだ、すごいだろう」とお門違いの自慢をする。
鑑賞会後は、隊員Hの手配により、うまいイタリアンで食事を堪能しながら、映画についてあれこれと検討会を行う。
検討会の中で、隊員Oから、こいつは男性だというのに「自分は男友だちと2人で海外旅行に行ったりもします」などという爆弾発言が出される。
動顚した私は、「キミはっ・・・ゲイだったのか・・・!」と、我が部隊は同性愛を禁じているのだが、がんばって理解の眼差しを向けようとすると、「男友だちと旅行したらゲイでありますかっ!!」と反論され、言葉を失う。
私の感覚では、男が女性以外と2人連れで旅行に行くなどということはあり得ない。改めて十人十色という言葉の意味を噛み締める。
ともあれ、人間関係を損ねない程度に矛先をひっこめ、非常に楽しい検討会となる。召集に応じた部隊員たちには、心から感謝なのだ。
オレンジを基調とした、ほんわかムードのポスターで、トム・ハンクス主演のハートウォーミングコメディのような売り方をしているが、とんでもない映画だった。
現代アメリカの過ちの根幹を、痛烈ブラックコメディで描ききる。
これをプロの映画とするならば、あの『大いなる陰謀』は(優秀な)学生の作品にさえ思えてくる。
アフガン侵攻を続けるソ連に対し、アメリカは直接手を出せない。なぜならそれは全面戦争につながるからだ。しかし民主主義の勝利は勝ち取りたい。それには、アフガンにソ連製の武器を供与することだ。では、ソ連製の武器はどこから調達できるだろうか。それはイスラエルだ。しかし弾薬がない。よし、それはエジプトから手に入れよう。
という訳で、敵の敵は味方という論理で、巧みに外交を行うチャーリー・ウィルソン。
かくして、「代理戦争」ならぬ「極秘戦争」という概念が生まれる
こうして映画は、アメリカが国際的に、どこに対して頭があがらないか、その背景を鮮やかに描きだし、かつ、何に対してはびた一文出さないのか、ということを鋭く風刺する。
すなわち武器購入にかかる予算獲得は容易だが(軽く$500万から$10億に跳ね上がる)、その後の復興予算を得るのは困難を極める($100万さえ出ない)というわけだ。
結局、ここでアフガンへの関与が中途半端だったがために、後の911アタックを生むことになるという、およそ全世界必見の傑作だろう。そして、この映画の最も理想的な上映形態は、『ランボー3/怒りのアフガン』との2本立てだ。
トム・ハンクスの補佐役を演じるエイミー・アダムスが、『魔法にかけられて』のときはそんなとも思わなかったが、ものすごくきれいで、急遽、胸キュン。
その後、仲間たち4名を従えて、恒例(?)の映画鑑賞会。
今回の必須課題作品は、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』を指令。
そんなわけで、シャンテシネに集合をかけ、この世紀の傑作を見ていただき、別に私が偉いわけじゃないのに、「どんなもんだ、すごいだろう」とお門違いの自慢をする。
鑑賞会後は、隊員Hの手配により、うまいイタリアンで食事を堪能しながら、映画についてあれこれと検討会を行う。
検討会の中で、隊員Oから、こいつは男性だというのに「自分は男友だちと2人で海外旅行に行ったりもします」などという爆弾発言が出される。
動顚した私は、「キミはっ・・・ゲイだったのか・・・!」と、我が部隊は同性愛を禁じているのだが、がんばって理解の眼差しを向けようとすると、「男友だちと旅行したらゲイでありますかっ!!」と反論され、言葉を失う。
私の感覚では、男が女性以外と2人連れで旅行に行くなどということはあり得ない。改めて十人十色という言葉の意味を噛み締める。
ともあれ、人間関係を損ねない程度に矛先をひっこめ、非常に楽しい検討会となる。召集に応じた部隊員たちには、心から感謝なのだ。
2008/5/16 23:59
『1941』と『ロンリー・ハート』 映画
や・・・やった! ついに・・・!
スピルバーグ作品で唯一の未ソフト化で、何が問題だったか(権利に決まってるけど)いつまでたってもリリースされなかった、『1941』がとうとう発売!
待ちわびた! ていうか、『1941』は中学2年のときに封切で見て、それっきりになっている唯一のスピルバーグ作品! それほどまでに鑑賞の機会がなかった!
実に28年ぶりに君に会えるんだね。うれしい!
今の目でもう一度みたら、いったいどれほど巨大な傑作なのか、想像もできない。こわいくらいだ。あたりまえだが直ちに予約をクリック!
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0019HHBHS
そしてさらにもうひとつ! 実は『1941』と同じくらいに、個人的にDVD化を心待ちにしていた作品が初リリース。
ブルース・ベレスフォード『ロンリー・ハート』!
ダイアン・キートン、ジェシカ・ラング、シシー・スペイセクという、壮烈なトリオで三姉妹を演じる1986年作品。
婚期を逃して悶々と日々を過ごす、長女ダイアン・キートンの演技が、とにかく涙を誘ってやまないのだが、結婚に失敗して出戻る次女ジェシカ・ラングの、その美貌からプライドを捨てきれない女っぷりや、自殺癖のある三女シシー・スペイセクの悲喜劇的な狂いっぷりがすばらしすぎる一品。
そして、その3人の演技をさらに凌駕してあまりある、晩年ジョルジュ・ドルリューの美しすぎるメロディが、全編にわたって惜しげもなく流れまくる! この映画の音楽は、『アメリカの夜』や『終電車』をさしおいてもなお、ドルリューのぶっちぎり最高傑作と信じる。
そして、限りなく限りなく幸福なハッピーエンドに向けて、ドラマはまっしぐら!!!
公開当時、まだ学生だったし、いったい何十回見たのかわからなくなってしまったが、未見の向きはとにかくだまされたと思って、このDVDに1500円払って見て頂きたし!(私は当時、この映画のオリジナルポスターがほしくて、ハリウッド大通りを歩き回った)
究極の映画的幸せを私が保証する!(なんて弱々しい保障なんだ・・・)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0019K35PC
ああっ、8月が待ち遠しい!
スピルバーグ作品で唯一の未ソフト化で、何が問題だったか(権利に決まってるけど)いつまでたってもリリースされなかった、『1941』がとうとう発売!
待ちわびた! ていうか、『1941』は中学2年のときに封切で見て、それっきりになっている唯一のスピルバーグ作品! それほどまでに鑑賞の機会がなかった!
実に28年ぶりに君に会えるんだね。うれしい!
今の目でもう一度みたら、いったいどれほど巨大な傑作なのか、想像もできない。こわいくらいだ。あたりまえだが直ちに予約をクリック!
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0019HHBHS
そしてさらにもうひとつ! 実は『1941』と同じくらいに、個人的にDVD化を心待ちにしていた作品が初リリース。
ブルース・ベレスフォード『ロンリー・ハート』!
ダイアン・キートン、ジェシカ・ラング、シシー・スペイセクという、壮烈なトリオで三姉妹を演じる1986年作品。
婚期を逃して悶々と日々を過ごす、長女ダイアン・キートンの演技が、とにかく涙を誘ってやまないのだが、結婚に失敗して出戻る次女ジェシカ・ラングの、その美貌からプライドを捨てきれない女っぷりや、自殺癖のある三女シシー・スペイセクの悲喜劇的な狂いっぷりがすばらしすぎる一品。
そして、その3人の演技をさらに凌駕してあまりある、晩年ジョルジュ・ドルリューの美しすぎるメロディが、全編にわたって惜しげもなく流れまくる! この映画の音楽は、『アメリカの夜』や『終電車』をさしおいてもなお、ドルリューのぶっちぎり最高傑作と信じる。
そして、限りなく限りなく幸福なハッピーエンドに向けて、ドラマはまっしぐら!!!
公開当時、まだ学生だったし、いったい何十回見たのかわからなくなってしまったが、未見の向きはとにかくだまされたと思って、このDVDに1500円払って見て頂きたし!(私は当時、この映画のオリジナルポスターがほしくて、ハリウッド大通りを歩き回った)
究極の映画的幸せを私が保証する!(なんて弱々しい保障なんだ・・・)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0019K35PC
ああっ、8月が待ち遠しい!
2008/5/15 23:59
1500万ドルの村上隆 ノンセクション
朝日新聞の報道によると、村上隆のフィギュア「マイ・ロンサム・カウボーイ」が、サザビーズで1516万ドルで落札されたとのことだ。
こんなのゴミよりもっとひどい作品だと思うし、これにそんな大金を払う人には「他に使い道ねえのか」としか思わないし、最近の“Time”誌で村上隆が「世界で最も影響力ある100人」の1人に選ばれても「ははは」と思うだけだし、記事そのものにも「ふーん」というか、『芸術企業論』の著者に対しては、「よかったね」という、決して届かぬ遠吠えしか出てこないが、許せなかったのは、この朝日の報道のしかただ(なんだか、しょっちゅう腹たててるが)。
朝日の記事では、「マイ・ロンサム・カウボーイ」の腰から上だけを、図版でのせているわけだ。
私は、自主規制だかなんだかしらないけど、とにかく、こういうキレイごとが大大大っきらいだ。
念のために書いておくと、このフィギュアは、ニカっと爽快に微笑む全裸の少年が、左手でペニスを軽く握りしめ、その先から飛び出した大量の精液が、少年のまわりを勢いよく囲んでいる、というものだ。
ごくごく単純にくだらない像なのだが、朝日誌面では、その下半身を見せずに、上半身だけを見せている。だから知らない人は、この少年の顔のまわりをとりかこんでいる、白濁したとぐろは何だろう? と思うはずで、朝日読者は「ふーむ、これが16億円であることか」とよくわからないながらに、納得するのだろう。
このフィギュアの下半身を隠してしまえば、何に値がついたのかを、報道したことにならない。記事を読んだ人の心に何の批評心も呼び起こさない。
隠すくらいなら、はじめから報道してほしくない。
いっそ、いつぞやの「ゆうばり映画祭」の報道のように、「こんなポルノ作品に16億円なのだ!」といった筆致の記事にしたほうが、よほど痛快だ。
いや、とにもかくにも、ほんとにこういう類の隠蔽が、私は本当に直感的に生理的に本能的に、気持ちが悪い。大っきらいだ。
まあ、朝日がどうとかいうより、そもそもこの全身を載せるのは、ひょっとしたら法的にNGなのかもしれないけどね。まあ、どちらにせよだ。
こんなのゴミよりもっとひどい作品だと思うし、これにそんな大金を払う人には「他に使い道ねえのか」としか思わないし、最近の“Time”誌で村上隆が「世界で最も影響力ある100人」の1人に選ばれても「ははは」と思うだけだし、記事そのものにも「ふーん」というか、『芸術企業論』の著者に対しては、「よかったね」という、決して届かぬ遠吠えしか出てこないが、許せなかったのは、この朝日の報道のしかただ(なんだか、しょっちゅう腹たててるが)。
朝日の記事では、「マイ・ロンサム・カウボーイ」の腰から上だけを、図版でのせているわけだ。
私は、自主規制だかなんだかしらないけど、とにかく、こういうキレイごとが大大大っきらいだ。
念のために書いておくと、このフィギュアは、ニカっと爽快に微笑む全裸の少年が、左手でペニスを軽く握りしめ、その先から飛び出した大量の精液が、少年のまわりを勢いよく囲んでいる、というものだ。
ごくごく単純にくだらない像なのだが、朝日誌面では、その下半身を見せずに、上半身だけを見せている。だから知らない人は、この少年の顔のまわりをとりかこんでいる、白濁したとぐろは何だろう? と思うはずで、朝日読者は「ふーむ、これが16億円であることか」とよくわからないながらに、納得するのだろう。
このフィギュアの下半身を隠してしまえば、何に値がついたのかを、報道したことにならない。記事を読んだ人の心に何の批評心も呼び起こさない。
隠すくらいなら、はじめから報道してほしくない。
いっそ、いつぞやの「ゆうばり映画祭」の報道のように、「こんなポルノ作品に16億円なのだ!」といった筆致の記事にしたほうが、よほど痛快だ。
いや、とにもかくにも、ほんとにこういう類の隠蔽が、私は本当に直感的に生理的に本能的に、気持ちが悪い。大っきらいだ。
まあ、朝日がどうとかいうより、そもそもこの全身を載せるのは、ひょっとしたら法的にNGなのかもしれないけどね。まあ、どちらにせよだ。
2008/5/14 23:59
「Monkey Business 野球号」 本
柴田元幸・責任編集「Monkey Business 2008 Spring Vol.1 野球号」読了
柴田元幸さんがはじめた文芸誌なら興味津々で、これまた全ページ通読。
こちらは収録作品、どれもこれもずっと面白い。それ以上に、柴田元幸テイストに、当たり前だがあふれている。
柴田さんはカフカ的なものが好きなんだなと改めて実感。収録作品のどれもが、カフカ的不条理に満ちたもので、カフカ的といっても、それは何もややこしいことではなくて、単にどの作品も、主人公がとても困っているということだ。
その極致が、メルヴィル『書写人バートルビー』だ。
驚くことに、この本には柴田訳の『バートルビー』が(新訳で)収録されているのだ! これだけでも買う価値がある。880円+税なんて実に安い。
「ウソだと言ってよジョー」で有名な、シカゴ・ホワイトソックスのスキャンダルを綴った、ジェームズ・T・ファレル『僕はブラックソックスを覚えている』(藤井光・訳)も、「野球号」という本誌の副題からも、野球関連のエッセイだから収録されたようにも思えるが、スキャンダルの当事者だったシューレス・ジョーたちが、カフカ的迷宮にあったのだろうと考えると、据わりがいい。あの人たちだって、きっとすごく困っていたのだ。
カフカといえば、本誌には『流刑地にて』(池内紀・訳)のテクストを西岡兄妹のイラストで再構成した、興味深い作品も収録されている。
柴田元幸とほとんど一心同体といってよいだろう、ポール・オースターが、カフカ的な作家と言われたのは言うまでもないが、そのオースターやハワード・ノーマンと一緒に野球観戦したときの、柴田さんのエッセイなんて面白すぎる。
文芸誌とはいえ、柴田的なゆるーい文章にあふれる一方で、メルヴィルのような超ヘビー級作家もあって、とても幸せな読書をする。
柴田元幸さんがはじめた文芸誌なら興味津々で、これまた全ページ通読。
こちらは収録作品、どれもこれもずっと面白い。それ以上に、柴田元幸テイストに、当たり前だがあふれている。
柴田さんはカフカ的なものが好きなんだなと改めて実感。収録作品のどれもが、カフカ的不条理に満ちたもので、カフカ的といっても、それは何もややこしいことではなくて、単にどの作品も、主人公がとても困っているということだ。
その極致が、メルヴィル『書写人バートルビー』だ。
驚くことに、この本には柴田訳の『バートルビー』が(新訳で)収録されているのだ! これだけでも買う価値がある。880円+税なんて実に安い。
「ウソだと言ってよジョー」で有名な、シカゴ・ホワイトソックスのスキャンダルを綴った、ジェームズ・T・ファレル『僕はブラックソックスを覚えている』(藤井光・訳)も、「野球号」という本誌の副題からも、野球関連のエッセイだから収録されたようにも思えるが、スキャンダルの当事者だったシューレス・ジョーたちが、カフカ的迷宮にあったのだろうと考えると、据わりがいい。あの人たちだって、きっとすごく困っていたのだ。
カフカといえば、本誌には『流刑地にて』(池内紀・訳)のテクストを西岡兄妹のイラストで再構成した、興味深い作品も収録されている。
柴田元幸とほとんど一心同体といってよいだろう、ポール・オースターが、カフカ的な作家と言われたのは言うまでもないが、そのオースターやハワード・ノーマンと一緒に野球観戦したときの、柴田さんのエッセイなんて面白すぎる。
文芸誌とはいえ、柴田的なゆるーい文章にあふれる一方で、メルヴィルのような超ヘビー級作家もあって、とても幸せな読書をする。
2008/5/13 23:51
「早稲田文学」復刊1号 本
「早稲田文学 復刊1号」読了。
もともと蓮實御大のロング・インタビューとロブ=グリエの追悼文を読みたかったから買ったのだが、生真面目な(?)私はせっかくお金出したんだからと、全ページ通読。疲れた。こういう作業を毎月やっているのだとすると、文芸時評家というのは本当に大変だと思う。
通読したといっても、最初の8ページは川上未映子のグラビアだから、これは眺めただけ。グラビアとはいえ自慰行為ははたらいていない。念のため。でも少し迷った。
こうしたいわゆる文芸誌を、まるまる1冊一文字余さず読んで(バカだ)、つくづく思ったのは、これらの小説がどこにも開かれていないな、本当にこの雑誌の中だけで完全に閉じられてしまっているな、ということだった。
ことに、伊藤比呂美・星野智幸の対談『切腹の快楽』などは、まるで外国語かなんかのようで、何を話し合っているのだか、完璧にわからなかった。申し訳ないことだと思う。
それでも、川上未映子『戦争花嫁』だけはダントツだった。さすがに時の人の作品だけあって、使う言葉が意外性に満ちていて、そうした閉鎖性について真剣に何かを語ろうとしているように感じた。『乳と卵』も『わたくし率・・・』も、読んでみようと本気で思った。
その閉鎖感がより感じられたのは、もうひとつの特集、ロブ=グリエのテクストに、書くことと書かないことの諦念と希望の「間」というものが、やっぱり読んでとれたことだった。
蓮實重彦による追悼文と合わせて。
なお、蓮實御大のロング・インタビューは、左開きの冒頭、実に44ページに及ぶが、散文の諦念について語るB・アンダーソンの理論など役にたたぬことを確信させるためのリストを作る必要がある。そして、そのリストを豊かなものにするための名前が、現代の日本文学に欠けているはずがない。そのことについて、
「わたくしは、批評家として、自信をもってそう断言することができます」と力強く語る御大の檄に応え得るテクストが、この雑誌の中にあったろうか。
もともと蓮實御大のロング・インタビューとロブ=グリエの追悼文を読みたかったから買ったのだが、生真面目な(?)私はせっかくお金出したんだからと、全ページ通読。疲れた。こういう作業を毎月やっているのだとすると、文芸時評家というのは本当に大変だと思う。
通読したといっても、最初の8ページは川上未映子のグラビアだから、これは眺めただけ。グラビアとはいえ自慰行為ははたらいていない。念のため。でも少し迷った。
こうしたいわゆる文芸誌を、まるまる1冊一文字余さず読んで(バカだ)、つくづく思ったのは、これらの小説がどこにも開かれていないな、本当にこの雑誌の中だけで完全に閉じられてしまっているな、ということだった。
ことに、伊藤比呂美・星野智幸の対談『切腹の快楽』などは、まるで外国語かなんかのようで、何を話し合っているのだか、完璧にわからなかった。申し訳ないことだと思う。
それでも、川上未映子『戦争花嫁』だけはダントツだった。さすがに時の人の作品だけあって、使う言葉が意外性に満ちていて、そうした閉鎖性について真剣に何かを語ろうとしているように感じた。『乳と卵』も『わたくし率・・・』も、読んでみようと本気で思った。
その閉鎖感がより感じられたのは、もうひとつの特集、ロブ=グリエのテクストに、書くことと書かないことの諦念と希望の「間」というものが、やっぱり読んでとれたことだった。
蓮實重彦による追悼文と合わせて。
なお、蓮實御大のロング・インタビューは、左開きの冒頭、実に44ページに及ぶが、散文の諦念について語るB・アンダーソンの理論など役にたたぬことを確信させるためのリストを作る必要がある。そして、そのリストを豊かなものにするための名前が、現代の日本文学に欠けているはずがない。そのことについて、
「わたくしは、批評家として、自信をもってそう断言することができます」と力強く語る御大の檄に応え得るテクストが、この雑誌の中にあったろうか。
2008/5/12 23:48
SMAP 対 シルヴェスター・スタローン ノンセクション
ひょっとしたらと思っていたが、案の定、今日の「SMAP×SMAP」の「玉様ビリヤード」のコーナーに、シルベスター・スタローン登場!
『ランボー/最後の戦場』の相棒2人、ジュリー・ベンツとグレアム・マクタヴィッシュを従えて。
もとより面白いコメントをする人じゃないが、今回もやっぱりSMAPを相手に、「誰の中にもランボーはいるんだ」とかそういう、感想の持ちようのない発言をいくつか。
でも、こういう神様みたいな人は存在自体に意義があるので、そこにいるだけでよい。ダライ・ラマみたいなものだ。
このキャリアで、終始ごきげんにSMAPとビリヤードしながら愛想をふりまき、作品のプロモをする姿に感涙。
ビリヤードは結局、ランボー・チームが勝って、罰ゲームとして、フジテレビの廊下に『ランボー』のポスターを貼らされるSMAP5人組。
昔にくらべたら、スタローンの顔も変わってきたなと思うが、スタローン御大はともかく、今回テレビで見てあせったのは、ジュリー・ベンツ様の美しさだ。
映画でもきれいな人であることはわかったが、美人さを見せようがない作品というか、この美女を泥の中に倒れこませているのだから、監督スタローンは容赦がない。
同じように、美女を泥まみれにするのでも、『昼顔』のブニュエルみたいに、エロスなんかと結びつけないところが、アクション監督シルベスター・スタローンの面目である。
「SMAP×SMAP」に出てきた、ブルーの服に身をつつむジュリー・ベンツ様は、どこかクレア・デインズに通じるタイプで、思いっきり私のハートを直撃する。
『ランボー』出演を機に出演作が増えたらいいなと思ふ。この人の顔をもっと眺めたし。
あと、共演のグレアム・マクタヴィッシュも、ミスター・Tやドルフ・ラングレンがそうだったように、うまいこと華を咲かせてほしいものである。
それならスタローンの添え役として、世界中をキャンペーンして回った甲斐があるのだが。
『ランボー/最後の戦場』の相棒2人、ジュリー・ベンツとグレアム・マクタヴィッシュを従えて。
もとより面白いコメントをする人じゃないが、今回もやっぱりSMAPを相手に、「誰の中にもランボーはいるんだ」とかそういう、感想の持ちようのない発言をいくつか。
でも、こういう神様みたいな人は存在自体に意義があるので、そこにいるだけでよい。ダライ・ラマみたいなものだ。
このキャリアで、終始ごきげんにSMAPとビリヤードしながら愛想をふりまき、作品のプロモをする姿に感涙。
ビリヤードは結局、ランボー・チームが勝って、罰ゲームとして、フジテレビの廊下に『ランボー』のポスターを貼らされるSMAP5人組。
昔にくらべたら、スタローンの顔も変わってきたなと思うが、スタローン御大はともかく、今回テレビで見てあせったのは、ジュリー・ベンツ様の美しさだ。
映画でもきれいな人であることはわかったが、美人さを見せようがない作品というか、この美女を泥の中に倒れこませているのだから、監督スタローンは容赦がない。
同じように、美女を泥まみれにするのでも、『昼顔』のブニュエルみたいに、エロスなんかと結びつけないところが、アクション監督シルベスター・スタローンの面目である。
「SMAP×SMAP」に出てきた、ブルーの服に身をつつむジュリー・ベンツ様は、どこかクレア・デインズに通じるタイプで、思いっきり私のハートを直撃する。
『ランボー』出演を機に出演作が増えたらいいなと思ふ。この人の顔をもっと眺めたし。
あと、共演のグレアム・マクタヴィッシュも、ミスター・Tやドルフ・ラングレンがそうだったように、うまいこと華を咲かせてほしいものである。
それならスタローンの添え役として、世界中をキャンペーンして回った甲斐があるのだが。
2008/5/11 22:07
ミサイル爆撃機とデビルズタワー 映画
昨日は所用で都内にいなかったので、1日休載。
宿泊先の部屋に、超大型テレビがあり、なんと驚いたことに、無料で劇映画のDVDレンタルも行っていた。
フロントにある機械で、クレジットカードをスキャンし、タッチパネルを操作すれば、好きなDVDがぼこっと出てくる仕組み。
ここはアダルトを見るしかないな! と思ったが、そんなものはなかった。Why!?
借りられる映画は、基本的には新作・話題作・名作が100タイトルばかし。(あと「日本の風景」とかそういうのが少々)ざっと眺めて、ほとんど迷わず『M:i:V』を借り出す。持ってるのに。15回くらい見てるくせに。
他の部屋の迷惑を顧みず、超大型テレビの画面で、フル音響にして、おおいに盛り上がる。やはり近年最強最高のアメリカ映画だ! あらゆる点で水準がケタ違いである。フィリップ・S・ホフマン逃亡の、ミサイル機の一連のシーンで、フレームの中に何を入れ、クルーズさんの目線がどうなっていて、彼が何を見たときに、どう行動するかといった、編集とか演技とか演出とか飛行機の動きとか車の配置とか、あまりにも完璧で、いいところなのに手に持っていたコーラを思わずこぼしてしまい、慌てる。(劇場で見たときも同じ事やったような気がする)
翌朝、朝食のバイキングのメニューにマッシュポテトが出る。
思わず知らず、そのマッシュポテトで、デビルズタワーを作ってしまい、同行者に「お行儀が悪い」と大変にしかられる。
だがしかし、いくらでも取り放題のマッシュポテトがあって、デビルズタワーを作らないような奴に「映画」を語る資格があるだろうか。ていうか、一生に一度でいいから、マッシュポテトでデビルズタワーを作ってみたかったのだ。
もちろん、きちんと全部食べたのでご容赦である。
疲れたけれど、どうでもいいところで、きわめて映画的な土日となる。
宿泊先の部屋に、超大型テレビがあり、なんと驚いたことに、無料で劇映画のDVDレンタルも行っていた。
フロントにある機械で、クレジットカードをスキャンし、タッチパネルを操作すれば、好きなDVDがぼこっと出てくる仕組み。
ここはアダルトを見るしかないな! と思ったが、そんなものはなかった。Why!?
借りられる映画は、基本的には新作・話題作・名作が100タイトルばかし。(あと「日本の風景」とかそういうのが少々)ざっと眺めて、ほとんど迷わず『M:i:V』を借り出す。持ってるのに。15回くらい見てるくせに。
他の部屋の迷惑を顧みず、超大型テレビの画面で、フル音響にして、おおいに盛り上がる。やはり近年最強最高のアメリカ映画だ! あらゆる点で水準がケタ違いである。フィリップ・S・ホフマン逃亡の、ミサイル機の一連のシーンで、フレームの中に何を入れ、クルーズさんの目線がどうなっていて、彼が何を見たときに、どう行動するかといった、編集とか演技とか演出とか飛行機の動きとか車の配置とか、あまりにも完璧で、いいところなのに手に持っていたコーラを思わずこぼしてしまい、慌てる。(劇場で見たときも同じ事やったような気がする)
翌朝、朝食のバイキングのメニューにマッシュポテトが出る。
思わず知らず、そのマッシュポテトで、デビルズタワーを作ってしまい、同行者に「お行儀が悪い」と大変にしかられる。
だがしかし、いくらでも取り放題のマッシュポテトがあって、デビルズタワーを作らないような奴に「映画」を語る資格があるだろうか。ていうか、一生に一度でいいから、マッシュポテトでデビルズタワーを作ってみたかったのだ。
もちろん、きちんと全部食べたのでご容赦である。
疲れたけれど、どうでもいいところで、きわめて映画的な土日となる。
2008/5/9 23:59
「くわしく教えてクラシック」 音楽
いつだったか、「文学界」「新潮」「群像」「すばる」の主要文芸誌すべてに寄稿してるな、すごいなと思ったのを記憶しているが、最近はそうした状況も珍しくなくなってきた。
そんな中原昌也が「新潮」6月号では、「くわしく教えてクラシック」なる連載を開始してしまった。
その第一回ゲストが浅田彰。なんと。テーマは「21世紀のクラシック音楽体験とは?」。
久々に読む浅田さんの言葉はさすがに濃厚。見識と情報と考察が見事なバランスで語られ、プロフェッショナルとはかくやとため息をつく。
クラシック音楽のあるべき意味として、うまい定義だなと思ったのが、「のちの創造的誤読をうむためのプリテクスト」という言葉だ。
クラシック音楽がポピュラー音楽と決定的に違うのは、複数の演奏形式を許容する点だ。そして、そのクラシック演奏がベートーヴェンやショパン自身の演奏を再現したものではあり得ないという点。だから、作曲者の意図とはまるで違う演奏なのかもしれない。
けれどそれはそれとして、「創造的」に誤読すること。そこに悦びを見出せるのがクラシックで、それを浅田さんは「ビビッとくる」かどうかにかかるというわけで、実に刺激的な言葉を与えてくれるものだと思う。
そして、ミケランジェリらの生演奏に間に合ったという浅田さんが語る体験は、素直にうらやましいと思うし、そうした「体験」というものは得難いものであるとする一連のエピソードは、浅田彰の見事な描写とあいまって、それ自体が音楽的で、この言葉を読んでクラシック音楽に触れてみたいと思わなければ、その人は本質的に音楽を求めていないのではないだろうか。
私なんかも、カラヤン、朝比奈、シノーポリの生演奏に間に合った口なので実に実によくわかる。
と、思いつつ書店の別のところに行ったら、小泉純一郎・著『音楽遍歴』なる書物が日本経済新聞社から出ていた。うわ・・・。
話変わるが「群像」新人賞の評論部門当選作の題が、「囲われない批評−東浩紀と中原昌也」だってさ。はぁあああ、とうとうそういう時代になっちゃったか。ちなみに未読。
そんな中原昌也が「新潮」6月号では、「くわしく教えてクラシック」なる連載を開始してしまった。
その第一回ゲストが浅田彰。なんと。テーマは「21世紀のクラシック音楽体験とは?」。
久々に読む浅田さんの言葉はさすがに濃厚。見識と情報と考察が見事なバランスで語られ、プロフェッショナルとはかくやとため息をつく。
クラシック音楽のあるべき意味として、うまい定義だなと思ったのが、「のちの創造的誤読をうむためのプリテクスト」という言葉だ。
クラシック音楽がポピュラー音楽と決定的に違うのは、複数の演奏形式を許容する点だ。そして、そのクラシック演奏がベートーヴェンやショパン自身の演奏を再現したものではあり得ないという点。だから、作曲者の意図とはまるで違う演奏なのかもしれない。
けれどそれはそれとして、「創造的」に誤読すること。そこに悦びを見出せるのがクラシックで、それを浅田さんは「ビビッとくる」かどうかにかかるというわけで、実に刺激的な言葉を与えてくれるものだと思う。
そして、ミケランジェリらの生演奏に間に合ったという浅田さんが語る体験は、素直にうらやましいと思うし、そうした「体験」というものは得難いものであるとする一連のエピソードは、浅田彰の見事な描写とあいまって、それ自体が音楽的で、この言葉を読んでクラシック音楽に触れてみたいと思わなければ、その人は本質的に音楽を求めていないのではないだろうか。
私なんかも、カラヤン、朝比奈、シノーポリの生演奏に間に合った口なので実に実によくわかる。
と、思いつつ書店の別のところに行ったら、小泉純一郎・著『音楽遍歴』なる書物が日本経済新聞社から出ていた。うわ・・・。
話変わるが「群像」新人賞の評論部門当選作の題が、「囲われない批評−東浩紀と中原昌也」だってさ。はぁあああ、とうとうそういう時代になっちゃったか。ちなみに未読。
2008/5/8 23:44
トム・クルーズ 対 サムナー・レッドストーン 映画
ロイターその他の情報によると、パラマウントを傘下に持つバイアコム会長サムナー・レッドストーンが、『M:I:4』をトム・クルーズ主演で製作することに「反対はしない」と語ったそうだ。
こういうときは、原語での報道にあたらないと危険だ。するとレッドストーンの発言は次の通り。
"What I can say is, I consider Tom Cruise a great actor and a good friend, and if Paramount decides to go ahead with him, I will not object." (Reuters)
うむ、そうか。誤訳しようがないくらい明快な答えで、まったくこの通りだ。
それはしかしその通りだろう。「M:I」はまだ稼げる。何度も言った通り、『M:i:V』の全米1億3千万ドルはクルーズ作品としてはヤバイが、平均的な映画作品としてはまずまずヒットだ。
ただ、日本語訳のロイター通信にはそこまで書いてはいないが、英文の方ではバイアコム傘下のケーブルTVなど、関連企業の収益が超絶好調だったことで、この報道を結んでいる。
これはしかし影響がなくはなかろう。レッドストーンの気が大きくなっているということはあるかもだ。あるいは、祝杯かなんかで一杯ひっかけた後だったってこともあり得る。
"Their results were terrific," Redstone said, referring to CBS, "and so were Viacom's."
(「さいっこーの結果だよね」レッドストーンはCBSに語った。「バイアコムもね!」)Reutersより)
こんな感じで、かなーりはしゃいでるものね。
クルーズさんにその気さえあれば、製作を阻むものは確かにないはずだ。けれど、予算は大きく制限されるはずだ。監督選びもそうそうクルーズさんの好き勝手にできるかどうか。もちろん製作費の大半を自費で賄おうと思えば簡単なのだろうが。
いずれにせよ、クルーズさんへのお仕置きは終わった。あとはどれだけ分別を持ったパブリックイメージを再構築できるかだ。
こういうときは、原語での報道にあたらないと危険だ。するとレッドストーンの発言は次の通り。
"What I can say is, I consider Tom Cruise a great actor and a good friend, and if Paramount decides to go ahead with him, I will not object." (Reuters)
うむ、そうか。誤訳しようがないくらい明快な答えで、まったくこの通りだ。
それはしかしその通りだろう。「M:I」はまだ稼げる。何度も言った通り、『M:i:V』の全米1億3千万ドルはクルーズ作品としてはヤバイが、平均的な映画作品としてはまずまずヒットだ。
ただ、日本語訳のロイター通信にはそこまで書いてはいないが、英文の方ではバイアコム傘下のケーブルTVなど、関連企業の収益が超絶好調だったことで、この報道を結んでいる。
これはしかし影響がなくはなかろう。レッドストーンの気が大きくなっているということはあるかもだ。あるいは、祝杯かなんかで一杯ひっかけた後だったってこともあり得る。
"Their results were terrific," Redstone said, referring to CBS, "and so were Viacom's."
(「さいっこーの結果だよね」レッドストーンはCBSに語った。「バイアコムもね!」)Reutersより)
こんな感じで、かなーりはしゃいでるものね。
クルーズさんにその気さえあれば、製作を阻むものは確かにないはずだ。けれど、予算は大きく制限されるはずだ。監督選びもそうそうクルーズさんの好き勝手にできるかどうか。もちろん製作費の大半を自費で賄おうと思えば簡単なのだろうが。
いずれにせよ、クルーズさんへのお仕置きは終わった。あとはどれだけ分別を持ったパブリックイメージを再構築できるかだ。
2008/5/7 23:59
東浩紀・北田暁大 編 『思想地図 Vol.1』 本
東浩紀・北田暁大 編『思想地図 Vol.1 特集・日本』(日本放送出版協会)読了
素直にいい本が創刊されたと思う。思いつきでその場限りの政治評論や、いたずらにヘーゲルやカントの名前を出しつつ、ハート&ネグリ、あるいはサイードの名前で最新を装う、誰にも読めない(伝わらない)現代思想的(?)評論にはもうたくさん、という渇望を癒してくれたと言えるのではないか。
全体で450ページを超えて、15本もの討議・論文を収録するこの本を端的にコメントするのは難しいが、ひとつだけ例としてあげておくと、ひとくちに「保守」という言葉をあてがっても、その指し示す意味は、日本と韓国ではまったく違うことをレポートした、高原基彰の論文はきわめて興味深く読んだ。
ここで日本ではこう、韓国ではこうと、それぞれの国での「保守」のイメージを要約するには、いささか複雑すぎるので、これも省略せざるを得ないが、歴史的な沿革からそうなるに至った背景を解き明かしていく筆致はとても面白く、勉強になった。
こうした背景を知らずに、「反日」「嫌韓」を語っても、単に感情論だ。
この国に住んでいる以上は、この本に書かれていることに意識的である必要があるのだと思うが、反知性主義の壁は本当にぶ厚いから道は遠いだろうな。ただ、その志は買いたい。
ともあれ、(本人は遺憾に思うだろうとはいえ)「動ポモ」に書いてあることなど、マジどうでもいいが、この本での東(と北田)の仕事はとてもとても立派だと思う。
素直にいい本が創刊されたと思う。思いつきでその場限りの政治評論や、いたずらにヘーゲルやカントの名前を出しつつ、ハート&ネグリ、あるいはサイードの名前で最新を装う、誰にも読めない(伝わらない)現代思想的(?)評論にはもうたくさん、という渇望を癒してくれたと言えるのではないか。
全体で450ページを超えて、15本もの討議・論文を収録するこの本を端的にコメントするのは難しいが、ひとつだけ例としてあげておくと、ひとくちに「保守」という言葉をあてがっても、その指し示す意味は、日本と韓国ではまったく違うことをレポートした、高原基彰の論文はきわめて興味深く読んだ。
ここで日本ではこう、韓国ではこうと、それぞれの国での「保守」のイメージを要約するには、いささか複雑すぎるので、これも省略せざるを得ないが、歴史的な沿革からそうなるに至った背景を解き明かしていく筆致はとても面白く、勉強になった。
こうした背景を知らずに、「反日」「嫌韓」を語っても、単に感情論だ。
この国に住んでいる以上は、この本に書かれていることに意識的である必要があるのだと思うが、反知性主義の壁は本当にぶ厚いから道は遠いだろうな。ただ、その志は買いたい。
ともあれ、(本人は遺憾に思うだろうとはいえ)「動ポモ」に書いてあることなど、マジどうでもいいが、この本での東(と北田)の仕事はとてもとても立派だと思う。
