2008/5/12

「アルカサル-王城-」へ行こう  RECOMMENDATION

クリックすると元のサイズで表示します


最近は枝分かれして、ひとつのサーガになりつつあるガンダムだが、「ファースト」とよばれる一番最初のシリーズのとき、夢中になって観た。当時は家では今はなきベータの初期の録画機があって、私は学校から電話で祖母に「ガンダムとっといて」と頼んだものだった。最近、ファーストのDVDが出たのでようやくそのベータのテープを全部捨てた。色々興味深いところは数知れないが、戦争や紛争というのは相対的にみなければいけないということ、敵味方…つまり善悪で分類できないものなのだということを、戦争を知らない幼い自分に知らしめてくれたのがガンダムだった。敵対する集団それぞれに思惑や利害があり、どちらに傾くか、あるいは属したかで行動が縛られていく。決定的な事実は、どちらの集団も戦争をしてしまえば多くの犠牲者が出て、国土や心が荒れ果てるということである。

スペインセビリアにアルカサル(王城)がある。14世紀、カスティリアドン・ペドロ王ペドロI世)が曾祖父フェルナンドIII世の遺訓をついで建設した城で1987年に世界遺産に登録されている。
わたしはスペインには行ったことがないが、壮麗で、王の趣味をふんだんにもりこんだイスラム様式の美学がちりばめられた美しい城だということだ。実は、この王城については、青池保子氏の漫画「アルカサル-王城-」で知った。ドン・ペドロ王を主人公にしたスケールの大きい歴史物語である。

彼の生きた時代は、そのカスティリア、アラゴン、ナバーラなどがそれぞれに王を頂き、日本の戦国時代のように覇権を争っていた時代である。ドン・ペドロ王は戦争にあけくれたが、スペインの戦争というのは、やる季節が決まっていて、戦争をしない時期にはこの王城で、くつろぎ、また政務をこなしたという。

わたしは、フランススペインにあたる、ペルピニアン周辺のラングドック地方に何度も足を運んでいる。ペルピニアンには、アラゴン王の保養所というか夏の間の別荘ともいえる城がある。ペルピニアンは、フランスでも特殊なところで、スペインバルセロナと同じ民族、カタルニア人が多く住んでいる。ここでは、フランス語カタロニア語が話されており、文化もフランスというよりスペイン風である。つまり、前述の漫画では「敵」にあたるアラゴンに親しんでいたのである。

わたしの親友はカタロニア人で、中世史の研究者である。そこで、この漫画の一部を翻訳して見せたら、とても驚いていた。中世のスペイン内乱が日本で漫画にされているなんて、と。

彼にとっては、カスティリアは昔は敵であって、今でも、別の民族だとしている。バルセロナペルピニアンに居住するカタロニア人たちは、お互いが帰属しているスペインフランスに対して、かなり都合のいい愛国心をもっている。たとえば、フランスサッカーワールドカップで優勝すれば、凱旋門で大騒ぎするし「フランスユネスコがあるからって、フランスには世界遺産がありすぎじゃないの?」というと「そんなことはない。フランスは素晴らしいものが多いから、当然だ。」と言い放つ。そういいつつ、今のサルコジ政権などで不満やうっぷんがたまると、フランスの悪口をいいまくる。ラングドックはスペインのカタロニアと一緒に独立すべきだ、とか言い出す。実際に、スペインカタロニア地方は、バスク地方と一緒で、スペインではいまだに目の上のたんこぶのようである。こうして、アラゴン側からみていると、なんだかカスティリアは悪者のように思えてきたものだ。

漫画の方は、作者がドン・ペドロ王に肩入れしているので、アラゴンの王様はなんだかさえない頭の固い人物に描かれていて、わたしは、ちょっぴりがっかりだった。敵味方、というレイヤーでみれば、アラゴンはこの漫画では、邪魔者で、敵対勢力で、ときどき利害が一致すれば和解するが、それは形だけのものだった。

このブログ連載の「カジノ」の話で書いたが、バイヨンヌに赴いたとき、ドン・ペドロ王が来たという碑文を見つけた。ドン・ペドロは、異母兄との長きに渡る争いでついに追いつめられ、当時イギリス領であったボルドーに娘を託す。碑文の内容は忘れてしまったのだが、おそらく、その逃避行のときに立ち寄ったのではないか。それを思うと哀れを誘う。最終的に娘たちは、イギリスの王家の係累に嫁ぐが、娘の身の安全と己の援軍を求めるために当時英国領であったボルドーで英国に庇護を求めた。そのときドン・ペドロはそれまでの戦利品を英国に与える。

戦時下、人は、情念だけで動くことはまれである。戦の時は、利害の一致とどれだけ金目のものを与えられるかで、どちらにつくかがきまってくるのだ。その戦利品のなかに、大きなルビーがあった。これは、 グラナダ王国のアブー・サイトと戦ったときに、勝ち取ったものだ。現在、英国の王冠の真ん中にあるあの大きなルビーがそれである。
娘たちは、そのまま英国に嫁ぐまでボルドーに人質として置かれるが、その間に、ドン・ペドロは異母兄の奸計にはまり、命を落としてしまう。歴史の理だが、悲劇の最期であった。

わたしはボルドーワインも大好きで、海外旅行といえばフランスしか行かないというまったくのフランスマニアであるが、やはり、アラゴン側からだけで物事を見るのは、正当さを欠く。
太く短く生きたドン・ペドロ王は勇猛果敢で、裏切り者は容赦なく殺戮をし、残酷王ともいわれているが、一方で民衆に人気があり、その公正さから正義王ともいわれている。彼の繊細な美意識で立てられたのがアルカサルで、人も片面から見てはいけないというならいのように、壮麗で戦争に明け暮れた血なまぐさいイメージはないのだそうだ。美しい城ゆえに、映画やドラマのロケに使われることもしばしばだそうである。彼の敗走の晩年の痕跡を見たわたしは、彼の戦争の影のない美しい城にも行くのが「正義王」への礼儀ではないかと考える次第である。

スペインの世界遺産を見に行こう

スペインに行く前に、青池保子著「アルカサル-王城」を読む

RSS1.0