2008/6/30 1:04
仙女、ターシャ・テューダーさん逝く RECOMMENDATION
ターシャ・テューダーさんの訃報に接して、肩を落とした人は多いのではないか。
92歳の大往生。しかし、仙女のように永遠に生き続けるように思っていた。テューダーさんの愛する花の季節に逝ったのがせめてものなぐさみである。
最近では、絵本作家というよりも、ガーデニングやスローライフのカリスマという紹介のされ方が多くて、彼女の毎日の生活ぶりや哲学について取材した番組や出版物がたくさんある。
ご家族の悲しみは、いうまでもないが、ペットたちは、彼女がはかなくなられたときに、どうだったのだろう。とくに、こよなく愛された、コーギー犬たちは。さぞや落胆していることだろう。「世界一美しい犬」とおっしゃられていたから。
猫もたくさんいた。みなどうしているだろう。たくさんの愛を受けられて、幸福だった植物や動物たち。お釈迦様の涅槃絵のように、動物たちが、枕べに寄り添って最期を迎えられたのかもしれない。とにかく、報道されていることは、亡くなった事実と18日だったということだけなので、何もわからない。でも身罷った事実だけで大きな喪失感を感じる。
テューダーさんの生き方を知ったのは、学生の頃だった。もの作りが好きだったので、「装苑」という、洋裁や手芸の専門誌をときどき買っていた。そこで、テューダーさんの生活を特集していて感銘をうけたのだ。当時、家の近くのわりと大きな毛糸屋さん(洋裁用品も売っていた)でアルバイトをしていたわたしは、その特集に載っていたあるブランドのカーディガンの写真があまりにもかわいかったので、自分で編み図をおこして、アルバイト先で客待ちの時間などに編んでいた。もちろん、テューダーさんとそのブランドは何の関係もないのだけれど、雑誌の特集には、テューダーさんのお庭で、その雰囲気にあったかわいらしい洋服を来たモデルさんの写真がいくつか載っていたのだ。
実は、わたしは、編み物が大好きで、旅にはかならず編み棒と毛糸を持参する。乗り物の待ち時間などに、便利なのだ。パズルと同じで、模様は複雑なほどよい。一回の旅行で帽子くらいはできる。カーデガンやセーターを持っていったこともあった。旅と編み物はわたしにとって必要不可欠な関係にある。しかし、このところの暖冬で、わたしのアルバイト先を始め、毛糸屋さんはどんどんつぶれてしまって、身近にはまったく見られなくなった。確かに、今は、フリースとか、安くて暖かくて軽い素材の洋服が便利だから、編み物なんて、すっかりすたれてしまったのだ。でも、テューダーさんは毎年夏のうちから、孫たちのために、クリスマスのプレゼントを入れる靴下を、少しずつ準備していた。その姿を見て、なんだかうれしくなった。そのほか、帽子やショールなど身のまわりのものを手作りしていた。編み物というのは、自分にとって、とても幸せな行為だから、テューダーさんも好きだと知ってうれしくなったのだ。
テューダーさんは46歳で離婚し57歳に田舎に土地を買い、古民家を建てた。そして、広大な庭に何十年もかけて花いっぱいの理想の庭をつくりあげた。
「電気と水道だけを使うのはしかたがない」といいながら、暖炉に薪オーブンを使用。昔からの道具を使って日常生活を送り、大好きな園芸に没頭し、毎日4時には紅茶を飲むのが日課。絵本作りのためにスケッチの時間も欠かさない。食べ物はみな手作り。ジャムやピクルス、パンまでもつくる徹底ぶりだが、わたしにとっては理想の生活だ。
わたしも猫と一緒だがやはり一人暮し。
絵を描いて手芸をして料理をつくり、読書をし、ピアノを弾く毎日を送るのが夢だ。
若い頃は、なんでも精力的にこなしていたが、両親が相次いで病に倒れてからは、介護でそうもいかなくなった。その後ばたばたと両親が鬼籍にはいって数年たった今、ようやく心のささくれを修復しだしたところだ。
介護やなんやかやで自分のしたいことができなくなった時期、テューダーさんが60歳を前にして、やりたかった夢を実現したことをときどき思い出し、自分を励ましたものだった。
きれいな庭や絵やおいしい食事をつくるのに近道はない。じっくり時間と手間をかけるのが大切だ。あちこち回り道をしても、一生という包括的な観点から見れば、ささいなこと。大切なのは、夢をあきらめないことだ。
テューダーさんの人生哲学は、これからも天国からやさしく語りかけてくれることだろう。
ターシャ・テューダーさんの出版物(本人執筆の絵本&生活ドキュメント)
ガーデニング

