2008/3/10  15:34

中年になると走り出すわけ  RECOMMENDATION

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日本におけるマラソン人口はおよそ200万人だそうだ。
競技人口はどんどん増え続けているという。市民マラソンは大盛況。先の東京マラソンなども抽選だったそうな。過酷なスポーツなのに、みんなすごいなあ。

わたしにとってマラソンというと、いまだにアベベ選手なのである。
東京オリンピックのときはまだ小さかったが、とてもわくわくした覚えがある。
悲劇のランナー、円谷幸吉選手が銅メダルに輝いたのも幼いながら記憶に残っている。マラソンではないが、女子体操のチャスラフスカ選手とか、クレヨンで描いたりした。とにかくきれいだったのだ、彼女は。バレーボールの「東洋の魔女」とソ連(当時)の対戦も何がなんだかわからないのに、小躍りして興奮していた。

大会前に聖火がアテネで採火されるころ、父は世界地図をひろげて、姉と私に聖火がどうしてアテネで採火されるのか、古代オリンピックと近代オリンピックの説明してから、聖火が運ばれる東京までのルートを教えてくれた。そして、毎日、毎日、地図に印をつけて聖火が今どこにいるのか示すのだった。そこにどういう民族が住んでいるのかとか、どんな気候なのかとか、現役の社会の先生らしくあれこれ語った。わたしは小さすぎてなんだかわからないのだが、知らない場所や初めて聞く話になんだかどきどきしていた。姉は、世界の地理にずいぶん興味をもったようだった。それにしても、当時の世界地図と今の世界地図は全く違ってしまったと思うと感慨深い。

アベベ選手は、私が初めて見るアフリカの人だった。
裸足で走っていたとか、そんなことも言われていたような気がする。とにかく、いくら走ってもちっとも苦しそうじゃない。その走りの軽やかさは深く心にきざまれた。世界はとってもすごい人がいるんだと、素直に思った。
石原都知事が、子供たちのために東京にオリンピックを招致したいといっていたが、彼の普段のあれこれは別にしても、この考えに関しては大いに賛成だ。アベベの頃のオリンピックと今ではスポーツのありかた、オリンピックのありかた、アスリートのありかたは大きく変わってしまったけれども、真剣勝負をすることにはかわりない。そんな崇高なアスリートたちに生で接するというのは、時を経てもかわらぬ大きな異議のあることなのだ。勝てば体全体で喜び、負けては悔し涙をおしげもなく流す。人間の喜怒哀楽の最もプリミティブな部分が赤裸々になる。
そういえば、近代オリンピックの提唱者クーベルタンは教育関係の人だったと思うが。

わたしは小さすぎて行かせてもらえなかったが、確か姉は父と東京オリンピックのマラソンを沿道まで見に行ったと記憶している。どんなスポーツも、TV中継されると、細かな表情などはわかるが、選手がどんなに超人的なのかはわからない。男子マラソンの選手はだいたい時速20kmくらいで走るという。自動車ではない。人間が、びゅっと走り抜けていくのだ。風のように。子供には、それを見るだけでも大変な体験だ。

アスリートが頂点の高みだとすると、愛好家は彼らにあこがれ、自分の身近な目標をクリアーするために努力する。
確かに日本はマラソン大国だ。いつもメダルを期待されるほどの。山は高ければ高いほどいいという。あこがれる対象がすぐそばにいるのは理想的だ。しかし、今のマラソンの隆盛はそれだけが理由ではない。運動することの少なくなってしまった現代人の健康に対する危機感が後押ししていることが大きい。少しずつでも長い距離を走れるようになるのは快感だし、無心に汗を流すことの爽快感は、心も体も内に閉じこもりがちの現代人にある種の解放をもたらす。
今やインターネットの普及で各地の競技会の情報が手に取るようにわかり、レースに参加するうちに仲間ができたり、新たな目標ができたりして、前向きになれるところも人気の根底にあるだろう。

週末わたしは朝1時間ほどウオーキングをする。近くの河原の土手もコースに入っているのだが、天気のいい日はたくさんの人が歩いたり、走ったりしている。サイクリングをしている人も、もちろん、犬の散歩の人もいる。しかし、いつみても不思議なのは、若い人がいないことだ。どうみても35歳以上から高齢者ばかりなのである。グラウンドをみれば、年若い人がいないこともないが、それは小学生の野球クラブの練習だったりする。
やはり、代謝が落ちて、いつもと同じものを食べてもウエートが増える不思議に遭遇した者が、きっと自己の肉体と真剣に向き合い始めるのだろう。そうなると5時に起きてストレッチをして、走り出すのは、ちっとも難しくないものだ。

ところで、わたしの友人で某有名大学の准教授が、この数年、マラソンにはまっている。きっかけは、田舎の友人にたきつけられたからだそうだが、15kgの減量を敢行、600mから始まって、今は100kmマラソンに参加するほどだという。東京マラソンで仮装ランナーの後で走っていたら、声援がすごいので、伊賀出身の彼は、忍者の格好で走ることにした。そうしたら沿道の熱烈な声援をあび、その快感でやめられなくなったそうだ。終盤は苦しいが、終わると次の大会にエントリーしてしまう始末。マラソンは中毒性もあるのかもしれない。あまりにもマラソンに打ち込む余り、今や家族に見放されはじめているそうである。もし市民マラソンで忍者の人を見かけたら、応援してあげてください。


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