2008/10/7  5:54

顔のない男  

・「顔のない男 東ドイツ最強スパイの栄光と挫折」
著者:熊谷徹
出版:新潮社
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東ドイツの対外諜報機関HVAのトップを30年以上務め、「顔のない男」と言われた伝説的スパイ・マスターの伝記。
「マルクス・ヴォルフ」というこの人物に興味を覚えたのは手嶋龍一氏の著作だったかナァ。西側諸国を翻弄し続け、東ドイツの崩壊後に逮捕されるものの、基本的には「逃げ切った」、言ってみれば「成功したスパイ」に強く興味を惹かれたのだ。

本書の作者はヴォルフについて、
<彼は、世界で最も優秀な諜報機関の一つを築き上げたにもかかわらず、社会主義国家東ドイツの崩壊を防げなかった>(P.193)
として、その点を「ヴォルフの挫折」としている。
まあスパイに対してそこまで要求するのは酷なような気もするが(笑)、諜報機関の究極の存在意義は「国家の存続」にあるだろうから、そこから照らし合わせれば確かに「挫折」かもしれんね。
更にヴォルフ自身の出自・能力を考えると、政治家として党の中枢に乗り込み、政治改革そのものを担うことも決して低くない可能性であったことを考えると、この「挫折」の中には彼自身の選択の誤りによるところがあったと言えるかもしれない。(HVA退職後、政府に批判的となり改革派の一端を担う活動をしていただけに)
ただその途を選ばなかったからこそ、歴史の中に稀有な「スパイ・マスター」の足跡を残すことが出来たとも言えるんだけどね。

本書を読むと西側諸国は「ヴォルフにやられっぱなし」って感じだけど、最後に「勝った」のが西側諸国であることを考えると、これはそのまま捉えるわけにはいかんだろう。
おそらく西側諸国も(その規模や成否の度合いはともかく)活発な諜報活動から多くの成果を上げていたんじゃないかと推測する。
しかしながらその詳細・具体については明らかに出来ないため、今も諜報の「闇」の中にあるということじゃないかね。
隣人の生活を覗くようなスパイ活動は、たとえ「勝利」したとしても、広く顕彰されることは決してない、敗れた「スパイ」だけが、その「功績」を陽の下にすることができる・・・そういうことだろう。

本書の最後の提言、
<日本政府も国益を守るために、本格的な対外諜報機関を創設すべきだと思う。>(p.211)
はちょっと唐突な感じがするけど、複雑な多面性を持つ、しかしだからこそ魅力的でもある稀代のスパイ・マスターの伝記として、本書は十分に楽しめる。
イアン・フレミングよりは、ル・カレ好きの人にオススメの一冊。



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