2008/8/20  17:39

またもや母親・・・  自己ヒーリング

なかなか母親のエネルギーが浄化しきれず、あっという間にもう8月も下旬・・・ついにというか、とうとう出てきました。昨日は大雨でカヌーは中止になり、一日家でエネルギーワークをしていました。久々ゆっくりと透視しながらエネルギーを見てると、ふと母親のエネルギーが気になり、母親がらみの画像のエネルギーを見てみると、うわ〜〜〜〜〜!まだこんなに残ってたんだ!! すぐに浄化に入りましたが、やってもやってもすっきりしない。。。見れば見るほど、感情が沸き上がってしまい、悲しみや憎しみや恨みや、言葉にできない思いがいっぱい出てきました。またか・・・と慣れっこになりつつも、涙をボロボロ流しながら、浄化し続けていくと、なんとなく落ち着いてきたので、一旦ここで終了。気がつけばあっという間に1時間が経っていました。

それでもまだ気分が全然すっきりせず、ぼんやりと思いを巡らしていると、ひとつの思い出が蘇りました。どうやら、この画像にエネルギーがたっぷりこもっているようなのです。その中身は、私がまだ幼稚園くらいだったでしょうか。。ある朝のこと、近所の3つ年下のNちゃんと一緒に、Yさん宅の外においてある水が入ったバケツの中に、石を落として遊んでいました。たかがバケツの中の水に石を入れてただけですが、当時は初めてのことで、楽しかったのです。しかし、その後仕事から帰られたYさんのご主人は、そのバケツの水で手を洗ったのか、石のせいでケガをされたのです。(そう聞かされました。今思えば、大の大人が石入りのバケツにそんなに勢いよく手を突っ込むとは思えないのですが・・・)そこで近所で犯人探しが始まりました。

私ももちろん幼稚園帰りに聞かれましたが、あまりにびっくりしたのもあり、「知らない」と嘘をついてしまったのです。私がやったと言ったらNちゃんも道連れになるし、自分だけ罪を被れるほど大人でもありませんでした。もちろんその後もいつバレるかとビクビクしっ放しでしたが、やはり数時間後には、母親のどなり声が外から聞こえてきました。最悪の事態になったと思いながら、私はYさん宅の前に集まっているYさんの奥さんとご近所のおばちゃんたちの前に出されました。でもそこには、共犯のNちゃんはいないのです!Nちゃんは正直に話したことにより罪を免除されたのか、私より小さくてカワイかったからみんなの前に出されなくて済んだのか、勝手に私の犯行の目撃者になったのかは、私には分かりません。私はその場で母親にだけ聞こえるように、「私はNちゃんと一緒にやった」と言いましたが、母親は全く取り合ってくれませんでした。

Yさんの奥さんを前にし、斜め横に母親、その後ろにギャラリーの近所のおばちゃんたちという中で、私は頭を下げて謝りました。もちろん大泣きをしながらでしたが、その首根っこを掴んで、母親はさらになんども頭を下げさせて謝らせました。私は確かに石を入れて遊んだし、やってないと嘘もつきました。それは私が謝らなければならないところだし、その分については自分なりにしっかりと謝ったつもりなのです。でも、その時の自分が受けた辱めは、それ以上に思えたのでした。共犯のNちゃんの分も謝らなければいけないのはなぜか?母親がその事実を取り合ってくれず、ひたすら私にだけ謝らせ続けたのはなぜか?

自分のしたことはちゃんと自分で謝るけど、Nちゃんの分は母親に私をかばって欲しかったのです。それを途中で何度か訴えようとしても、母親は私の首を掴んで押さえるばかりでした。私は自分が最初に嘘をついたことを棚に上げているのかも知れませんが、嘘をついているかも知れないのは私だけではないかも知れないのに、全く自分を信じてもらえなかったことが、一番辛かったのです。その場の拷問のような時間はなんとか終わりをむかえ、ギャラリーのおばちゃんたちも散っていきましたが、私の地獄のような時間はまだまだ続きました。

家に着いてから、母親は私を無視し遠ざけました。私は一人二階の部屋にこもり、日が暮れて闇が近づく中、より惨めな気持ちで過ごしていました。私は、慰められることもなく、受け止められることもなく、、、母親は怒りを露にしたまま夕飯を作っていました。私には、「あんたのせいで、とんだ恥をかかされたわ、この面汚しが!」と無言で言われているような気分でした。そしてまもなく一番恐ろしい瞬間、父親が帰ってきて、母親が今日の一部始終を報告し、私は再度怒られる羽目になるのです。

よくドラマとかでは、親のどっちかが怒ったら、どっちかがフォローに入るみたいなのを見るけど、我が家の場合はそういうことはなかったなぁ。。。いつも孤立無援でやられっぱなしって感じでした。その時のいろんな感情を浄化していくと、なんだかひとつ浮かび上がったものがありました。私が一番辛かったのは、自分の主張を全く取り合ってももらえなかったこと。しかも、それはもしかしたら親自身の体裁の為に、必要以上に私は謝らせられたところなのでした。Nちゃんが怒られる分は、私をかばって欲しかったのです。
ヒーリングで同じようなものを見た時には、「親と言えども一緒に成長している仲間にすぎませんから、自分の保身のために子供を犠牲にすることもあるかも知れないですねぇ。」なんて冷静に言うこともありますが、自分のこととなると、そんな客観視することなんて、出来ないものです。親に期待する行動のひとつに、子供の自分をいつでも守って欲しいというのがありますが、そういう親元に生まれつくのは、本当に貴重なことなんだと思いました。

当然のことのようにも思うけど、それももしかしたら親に対する勝手な期待なのかも知れない。それを見つけることができ、よくよく考えて手放してみると、「許せない」という気持ちも浄化できるようになりました。なんだか一気に噴出してきて、2回に分けて2時間半かかってようやくこの画像の浄化が終わりました。



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